今晩は、綾部 響です。
自主企画イベント参加やらそのイラストの制作、新人賞応募作品の執筆に校正と、年末に向けててんやわんやな響さんです。
そんな響さん、この3連休を良い事に、久方ぶりにアニメ映画をレンタルして、一気に見てやりましたよ!
( ´∇`)=3
「君の名は。」「SAO-オーディナル・スケール」「この世界の片隅で」
以下はその感想です。あくまでも響さんの感想ですが、ファンの方には嫌な思いをされる事請け合いですので、これより先、見ない事をお勧めします。
(`・ω・´)シャキーン
「君の名は。」
評価:★☆☆☆☆(5段階中1)
「こんな短い時間で、観覧者に感情移入を求める方がどうかしている」
公開以来記録を樹立し、メディアで紹介される内容は殆ど高評価好意的。しかし、響さんはそれには懐疑的でした。そして、ネットなどで紹介されている大体のストーリーを見るに内容を想像し、概ねこの作品の評価に否定的となり、期待もしていませんでした。
そうした経緯から、元よりこの作品に対するハードルは高い物となっていましたが、それだけの評価を受けていたのですから、見事乗り越えて欲しい……いや、欲しかったと言うのが本音でした。
……残念ですね。どこで感動するのか、説明して欲しいレベルです。星も1つにしましたが、0.5でも良い位です。
大元の作品設定はこの際どうでも良いです。タイムループだか、人物入れ替わりだかTSだか……。どんな設定を採用するのか、そんな事はどうでも良い事です。
問題なのは「ストーリーへの感情移入」を促す描写が希薄だと言う事です。
最終的に「感動」するエンディングへと持って行きたいならば、見ている者が主人公や登場人物に「思い入れ」なければなりません。あたかもその世界を追体験している様な状況にならなければ、とても主人公達が感じている感動を共有する事なんて出来ないでしょう。
さて、そう言った「感情移入」は何処からやって来るのか? 主人公達が直面する問題を乗り越えた時か?
それも勿論ですが、それだけでは不十分です。その「山」を乗り越える為に苦労している主人公の気持ちが十分に分からなければならないでしょう。
では、それはどこから齎されるのか?
それは十分なバックボーンから来るに他ならないのではないでしょうか。原作小説なり、漫画やアニメで十分に紹介されていれば、その部分を省略する事も出来るでしょう。
でも、そんな物のない作品の場合、これを如何に熟すかが重要になるのは間違いありません。
そしてこの作品が「ダブルキャスティング」……2人の主人公からなると言う所にもう一つの問題があると確信しました。
1人でも1時間半~2時間では足りないと言うのに、2人ともなればもうペラペラとなるのは想像に難くありません。正しく実際にそうだったのですから。
劇中、入れ替わりしている間に、それぞれ様々な経験なりイベントをしていると言う描写がありますが、映像を見ているのにその説明は文言で済まされています。省略するにも程があり、その時にどんなアクシデントがあったのかは想像できる訳がありません。
全く思い入れ出来ない登場人物達と言うのは、わき役たちにも及び、その人間関係があやふやなまま物語は進みました。
最後まで「?マーク」を完全に解消できないまま、結局無理矢理感動の再会を演出している節があり、胸にグッとくる等と言う事は全くありませんでした。
これで感動したと言う人達は、余程感動に飢えているのか、それまでに感動する作品や事柄に直面した事が無いんだろうな……と、少し同情したレベルだったのは言うまでもありません。
「SAO-オーディナル・スケール」
評価:★★★☆☆(5段階中3)
「ARにする意味は不明ながら、世界観は見事に保たれていた」
SAOファンならば、恐らくは高評価を付けるだろう作品。かくいう響さんも、アニメ「SAO」のファン(原作は1巻で挫折)であり、これは楽しく観る事が出来ました。
それでも星3つなのは、やはりAR……「拡張現実」と言う設定がしっくりこなかったからです。
拡張現実では、動かせるのは現実の身体。街中に出現するモンスターの攻撃を躱し、剣を振るう。そこには、自身のスペックが大きく影響してきます。
ゲームとして楽しむならば、何もARにする必要は無いんじゃないか? そうあれば楽しいと思えるのは、あくまでも指先だけで操作できる状況(〇ケモンGOみたいに)に限り、実際に体を動かして戦うなんて言うのは、何処かのテーマパークで行われているアトラクションで十分です。
そう考えれば、実際にARを利用したRPGと言うのは非現実的かな? と思ったり。道交法等の問題なども懸念されますしね。
そして、ある条件下で奪われる「記憶」。
奪われる、消されるのは良いです。そしてその時に、少なからず脳が傷つけられるのも仕方ないでしょう。
でも、データ化された記憶を戻せば、全て元通り……と言うのは、設定としてちょっと弱いかと思いました。引き起こされている記憶障害と、消えてしまった記憶の因果関係も不明ですしね。
それでもその「記憶を失う」と言う事が、SAOでおけるところの「ゲームがゲームじゃない」と言うテーマには合致しているので、まぁ目を瞑る事が出来るレベルです。
「この世界の片隅で」
評価:★★★★☆(5段階中4)
「フィクションとノンフィクションの、見事なコラボレーション」
戦争物と言うのは、作品としては割と簡単に設定できます。実際に在った戦争を題材にしているならば、少なくともその戦争に関しての説明を省けるからです。正しく上記で述べた事ですね。
第二次世界大戦と言えば、誰でも少なからず知っています。戦時中の暮らし、教育、政治。劇中でそれ等が行われれば、「そう言った物」と納得してみる事が出来ます。
さて、戦争物では比較的「悲惨→感動」の流れが主流でしょうか? ノンフィクションであるからこそ、そして実際に起こり、私達の祖父母が実際に体験しているからこそ、他人事では無く観る事が出来ます。戦争の非情を知り、そこから齎される作品としての感動を期待します。
ところがこの作品では、序盤から何だかホッコリとしたストーリーが展開されます。戦時下で苦しい暮らしぶりも表現されていますが、その中でも優しく楽しいシーンが多く展開されて行き、「ほんまにこんな人っておったんか?」と疑うレベルです。ですが、居て欲しい、居たらいいなと思わせる、何とも和ませる描写でした。
そして急展開される非情な現実。そのギャップには、身構えていても心にざわめきを覚えました。
主人公にも悲劇が齎され、陰鬱な時間が少なくない長さで流れてゆきます。
それでも、周囲の人達や、主人公自身が徐々に立ち直ると言う事で、また元の通り……とまではいかないまでも、ホッコリとした表現に立ち戻る訳です。
感動……と言う程の描写はありませんでした。
ただ劇中、戦争物だと言うのに笑わされるシーンが幾つもあり、「戦争」と言うテーマを忘れさせるほどです。それにその描画が柔らかく、昨今の映像とは全く違った好感の持てる物でした。
この作品も事前の評価は高かったのですが、その評価に偽りなしと言っても問題ない作品だったと思います。
いかがでしたでしょうか? 上記が響さんの評価です。
同じ作品をご覧になった方には異論反論もあるでしょうが、ここで論議するつもりはありませんので悪しからず。
これはあくまでも響さん個人の意見なのですから。