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五厘

  • @Pokan619
  • 2024年12月27日に登録
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    • 近況ノート12
  • 9月5日

    金貨

    祖父の形見の金貨を売りに行った。 こう書くと、なんだか私が不孝者のように思われるだろうが、実際に売ろうとしたのは母である。私はただの随伴者であった。だから、どうか私のことは責めないでいただきたい。 母方の祖父は、奇妙なほど投資に夢中になる人であった。株券やら、不動産やら、そして金貨や銀貨。祖父にとっては、どれも遊戯の延長だったにちがいない。けれど死んでしまえば、残された者には、ただの換金可能な金属片にすぎなかった。無念なことだ。いや、むしろ当然か。人の情など、相場には影響を与えない。 市内には買取屋が二軒ある。母は、その両方へ足を運んで、どちらが高く値をつけるかを見極めるつもりでいた。冷静で、残酷なまでにシンプルなやり方である。 最初に訪ねたのはW店。出てきたのは三十代のスーツ姿の男で、にこにこと実に愛想が良かった。だが、その笑顔の裏に、どうにも油ぎった欲望の影が透けて見える。彼は銀貨を鼻で笑い、銀行へ持ち込めと突き放したが、金貨には途端に目を輝かせた。「一枚三十万ですね」そう告げたあとで、胸を張り、「うちは一番高いんです。他にも行ってみてください。きっと分かりますよ」などと明るく言う。愛想よく言えば言うほど、こちらの警戒心を和らげられると思っているらしい。私は、その軽やかな笑みに、逆に薄ら寒いものを感じた。 次に訪ねたK店では、四十代ほどの女性がボーダーの服姿で応対した。素朴で、商売気もあっさりしている。そして金貨一枚、三十一万と値をつけた。 所詮、世の中とはこの程度のものである、と私は妙な納得と、どうしようもない寂しさを覚えた。祖父の形見も、値札をつけられてはブランコのように揺さぶられ、三十万から三十一万へと揺れるだけの、ただの金属片に過ぎなかった。
  • 9月5日

    汁そば

     幼い頃から、私はミスタードーナツの汁そばが好きであった。  世の中の子どもが、クリームの詰まった派手な菓子パンのようなものに心を奪われているその傍らで、私はひっそりと、湯気の立ちのぼる地味な麺をすすることに幸福を覚えていたのである。  あれは確かに、あっさりしていた。うす味で、しかし物足りなくはなく、ただ「これでいい」と思わせるような、不思議な静けさを持っていた。  数年ぶりに、それを口にした。  だが、どうだろう。味はたしかに薄い。しかし、あの頃のような優しさはどこにもなく、ただ空虚に薄いだけなのである。  私は絶望した。人は成長すると言うが、私の舌は一向に大人にはなりきれず、わさびも、酒も、コーヒーも、いまだに忌むべき毒としか感じられない。では、なぜ汁そばの味だけがこんなにも寂しく退化してしまったのか。  幼い感覚を失ったのに、新しい感覚は生まれてこない。私はただ宙ぶらりんである。子どもでもなく、大人でもなく、どこにも属さぬまま置き去りにされている。  どうしようもなく孤独な思いで、私は汁そばをすすった。まるで「美味しい、美味しい」と唱えながら、己の過去をむさぼるように。麺が喉を通るたび、ひどく哀れで、そして滑稽であった。
  • 8月26日

