それは、何もない場所から始まった、などと言うと、いかにもそれらしいが、実のところ、私にはその「何もない」という言葉さえ、ひどく嘘くさく思われるのだ。
なぜなら、そのときには、まだ言葉というものがなかったのだから。
光もなかった。闇もなかった。時間さえも、なかった。
いや、こうして並べてみると、まるで私は何かを知っているように見えるが、実際には何ひとつ、確かなことなど分かってはいない。ただ、そうとしか言いようがないだけだ。
ただ、確かにひとつだけ、「在るもの」があった。
それを、仮にカタルシスと呼ぶことにする。
もっとも、その名がふさわしいかどうかは、私には分からない。名づけるという行為自体が、どこか傲慢な気もするのだが、呼び名がなければ話が進まないのだから仕方がない。
カタルシスは、命ではなかった。
神とも、少し違っていた。
それは、意思であり、力であり、
そして 観測そのもの、だったらしい。
「らしい」などと曖昧な言い方をするのは、私がそれを見たわけではないからだ。ただ、そう考えるほかに、辻褄が合わないのである。
カタルシスは、自分が存在していることを知っていた。
その一点においてのみ、それは確かに「在った」と言えるのだろう。
けれど、それ以上のことは何もなかった。
満たされているわけでもなく、
満たされていないわけでもない。
この、どちらともつかない状態というものを、どう説明すればよいのか、私には見当もつかない。むしろ、それは説明しようとした瞬間に、嘘になってしまう種類のものなのかもしれない。
ただ、それでも
カタルシスは、その状態を認識した。
それだけは、どうしても否定できない。
そして、奇妙なことに、その認識こそが、
すべての始まりだったのである。
その瞬間、何もなかったはずの場所に、
ほんのわずかな“揺らぎ”が生じた。
まるで、水面に落ちた一滴のように、
静寂の中へ、ゆっくりと広がっていく。
何かが、足りない。
そう思ったのだろうか。
いや、それは思考と呼べるほど整ったものではなかったはずだ。欲望でもないし、願いでもない。ただ、そうとしか言いようのない、ひどく曖昧な認識だった。
だが、恐ろしいことに
その曖昧さこそが、この世界における最初の「変化」だった。
何もなかった場所に、
初めて「意味」というものが生まれてしまったのだ。
そして私は、どうしても思ってしまう。
この「意味」というものは、
本当に生まれてよかったのだろうか、と。
……いや、話が逸れた。
ともかく、その意味はやがて、
逃げ場を求めるように、形を持ちはじめる。
それが、次に起こる出来事の
どうやら、始まりらしい。