作者が作品の解説をする事は野暮だという事は十分理解しているし、僕が「答え」を提示する事によって作品それ自体の持つ可能性を潰しかねないという事も知っています。ただ、こういった読み方をしてほしい、こういう風に考えてほしい、という願いからこの文章を書きます。
この作品の原題は「ハブとヤマカガシ」でした。
題名の「蛇の指切り」というのは、蛇の交尾のことを指します。蛇は交尾をする時にお互いの身体を相手に巻き付けて一本の縄のようになります。絡み合う二匹の尻尾の先が、人間の「指切り」に似ているからそう呼ぶのだそうです。
詩音と早苗の共依存の関係を、蛇の指切りに擬えています。だから、作品を通して蛇の比喩を多く用いました。加賀詩音(カガシオン)も羽生早苗(ハブサナエ)も蛇をモチーフにした名前になってます。
ただ、蛇の比喩と同じくらいに「腕」や「手」の描写にも力を入れました。これはちょっとした悪い冗談というか、皮肉なんですけどね。蛇に手足はないので。
僕がこの作品で描きたかったのは「自己定義を他人に委ねてしまうことの危うさ」なんですが、これは前の短編「少女自白」でも同じテーマを扱っています。自分の小説を読み返していて思うのが、僕が書きたいのはきっと「自己認識の問題」なんです。人は自分を通してのみ世界を認識できるけど、裏を返せばそれは認識の檻に囚われてる状態です。そして、認識の歪みは世界の歪みに繋がります。僕は、この歪みの根底には自己定義の問題があるんじゃないかと思うんです。