    ハッピーバースデー

     LINEには、友人の誕生日を知らせる便利な仕組みがある。  毎年かならず「おめでとう」と送ってくるあの友は、果たして真心で私を覚えているのか。それとも、機械に促されただけの口先なのか。くだらぬ疑念ではある。だが、そのくだらぬものほど、人の胸を陰鬱にする。  私は試みに、プロフィールから誕生日を非公開にしてみた。  結果は無惨であった。誕生日当日、零時を過ぎても、どこからも音沙汰はなかった。  ああ、そうか。私が生まれた日など、世の中にとっては、何の意味も持たぬのだ。  自分ですら、今日は自分の誕生日であることを忘れ、無意識にスマホのゲームアプリを開いた。  するとどうだろう。お気に入りキャラクターに設定していた、”クロウリー学園長”が朗らかに私を祝った。さらに「五百マドルの商品券をあげましょう」と言う。  五百マドル……。端金である。仕方ない、彼はこういうキャラクターなのだ。私がお気に入りに設定していたからこそ、彼がこんなお粗末なお祝いをしに来てくれたのである。なんという皮肉だろうか。  しかし――。  人間の友人は口を閉ざしているのに、ただの作りものの人物が、わざわざ祝ってくれる。  これを哀れと思うべきか、滑稽と笑うべきか、いや、私はむしろ少し救われたような気分になった。  ――今年最初のおめでとうは、架空の人物からである。  悪くはない。悪くはないのだ。  ハッピーバースデー、私。
  • 8月23日

    ゴッホ展レポ

     ゴッホ展へ行った。いや、正直に言えば、人混みに揉まれに行ったと言ったほうが正確であろう。あんなに人間というものを一度に見せられては、誰の展覧会であるのか、途中で分からなくなった。私は絵を観に来たはずであったのに、むしろ観客の群れに圧倒されてしまった。  しかし、その混雑は、やはり一人の画家の名に由来していた。ゴッホ。人を吸い寄せる病的な引力を持った亡霊のような男である。彼の絵は確かに強烈で、燃え立つような色彩に満ちていた。けれど、私の胸を刺したのは、絵そのものよりもむしろ、彼の作品を守り抜いてきた、名も無き人々の存在であった。もし彼らの献身がなかったなら、私は今ここで彼の狂気と相対することなど出来なかったはずだ。私は彼の絵を観ているのか、それともその献身を観ているのか、自分でも判然としなかった。  奇妙なことに、人いきれは私を不快にさせなかった。むしろ胸を熱くした。多くの人々が絵の前で立ち止まり、ただ息を漏らす。――ああ、これこそゴッホが生きていた時に夢見ていた光景ではなかったか。誰にも認められず孤独のうちに死んだ彼が、死後にこれほどの喝采を浴びている。その報いを、彼は知らぬ。いや、知らぬからこそ、なお哀しい。  帰り道、私は街灯を仰いだ。白く滲んだ光が、どこかゴッホの絵具の名残のように見えた。私はなぜだか、自分の存在までもが、誰かの手で辛うじて保存されているにすぎぬのではないかという気がして、ひどく心細くなった。
  • 8月23日

    花火

     君が、花火をやりたいと言った。  前はシャボン玉だった。今回は花火か、と私は笑った。笑ったが、胸の奥では、なぜか少しうろたえていた。  私も君もペーパードライバーである。だが、どうしても私の運転で行きたいと言うので、仕方なくハンドルを握った。助手席にいる君は、何やら楽しげに話していたが、私の額からは終始、冷たい汗が流れていた。道路の白線がゆがんで見え、私の心臓は無駄に働いていた。それでも、君が機嫌よく笑ってくれるのを横目で見るたび、私は少しだけ救われるような気がした。  ホームセンターで花火を買った。大の大人が大きな花火の袋を抱えて歩く。その滑稽な姿を、私は誇らしげに眺めていた。――なぜだろう。恥ずべきはずの場面なのに、私には妙な優越感があったのだ。世の中の大勢の子供たちが少しずつ分け合って遊ぶ花火を、私たちは二人だけで独占できる。その不釣り合いな贅沢に、ちょっとした勝利者の気分を覚えていた。哀れな誇りである。だが、その瞬間の私は本当にそう感じていたのだ。  大人になるのは恐ろしい。責任や未来や、無数の見えない鎖に縛られていくのだろう。けれども、この夜の庭で火薬を燃やしていると、その恐怖からほんの少し解き放たれる気がした。私はつい、「もう無理に大人にならなくてもいいのかもしれない」と思った。錯覚である。だが錯覚のほうが現実より私を慰める。  最後の線香花火が落ちた。赤い滴が、地面にぽたりと消えた。私は思わず口走った。 「夏、終わったね」  君は笑った。まだ夏は続いているのに。  夏は終わっていない。けれども、そんなことを考えるよりも先に、煙の匂いが私を包み、妙に幸福であるような錯覚を、私はどうしても否定できなかった。
  • 7月29日

