言葉にできずにいた時期がありました。何がつらいのか、自分でもうまく説明できなくて、たぶん誰にも言っていなかったと思います。
それなのに、誰かがその様子に気づいてくれたことがありました。何も聞かれませんでした。ただ、「海、行こう」とだけ言われて、連れて行ってもらいました。着いてからも、特に会話をした記憶はありません。ただ並んで、海を眺めていただけです。
言葉で聞かれていたら、たぶんうまく答えられなかったと思います。でも、何も聞かずに隣にいてくれたことで、かえって少しずつ、自分の中にあったものがほどけていった気がします。
表情を見ただけで気づいてくれる人がいる。それだけで、救われることがあるんだと、あの時初めて知りました。
余白として残っていく記憶には、こういう、静かなものが多い気がします。何かを解決してくれたわけではないのに、いちばん長く、あたたかく残っている。