「その男、クズにつき 新解釈ギリシャ神話・テセウス物語」
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・なぜテセウスは英雄になったのか
本編のテセウスはかなりクズとして描きました。
しかし、テセウスはイストモス地峡を踏破し、マラトンの牡牛を倒し、ミノタウロスを討伐し、ケンタウロマキアで活躍し、マラトンの戦いで活躍した英雄ではあります。
では、彼はなぜ英雄になったのでしょうか?
後の歴史家プルタルコスの存在が大きいと私は考えます。
テセウスはアテナイの建国王として描かれます。
テセウスの功績として、シノイキステとしてアッティカをクレタ島から解放し、ギリシアの独立を回復しています。
また、アテナイ王として領土を広げ、アテナイがギリシアの中心地として栄えさせたのも彼の功績です。
でも、彼の行動を見ていくとクズです。
プルタルコスはテセウスの次のアテナイ王であるメネステウスを「民衆に媚び、民衆を煽って王位を簒奪した人物」と評しています。
メネステウスの次のアテナイ王となったデーモポーンにも良い評価を与えていません。
しかし、メネステウスはホメロスのオデュッセイアでは、トロイア戦争にアガメムノン率いるギリシア連合軍の主力将軍として活躍しており、「兵を統率する力はネストルにも匹敵する」と言われています。
また、メネステウスの統治によりディオスクロイに破壊されたアテナイを復活させています。
彼には統治能力と他人を統率する力があったと思えます。
また、デーモポーンも良政を敷いていますし、トロイア戦争の和議が行われたイリオス会議で活躍しています。
つまり、メネステウスとデーモポーンは他人の意見を良く聞き、まとめあげる優秀な調整者であったと私は思えます。
ですから、私はプルタルコスの評価が正当とは思えないのです。
プルタルコスは英雄伝において、ローマの建国王ロムルスやマケドニアのアレクサンドロス大王、古代ローマ執政官のジュリアス・シーザーと同列にテセウスを扱っています。
プルタルコスはアテナイ人でした。
そして、彼の時代の「英雄」というのは「戦争に強く、広大な領地を征服した人物」だったのではないでしょうか。
ホメロスのオデュッセイアは紀元前8世紀の成立で、プルタルコスは紀元1世紀前後の人物です。
この間にも800年ぐらいあるんですよね。
なので、価値観も大分変わっていたのではないかと思います。
テセウスはアテナイの建国王にして民主主義の父とされてもいます。
メネステウスやデーモポーンといった「実務・調整型」のリーダーは地味で、テセウスのような「劇場型」のリーダーは派手です。
自分たちの始祖となる人物は派手な人物を推したかったというのが真相ではないでしょうか。
しかし、テセウスが作った民主主義を根付かせたのは、メネステウスやデーモポーンであり、彼らによって根付いた民主主義を守り続けてきたのはアテナイ人だったと私は思うのです。
アテナイ人によって守られ続けたからこそ、現代の民主主義はあるのではないでしょうか。
本編でメーディアが言っていますが「大義なんてものは後世の人間が勝手につけるもの」だとも思います。
正しき道の先に正義(アストレイア様)があればそれで良いと私は考えています。
これから先がどうなるのかはわかりませんが、皆様はいかがお考えでしょうか。
では、また、お会いできる日を楽しみにしております。
最後までお付き合い下さいまして、大変ありがとうございました。