    大原美術館レポ

     先日、倉敷の大原美術館へ行った。  あの町は、川面がやわらかく光っていて、空気までゆるやかに流れている。観光の人々が笑いながら歩き、白壁の街並みが穏やかに続いている。  最初に出会ったのは、シャルル・コッテ作「老婦と老漁夫」であった。  全体が、ほとんど光を拒んでいる。露出度の低い絵だというのは、こういうことを言うのだろう。絵の前に立つと、そこに自分の輪郭がかすかに映る。私はその黒の奥に引きずり込まれるような感覚を覚えた。黒は死の色だと思っていたが、この黒は違った。生きている。ゆっくり呼吸し、湿り気を帯び、静かに膨らんで縮んでいる。  そこに描かれた老婦と老漁夫は、互いに視線を合わせるでもなく、しかし確かに同じ空気を吸っている。長く連れ添った者同士にしか持ち得ない沈黙。それは、会話よりも多くを語る沈黙であった。光のない世界で、なおも残るものは何か。二人の間には、愛とも執着とも言えぬ、もっと淡く、しかし決して切れない何かが漂っていた。私はその何かを、どうにか名前で呼びたかったが、結局できなかった。  次に足が止まったのは、エドヴァルド・ムンクの版画「病める子」  衰弱した子どもがベッドに横たわり、親の手を握っている。親はうなだれ、顔を伏せている。その姿勢がすべてを語っていた。泣き叫ぶでもなく、抱きしめるでもなく、ただ首を垂れる。その動作にこそ、最も深い悲しみが宿っている。悲しみは、感情の爆発ではなく、むしろ感情の沈降なのだと、私はそのとき理解した。  見ているうちに、周囲の音が遠のいた。観覧者の足音も、展示室の空調の低い唸りも、すべてが遠くなり、私はその部屋の中に入り込んでしまった。病室の冷たさ、窓から差す曇り日の光の鈍さ、湿った布団の匂い──それらが絵の外にあふれ出し、私を包み込んでいた。私は、まるでその場に居合わせている一人の影になった。  芸術は、こちらが望むか望まぬかに関わらず、私たちを引きずり込む。見るのではない。混ざるのである。目を離せば解放されるというものではない。すでに胸の奥に沈んだ空気は、外に出ても肺の奥に残り続ける。
  • 7月8日

    草原の犬

     先週、何の気なしに眺めていたテレビ画面に、「プレーリードッグ」という名の、奇妙な動物が映し出されたのである。  それは、ネズミのようであり、リスのようでもあり、すこぶる小さく、すこぶる可愛らしく、つまり、どうということもない平凡な哺乳類であった。  ところが、である。  その動物の名が、いけなかった。「プレーリードッグ」  犬、などと呼ぶには、あまりにも犬から遠い生き物であった。どちらかといえば、いや、どう見ても、ネズミ、あるいはリスであった。  それにもかかわらず、彼らはその生き物を「草原の犬」と名付けたのである。理由は単純で、鳴き声が犬に似ていたからだそうだ。  馬鹿げている。滑稽である。名詞の概念が、確実に、どこか、ずれている。  私は笑った。声を上げて、笑ったのである。  なぜなら、名付けるという行為そのものが、ひどく人間的な悪ふざけであり、いい加減であり、哀れでさえあるからだ。
  • 6月22日

