ども、水城です。
相変わらず哲学系サーバーに居ついています。
じつは、そこでなんとカクヨムサーバーでやろうとした「徐々に共通言語を増やしていって、どこで読者が『なるほど!』となるのか実験」をさせてもらえる、スーパーラッキーに恵まれました。
ありがたやありがたや……。
前半を共通言語寄りにした改稿版1では、「(初稿と比べても)ダジャレ以外の仕掛けがまだ分からない」という反応をもらえ、いま第二弾を執筆中。
元は800字だったあの掌編がどうなるのか、楽しみです。
⇒2026/5/31 12:00 できあがりました~。
やっぱり仕掛けは全開示がよいみたい。
そのうえで「感傷的な気分のときにバー行ったり酒のんだりしたいっていうのが全くないので、ちょっとオシャレすぎるなあと思った」という感想をもらって、「あー、たしかに。皆のリライト案もそんな感じだったなあ」と妙に納得しました。
まあ、記念に置いておきます。
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『お題:紅をくれない? ver3』
五月に入ると、私はすこし正装をして、そのバーを必ず訪れる。空にたなびく色鮮やかな鯉のぼりから背を向けて、半地下の、隠れ家のようなバーに逃げるように滑り込むのだ。
店の半分を占める、巨大なグラウンドピアノ。
バーのマスターは現役を退いたピアニストで、艶のあるシルバーヘアを後ろに撫でつけている。恰幅がよく、目尻にしわを寄せて微笑むさまが、どこか安心する年配の男性だ。
物静かで繊細な彼の感性は、平時に流れるジャズの選曲にも現れていて、とても居心地がいい。
この店では、毎年五月一日の深夜から、決まってあの人の曲を演奏する。
だから今日は、カントリー調の狭い店内はいつもより人で混み合っている。
私は無意識に、薬指にはまった指輪を指先でなぞった。
もうなんの意味もない、未来の約束を追いかける自分が、本当に嫌だ。
だから、またここに来る必要があったのだ。
「お飲み物は?」
「ブラッディ・メアリーを」
マスターが低くしわがれた声で聞いてきて、私は去年と同じお酒をオーダーした。去年、マスターが差し入れてくれた思い出のお酒だ。トマトベースで、お酒のくせに妙に健康に気遣っているようなところが私に合っている。
そんなことを思うくらいには、もう落ち着いている。
――それでも、
死んでしまいたいと願った気持ちは、まだ消えていない。
私は静かに目を閉じて、リップが剥がれないように慎重に、紅いカクテルを一口含んだ。喉元をどろりと滑る、冷たいお酒。冷えを嫌って、毎日あたたかい白湯ばかりを飲んでいたあの頃の私への、ささやかな裏切りだ。
このお酒の名前になった女王は、子どもを授かれぬままに狂っていった。その苦しみを、ほんの少しだけ分かち合う。
夜が深まってくると、スピーカーから流れていたジャズが、ゆっくりと消えていく。店の照明も一段落ちる、オーダーストップの合図だ。
ざわめきがぴたりと止んで、店の奥から、ランタンを持ったマスターが、グラウンドピアノに向かっていった。
年季の入った椅子が引かれ、間延びした摩擦音を静かな店内に響かせる。
やがてこぼれてくる、泣くようなピアノの旋律。
ランタンの炎が揺らめいている。
部屋に落ちた濃い影が、音の調べにのって揺れていく。
人だかりの向こうにいるマスターは三曲目を終えたあたりから、額に汗を掻き始める。
それでも高齢の彼がつむぎだす旋律は、すこしも乱れない。
外は風が強く吹き付け、天窓が白くけぶる。
半分地下に埋まったこの部屋は、嵐の音すらピアノの伴奏にしてしまうのだ。
マスターの、叫びたくなるような、空気を切り裂く歌声は、歌の終盤に近付くにつれて激しく、優しく耳に馴染んできて、私は涙がこぼれないように上を向いた。
――あのとき、私もこう叫べていたら、なにかが変わったのかな。
結局、私のなかからはなにも生まれなかった。
平らなままのお腹の上で、未練がましく指輪を握りしめる。
戻りたいわけじゃない。
ただ、この心に沈んだ苦い棘を、ゆっくり溶かすためにここにいるだけ。
ピアノだけの静かな演奏は、終わらない雨のデクレッシェンドを繊細に運んできて、静かに消えいく歌声を追いかける。
音が切れても、私は続きを口ずさむ。
別れた彼の背中に、祝福を送りたい。
気休めでも、これが最善だと示していたいの。
彼には、新たな命を愛でてほしいから。
そう願うことだけが、私に残された愛だった。
日付が変わるまで、あと二分。
震える手は、まだ止まらない。
独りよがりなこの決意を、抱き続けるにはまだ弱い。
私は席を立って、計ったように演奏を終えたマスターに、声をかけた。
この店にきて知った、ある有名なビジュアルバンドの曲。
激しく散る火花を思わせるあの歌は、私の心に刺さった棘を、またすこしだけ溶かしてくれる。
もう届かない相手に、声にならない叫びを届けてくれる、祈りの歌。
日付が変わった、五月二日。
マスターは心得たようにうなずいて、鍵盤に向かう。
尊敬するアーティストを偲ぶためのこの小さな演奏会は、時を越えて、閉ざされた愛への叫びを響かせてくれる。
この歌がくれる、激しい力がいまの私に必要なの。
「――ねえ、マスター。紅をくれない?」
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(余談)
お題の「紅をくれない?」を読んだとき、セルフ的に女性っぽい⇒紅といえばXJapan⇒音楽好きの人が集う場所⇒バー⇒カクテル
という連想ゲームが起きました(呑兵衛な友だちがいたこともあり)。オタク文化が大事って視点は「なるほど」ですね。
たしかにブラッディ・メアリーを知ってたのは一人だけだった。
じつはカクテルだけじゃなくて、紅の歌詞が心情とリンクしている、という単純な仕掛けでした~。