学園まで全力疾走し、何とかギリギリ間に合った真姫は、机に突っ伏し、息を吐く。
(あぁ……私のアホ……あんな不審な妖怪を放置して学校に来るなんて……)
予鈴が鳴り響き、やがて授業が始まるが、全く集中出来ない。頭の中で後悔が充満する。
「では、今日は前回の続きから。妖の魂と霊魂の定義について……」
教師の声とページをめくる音。
ふと、真姫は思い出した。
(…あれ?)
……そういえば。
昨日手に入れた青い珠…どこに行った?
淡く光っていた、澄んだ青の珠。
吸い込まれそうな、あの青年の瞳。
ーーどこか、リンクする。
(もしかして…あの珠…)
だが、謎は益々深まるばかり。
どうして、珠はあんな場所にあったのか。
何故、あの青年は記憶が無いのか。
ーー何故、どうしてあの時…
|あの珠《彼》を放っておけないと思ったのか……。
ーーキーンコーンカーンコーン……。
授業の終わりを告げる音。
はっ、と我に返る。
1時限目のノートの中身は、いつもより白が目立った。
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次の授業までの休憩時間。
真姫は移動教室の準備をする。
「真姫〜!」
ふと、明るい声がかけられる。
「真姫ー!もー、聞いたよ!?最近無理してるんだって?」
ーー|神薙 結《かんなぎ ゆい》
中等部からの数少ない親友であり、同級生。
おさげにしたツインテールに生まれつき入っている水色のメッシュは、彼女が《《水虎の血》》を引いている証だ。
「もうさぁ…無理し過ぎで進学試験、失敗でもしたらどうするの…。真姫だけ留年とかやめてよマジで」
結はむにむに、と真姫のほっぺを触りながら、心配そうに顔を顰めた。
「べ…別に無理は…してない…」
結の触れてくる指がこしょばゆい。
真姫は迷惑そうに結の手を振り払うも、表情はどこか嬉しそうだ。
「本当に?なんか悩んでるって顔してるけど?」
結は顔を覗き込む。
確かに悩んでいると言えば、そう…。
ただ、今この現状を上手く説明出来る自信は、正直今の真姫には無い。
「ほ、本当に…何でもないって……」
そう言うしか無い。
ーーふと、
「ねぇ〜。聞いた?またあの事件の犯人、純血の人間だったらしいよ?」
「怖ーい。やっぱ人間って、そういう奴ばっかりって事?」
廊下でスマホを片手に、わざと聞こえる風に大声で喋る女子グループが薄ら笑いを浮かべながらこちらを見てくる。
周りの生徒達も、居心地の悪そうな顔をしながら目を逸らし始める。
「この事件だって…《《あの団体》》が関わってるらしいよ」
「てか、この多様性の時代にまだ血を気にしてるとかさ〜。もう《《そう言う意図》》があるって証明しちゃってるもんねぇ?」
ピク…。
結の眉間が動いた。
「アンタら…わざとでしょ!?真姫の前でそんな話しないでもらえる!?差別してんのはアンタらの方でしょ!?」
思わず声を荒らげ、口を出ししてしまう結。
「は〜?別に私達、真姫さんがどうのこうのって言ってないんですけど?」
チラッと真姫の方を見る。何も言わない真姫にニヤッと笑い、近付いてくる。
「実際、純血の事件が多いし…疑われたって仕方ないと思わない?ねー?真姫さん?」
彼女の長い尾が、挑発する様に左右に揺れる。
真姫は、はぁ…。と呆れた様なため息を吐き、
「品性…疑っちゃうなぁ…」
一言。
「…は?」
「人の迷惑も考えずに大声で喋るの…どうかと思うなぁ。一応ここ、由緒ある学園なんだしさ。…もう少し態度改めたら?」
心底呆れた様な口調で、淡々と言い放つ。
未だにこのように純血に偏見を抱く生徒は少なくは無い。正直この手の挑発やからかいなど、もう慣れきってしまったのだ。
女子生徒の表情が怒りで歪み始める。
ーー面白くない。
「…そう言う態度が…気に入らないのよ…!」
グッと、秘められた妖力が漏れ出る。
それらは、真姫の胸倉を掴む勢いだ。
真姫は何も反応しない。
怒ったような顔も、悲しい顔も、もうしない。
ただ、目だけは逸らさない。
その時、徹が通りかかった。
スマホ片手に、軽い足取りで近寄ってくる。
「なになに?何の話してんの?俺も混ぜてよ」
女子達は一斉に徹の方を見る。
「と、徹くん…!」
顔を赤らめ、縮こまる様に身を引く。
真姫は振り返り、
「何もー?ただのくだらない話。行こっ!」
笑いながら、徹を見上げ、女子生徒達には目もくれず歩き出した。
徹は女子生徒達を一瞬だけ睨み付けた。
「…あんな奴らの言う事なんて気にすんなよ」
真姫に寄り添う様に、小さく囁く。徹の頬がほんのりと赤い。
「そーそー!」
結も相槌をうち、寄り添う様に歩幅を合わせる。
「ところで真姫!これ知ってっか?最近流行りの化け猫ミームって動画」
即座に別の話題をふる徹。
徹なりの気遣いなのだろうが…どこかズレている。
「徹。マジでそろそろ進学試験に集中しろ」
冷ややかな結の視線が徹に刺さる。
笑う真姫。
…何事もなかったかの様に、3人はいつもの様に会話を弾ませる。
何だかんだありながら、真姫は学園に居心地の良さを感じていた。
全員に理解されずとも、偏見に晒されようとも。この友の存在こそが。
「七ノ城」という血を一瞬だけ忘れさせてくれる…。
同じ様に、同じ人として生きている。
そんな気がするのだ。
…そう、今日家に置いてきた正体不明の妖怪ですら、この一瞬だけ忘れられたのだ。
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彼女は、何事もなかったかのように立ち去る真姫達の背を、歯軋りと、長いしっぽを地面に叩きつけながら見つめていた。
「…ムカつく……」
ギラッと、瞳が嫉妬の色で光る。
「…簡単に進学できると…思うなよ…」
拳をぎゅっと握りしめる。
彼女にはもう目の前の敵にしか、焦点が合わさっていなかった。
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夕刻。
屋敷へと帰る帰路の途中。
真姫は胸の奥が重くなる。現実に引き戻された様な感覚。
(…はぁ。)
今朝、部屋に残してきた白い存在。
別に忘れていた、という訳では無い。
ただ、考えない様にしていたのかも知れない。
(あんだけグルグル巻きにしたんだもん……大丈夫……よね?)
自然と足は駆け出し、急いで屋敷へと向かう。
ーーー
玄関。
使用人の出迎えもそこそこに、真姫は自室へと駆ける。
息を切らしつつ部屋の前までたどり着き、恐る恐る自室の部屋を開ける。
カチャ…。
「……え……うそ……」
真姫は思わず絶句する。
確かにそこに青年はいる。ただ……
何重にも付けたはずの札は、拘束していたはずの縄は……
《《全て取り外され、地面に落ちていた》》……。
背筋にヒヤリと、冷たいものが伝った……。