    黒に染める

     行ってしまったのだ。いつもとは違う美容室へ。  破滅の一歩だった。  別段、理由があったわけではない。気まぐれである。いや、気まぐれという言葉がすでに何かを悟っているようで癪だが、要するに、愚かしい一歩目というやつである。  黒髪に戻すためであった。  これもまた、思いつきである。反省でもなければ、決意でもない。過去を悔いたわけでもなく、未来に備えたわけでもない。ただ、黒という色が、そのときの私にとって、合っている気がしたのだ。  染めるだけなのに、一時間もかかった。  いや、正確には、一時間も、私は椅子に縛られ、己の頭部を他人の手にゆだねていたのである。その時間の長さは、まるで罰のようであった。  問題はシャンプーの場面で起こった。  顔に、何も、載せられなかったのである。  布がない。  あの、顔にかぶせるタオルのようなもの。そう、あれである。  あれがなかったのだ。  私は驚いた。  なにしろ、シャンプーという行為の半分は、あの布によって成り立っていると信じていたからである。  しかし、今回はむきだしの顔で仰向けにされ、真っ向から天井と向き合わされた。これは、人生における一つの転機であった。  照明が明るかった。  まぶしいなどという生ぬるい表現では足りぬ。もはや尋問である。  私は、まるで上から見下ろされているような心地になり、「これは……エコなのだろうか」と考えた。  なるほど、布を省けば、水も減る。洗剤も減る。ゴミも出ない。資源の節約。環境への配慮。  布一枚の省略により、私は持続可能性という言葉の重みを、顔面で体験したのである。  だがその照明を見つめすぎたせいで、視界に紫色の染みが残った。  それは午後になっても、夜になっても、まぶたの裏に居座った。  もはや染みなのか、後悔なのか、カルマなのか、判別がつかなかった。  そして、料金。  九千八百円であった。黒染めだけなのに、である。
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  • 6月16日

    カーテン

     アルバイト先において、最も困ることは、人によって業務の捉え方がまるで異なる、という点である。  ここで言う「捉え方」とは、「その作業が楽しいか否か」といった情緒的観点の話ではない。もっと無機的な、味気ない、要するに「作業そのもの」の意味である。  具体的に言えば、「君もこの作業をやりなさい」と促す者がいる一方で、「君は新人なのだから、この作業をやってはいけない」と制止する者もいる、ということである。  もっとも、その程度の差異は大した問題ではない。その都度、適当に空気を読み、合わせておけばよい話である。私にとって、より厄介なのは、もっと地味で、かつ深刻な認識の齟齬である。  仕分け作業において、投入口に入れてはならぬ荷物がある。大きい物、重い物、液体、バッテリー、果物、トナーカートリッジ等々。明文化されてはいるが、その基準が抽象的で、はなはだ曖昧である。  「大きい」とはどの程度か。「重い」とはどれほどか。誰も定義せぬままに運用されている。私は周囲の仕分け人たちの言葉や行動から推測し、手近な荷物を基準物差しにしながら、「これより大きければダメですね?」と確認を重ね、ようやく感覚を掴んでいったのである。  やがて、注意される機会が減っていき、自分なりの判断基準が形成される。ところが、そのときになって、突然ある一人の人物が、執拗に私の判断に介入してくるようになった。彼女の基準は、他者より一回りも二回りも厳しい。荷物の大きさにしておよそ十センチは違うし、重さの閾値も極端である。書類すら流せないのではと思わせるほどだ。口調も、他の者たちより一段と尖っている。  以後、彼女をKさんと記すことにする。由来は明白、KIBISHII の頭文字である。  しかし、事態はこれで終わらぬ。今度は真逆の人物が現れるのだ。明らかに規定違反の大きすぎる荷物を、「これくらい流せる」と言って、私の手から押し戻してくるおじさんである。投入口のブザーが拒絶の叫びをあげても、まるで気にも留めず、再度放り込もうとするのだから、恐れ入る。  私はやむなく、お客様の荷物を折り畳んで流している。たとえ中身に破損があっても、私の知ったことではない。これは、そういう現場なのだ。  Kさんも、おじさんも、私がなぜこの荷物を流したか、あるいは除けたか、その判断の裏にある逡巡や経験を一切知らぬ。知ろうともしない。だが、それでよいのかもしれぬ。これが「社会」というものなのだろう。  私はいま、「社会とやら」を学ばせていただいているのかもしれない。ずいぶんとありがたい話である。  そして、ある日、思いがけず「事件」が起きた。  Kさんが荷物を手にして、私のもとへ来たのである。それは、手のひらにすっぽり収まるほどの小さな正方形の箱だった。 「これ、バッテリーだから」とKさんは言った。  私は驚愕した。バッテリー? このサイズで? 私は教わった通り、重かったら品名を確認するようにしていた。しかしこの荷物は小さく、軽く、見た目も無害だった。まさにマニュアル殺しの一品である。 「す、すみません……」と私はうつむいた。  Kさんは、容赦ない。 「まずさ、バッテリー流しちゃいけないって知ってる?」  私は既に三ヶ月ここで働いている。知らぬはずもない。だが、Kさんはそんなことお構いなしである。説明も、慰めもない。ただ叱責のみが空気を支配する。 「すみません、知っています」  そのときだった。 「そんな小さいの、いちいち見れるかぁ!!」  雷のような怒号が鳴り響いた。あのおじさんである。ルーズなおじさんが、怒っていた。Kさんは即座に私の視界から消え、おじさんの方へ向かっていった。  だが、おじさんの声しか聞こえぬ。Kさんの反論は風にかき消されていた。 「何しろ今この忙しい状況やからあ!!」  おじさんは両手を広げ、あからさまなジェスチャーで挑発する。  私はマスクの下で微笑した。ポワロの最期の事件『カーテン』に登場するノートンも、きっとこんな気持ちだったのではないか。静かなる破壊。滑稽なる勝利。実に、愉快であった。  一度この味を知ってしまえば、また味わいたくなる。私はそんな危険な愉悦に気づいたのである。  もう一つの気づきもあった。あのおじさんは、もしかしたら、優しいのかもしれない、ということである。  彼は私を庇ってくれた。責任も利得もないのに、わざわざ怒鳴ってくれた。私は感情的な人間が苦手であるが、それでも、おじさんの株は、私の中で大いに上昇した。  だが、私は感謝の言葉を口にしない。言えば、それはKさんに対する敵意を明確にすることになるからである。  私は争わぬ。ただ、黙って、次の荷物を仕分けるのみである。  そして、心の奥で、静かに──そっと、感謝しておいた。
  • 6月16日

