前書きの位置を変更しました。
令和八《二〇二六》年三月二十八日に全て書き終えて、四月六日にこの前書きを書き直しています。
本作は『朝倉始末記』を軸とし、様々な史料で補うて、作者なりに再構成した「戦国時代の越前国足羽郡一乗谷」を舞台とした物語です。書籍としては岩波書店『日本思想大系 蓮如 一向一揆』、朝倉氏遺跡保存協会『朝倉叢書』、富山県郷土史会『朝倉家録』を手元に置いていますが、国会図書館デジタルコレクションの『朝倉始末記』やWikisauceで見られる『朝倉始末記』、デジタルアーカイブ福井で閲覧できる『一乗録』などを用いました。今は良いですね。無料で見られる史料が可成りあります。其の他諸々の史料も国会図書館デジタルコレクションを使うことが多う御座いましたが、これらの史料を自分で集めていたら何百万円要ったことやら…。
作者は福井県民ではありませんので、作中に出てくる越前方言は可成り怪しく、自信がありません。出来るだけ頑張ったのですが、ネイティブの人にとっては堪え難い誤りも多かろうと思います。御寛恕下されば幸いです。もしアレなら御指摘下されば修正致します。
また一乗谷についても、福井旅行は二十年近く前に一度、十年近く前に一度、都合二度、滞在日数は併せて七日程、一乗谷遺跡へは二十年近く前に一度行ったきりです。然も其の頃は福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館が開いておらず、新たに出来た今も行けていません。なので可成り怪しい記憶に基づいて描きました。二十年近く前にはあの辺りを自転車で走り、九頭竜川の川辺も走って、楽しう御座いました。また行けたらいいなぁ。
物語自体は全くの創作です。どうやって作ったかは各編の後に設けた補遺で記しておりますが、書き切れなかったことが諸々あります。二部構成で、元々は第二部のお話を思い付いて、その為に第一部を描いたので、第一部がかったるいと感じられたなら第二部から読んで頂いても結構です。また第一部のかったるさはひっくり返す為に描いているので、ひっくり返されることを辛抱して読んで頂けるなら、かったるさにお付き合い頂けると幸甚の至りです。
先に宣言しておきますが、伏線は全ては回収しません。伏線回収に煩い方々がおられるのは存じておりますが、正直、回収されない伏線こそがその世界の厚みだと考えておりまして、寧ろ全ての複線を回収しうる物語の世界の薄さを嫌うておりますので、敢て回収しない為に置いた伏線すらあります。全ての伏線が回収されるとは思わないで読み進めて下さい。
各編の補遺はエピソード解説が主ですが、本作は史料を色々と用いながら、それらしい嘘を付いた箇所が多々あり、其処を史実と信じられると困るので、作品としては不利なのですが、フィクションの魔法を解く為に置いておりますので、野暮の骨頂ではあるのですが、実はこの補遺が書きたくてお話を作ったところも多々御座います。いっそ補遺こそがメインだと云っても良いかも知れません。特に朝倉左衛門督義景や武田徳栄軒信玄の通俗的イメージの打破を狙ったエピソードでは、本文だけではとても足りないので、補遺に溢れ出しています。いっそ補遺こそメインなので、ネタばらしも惜しまずやっております。
司馬遼太郎の小説を史実と信じて歴史を論じる人に困らされた経験が多々あるので、そういう人を再生産したくないと思う半面、ある部分ではイメージの更新もしたいと願っているのですから、勝手ですよねぇ。
本作には過激と思われる暴力と性の描写がありますが、其れは作者が理解した限りにおいて、永禄~天正年間の人々にとっては当り前ではないにしても非常識ではなかったことだと考えているからで、現代の価値観にはとても合わないものだと承知しております。その点については実力が及ぶ限りに於いて作中でも典拠を上げて説明していますが、それでもなお到底呑み込めない人がおられるであろうことは想像に難くありません。もしお読み下さって然様な描写に忌避感を覚えられた方は読み進められないことをお奨めします。
作中に登場する人物の、少なくとも半分程度は実在した人物とし、事件も年表通りに起こしています。勿論史料が十分でない為、想像で補ったり、信用出来ない資料に基づいたり、軍記や講談、民間伝承を採用したり、完全に虚構で埋めることもありますが、およそ年表通りに人が生きて、人が死に、町が燃えるなどします。但し何分素人なもので、知らない事も気付かない事も多う御座いますれば、歴史考証に厳格な方には不満を抱かれる方もおられることでしょう。また実在の人物を扱う以上、御縁の方には腹立たしく思われる描写もあるかも知れません。其の際は御寛恕頂ければ幸いですが、本当に申し訳ない事だと思います。
本文中には漢文古文を多数引用しています。とても読み憎いと思います。読まれなくても地の文で補うようにしているつもりなので、苦手な方は素っ飛ばして頂いても結構です。ただ作者としても、漢文古文が正しく読めているかは自信がないもので、地の文を載せておけば誰か奇特な方が間違いを正してくれるのではないかなー、などと淡く期待しております。態と読み違えてトリックにしている箇所もありますけども、明らかな間違いを見付けられたならば、御指摘頂ければ幸いです。
本作は歴史小説であるので、当時の人にとって常識ではあっても現代の読者には馴染みがない文化や事件、地理、由緒が関わる描写が多々あり、多くの紙幅を其の説明に割いています。物語の流れを断つような説明文の過多は小説としては弱点なのですが、其れらは当時の人々の価値判断や思考の前提になっているので、冗長と辨えつつも長々とした説明を削りませんでした。出来れば読んで欲しいとは思いますが、冗長であることは間違いないので、もし「うわっ、なげえな」と思われたなら、さっと流し読みにしてもらっても構いません。
最後に作品タイトルの「うき節しげきよとて」ですが、これは「憂き節《ふし》げき世とて」で「辛いことが多い世の中だからといって」という意味で、作中に出てくる和歌の一部です。辛いことが多い世の中だからといって……という話を作ったつもりでいます。というわけで、最後まで読んで頂ければ幸いです。
令和八年四月六日 中村太刀