    絶滅危惧種

     私は幼い頃から、どうにも釈然としないことが一つ、胸の奥に燻ぶっていた。  それはつまり、絶滅危惧種なるものを、なぜ人間が、そんなに一所懸命に、守ろうとするのか、という疑問である。いや、疑問というほど立派なものではない。ただの、ひっかかりだ。喉に小骨が刺さったまま、なんとなく生きている、そんな感覚に似ている。  大人になれば、いずれわかるだろう――そう思っていた。だが、私は二十歳を越えた今でも、やはりわからない。  世間の人々は声高に言う。これは人間の責任である、文明の犠牲だ、生態系の均衡がどうのこうの……。なるほど、もっともらしい。だが、私は思ってしまうのだ。人間など影も形もなかった大昔にも、恐竜だの三葉虫だの、ありとあらゆる生き物が、音もなく消えていったのではないか、と。  それを私がこうして、何かの合間にふと思い出していること自体が、そもそも奇妙な話だ。滅びたものについて考える暇があるとは、よほど平和な証拠である。  それでも、やはり人間たちは言うのだ。守らねばならぬ、と。罪滅ぼしのつもりか、あるいは、自分たちが神にでもなったような錯覚にでも陥っているのか。  壊し、奪い、悔い、祈り、守る。  自然は今日も、忙しく振り回されている。まるで、愛されたことのない子供のように。
  • 6月16日

    脳の占領

     ふと、雑誌の片隅に載っていた心理テストを眺めて、私は何気なく思ったのだった。 「ああ、これは、あの人にぴったり当てはまっているな」  誰に頼まれたわけでもなく、勝手に、脳裏にその人の顔が浮かんできた。妙に陽気で、少し意地悪で、でもどこか救いがたい空虚を抱えた、あの人の、表情。  あるいは、駅の売店でキャラクターとコラボレーションしたお菓子を見かけたとき――「ああ、これ、あの子が好きなやつだ」などと、私はまたしても誰かの影を思い浮かべていた。  その人は今、私の目の前にはいない。手を伸ばしても届かないし、電話をかけたところで出てくれる保証もない。とっくの昔に、別の生活を選び、別の時間を生きている人間たちだ。  それなのに、である。  なぜ彼らは、こんなにも平然と、私の思考の中に侵入してくるのだろう。まるで、私の脳内に仮住まいでもしているような、そんな居座り方をする。鍵もかけず、断りもせず、勝手に住みつき、勝手に笑って、そして、なぜか私を責めるのだ。  私は激しい不快感に襲われる。いや、不快感というより、もっと原始的な、たとえば嘔吐感に近いかもしれない。  脳の奥にうごめくその人影を、どうしても追い出せないという絶望。私の頭蓋の裏側にべっとり張りついた記憶の粘膜を、指で剥がしたくなる。できることなら、脳髄をそのまま引きずり出して、地面に叩きつけ、蹴りつけて、黙らせたいとさえ思う。  この感覚に、名前はあるのだろうか。
  • 6月16日

    真実の定義

     某少年名探偵が、テレビの画面越しに高らかに叫んでいた。「真実は、いつもひとつ!」と。実に明快で、実に純粋である。  一方で、某大学生――髪はもじゃもじゃ、口は達者――は、こう語る。「真実は一つではありません」と。どちらが正しいか、ではなく、どちらがより人間的か、という問いの方が、現代においては有効なのではないかと私は思う。  真実とは何か。これほど人を惑わせ、振り回し、時に殺しさえする概念も珍しい。哲学的にも、法的にも、宗教的にも、この言葉はどこか厄介である。  ここで、私の好きなドラマ『ケイゾク』における、真山と柴田のやりとりを引用したい。  真山曰く、「真実なんてものは、本当は存在しない。曖昧な記憶の集合体が、真実の顔をして、堂々とのさばっているだけだ」  柴田はこれに異を唱え、「必ず、真実は一つなんです」と返す。そして「それが刑事だ」と言う。この一言には、もはや論理ではなく、祈りのような響きがある。  真山にとって真実とは、奪われるものであり、歪められるものである。彼はそれを、身をもって体験してしまった。記憶が消されれば、真実もまた消える。ゆえに、真実は存在しない。彼の見解は、悲観ではなく、事実認識である。  次に、『ミステリと言う勿れ』における久能と青砥さんの対話を挙げる。  久能は言う。「真実は一つなんかじゃない」。青砥さんは反論する。「二つも三つもあったらおかしい」だが久能は例を示す。  AとBがいて、階段でぶつかり、Bが落ちて怪我をした。BはAにいじめられていると感じており、今回もわざとだと主張する。Aはただの偶然だと語る。どちらも嘘をついていない。では、真実はどこにあるのか。  久能の答えはこうである。「真実は人の数だけある。でも、事実は一つだけです」警察が調べるべきは、その事実であると彼は言う。  この三者三様の主張を要約するならば、  真山――真実は存在しない。  柴田・青砥――真実は一つ。  久能――真実は人の数だけある。(ただし、事実は一つ)  そして、ここに至って私はあることに気づいた。真実に対する見解は、その人間の生き様を、あまりに露骨に暴いてしまうということだ。  真山は、真実を信じることで傷ついた人間である。信じていたものが、政治的圧力や嘘により破壊され、空中分解してしまったのだ。彼にとって真実は、もはやファンタジーでしかない。彼は正しく、だが、報われぬ。  柴田や青砥は、真実が一つであることを前提に職業倫理を構築している。彼らの信仰は、警察官という存在そのものを支える柱であり、揺らぐことを許されない。真実が複数あるなどと認めてしまえば、正義は瓦解する。  久能は、それらの立場から一歩引いている。彼は誰の肩も持たず、世界を静かに俯瞰している。彼にとって人間は、根本的に齟齬を抱えた生き物であり、言語や記憶や立場によって、すぐに異なる「真実」を生み出す存在なのだ。  だから、真実とは主観であり、事実こそが唯一無二であると、彼は言い切る。  真実とは何か。それを定義しようとする行為そのものが、すでに「あなたは何者なのか」という問いに直結する。ゆえに、私はその定義を口にすることができない。  真実をどう語るかによって、自分の傷や諦めや、欺瞞や矜持までもが露出してしまうからである。  結論を言えば、私は真実という言葉が怖い。  それはあまりに他人を語らせ、あまりに自分を喋らせてしまう。沈黙こそが、私にとって最も誠実な真実なのである。