「伝説のグラビア写真家の孫ですが、女の子を撮ると人生を狂わせるので困っています」(以下「グラビア写真家の孫」)
第一部が終了しました。
https://kakuyomu.jp/works/2912051596380168321/episodes/2912051597728247868
一部終わりなので、なんかいろいろ書きたい! でも一部だけしか終わってないのにあとがきみたいなもの書くのもなんかアレだよなー。ということで、このへんになにやらごにょごにょと。
第一部、とりあえずルール説明回終わったー って感じですかね。
どや、悪役令嬢だいかつやくのチート持ち主人公モノやぞ! これぞ流行のWEB小説スタイル! こういうのでいいんだよこういうので(とくいげ)。
・・あれ違う? なんか違ってた? 読んだらそういうのじゃなかった?
あれそうお? なんでぇ。
どこで間違えたかなぁ・・・
仕方ないなぁ。
とま、そういうわざとらしい小ボケの方は置いておくといたしまして。
「写真」は前作でも大事なモチーフだったのですが、前作ではそれは、読んでもいまいち、なんかラブコメ上の道具立てとノリ、みたいな扱いでふわっとした感じに読み飛ばされるポイントだったというか・・・まあ実際、まずはそんな感じに読めるよう書いたのんですけどもw
水着回の悪ノリ感の中にまぎれて、しれっと「わたし、こんな顔して、笑うんだ」なんてタキちゃんが言ってたりして。書いてる方としては、あれはめっちゃ大事な一言だったりするんですよね。 伝説の一枚とやらがどう伝説なのか、伸司の写真の質、写真の作用を説明している部分は、事実上多分あの一言しかないのです。で、ンなもんそんな大事なセリフに読めるかよ!? と言われると、米つきバッタのようになってごめんなさいするしかないという。
前作と第一部と読んでくださったかたはなるほど?と思ってくださると思いますが、つまりこの「グラビア写真家の孫」は、いわばそのへんの解説と言い訳でもあります。
さて、その「グラビア写真家」について
今やもう、写真を趣味とする方であっても、名前をご存じの方、あまり多くないかも、と思ったりしますが、(それこそ写真家の方や写真科学生さんとか、くらいしか知らないかもしれません)秋山庄太郎氏は実在の写真家です。故人です。
ですが、主人公庄三郎は完全に架空の人間なのでご注意を。故秋山庄太郎氏にそんなお名前のお孫さんがいらっしゃったとは聞きません。でありますのでつまり、物語「グラビア写真家の孫」の中の『庄太郎爺ちゃん』は、実在の秋山庄太郎氏をモデルにしてお名前を借り、秋庄先生への敬意を込めて描いた人物ではありますが、作者の僕の想像力が作り上げた架空の存在であり、実在の人物、故秋山庄太郎氏とは異なる創作上のキャラクターであることを、念のため、あらためて申し上げておきます。
そうです。
「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。」
ありません・・・ではあるのですが、秋山庄太郎という人物に無茶苦茶インスパイアを受けて出来た物語ではあったりはするわけで、そのへんをこれから書きます。
どんな人物だったのか。秋山庄太郎氏。
すっごく端的に言うと、「『日本の歴史上で一番』女の子撮るのが上手かったカメラマン」さんです(異論は認める。が反駁は用意してる)。
おっちゃん撮るのも上手かったけどね。昭和の文壇の人気作家の写真とかもいっぱい撮ってます。川端康成とか武者小路実篤とか、松本清張とか池波正太郎とか司馬遼太郎とか。秋山氏の撮った女の子の写真より、教科書とか物の本とかで、そっちの写真の方を見たことあるって人の方が、今や数多いかもしれません。
昭和の超古い週刊誌の表紙、女優さんの顔写真とかが表紙になってた頃の週刊文春(和田誠さんのシンプルな感じのイラストの表紙になる「前」)とか、同時代の週刊現代とかの書影を何かの資料映像とかで見て「表紙の女優さんの写真、なんか絵みたいだぁ」とか思ったことある方、多分それは秋山氏の写真です。
ちなみに『数万人』の女の子を撮ったと言われてるそうです秋山氏。マジか。一万人撮ろうと思ったら、一日一人、365日毎日休まず撮っても27年以上かかるんだぞ。
その他にもいろいろ伝説的な逸話が多いひとでありまして、(なのでインスパイアされちゃうのですが)「秋山庄太郎に撮ってもらうことがスター女優への登龍門」なんて言われたりもした、と。
平たく言いなおすと「秋山庄太郎に撮られた女の子はスター女優になれちゃう」なわけですよ。なにそれ怖い。もはやリアルチート能力じゃん。そんで実際に新人女優のマネージャーさんとかが、うちの子撮ってもらおうと秋庄詣でに励んだそうな。マジか(7行ぶり2度目)。
登龍門と言えば昨日は鯉のぼりの日でしたね。龍門登り切って龍になれた鯉ってほんとにいたのだろうか。それは分かりませんが、秋山氏は日本映画が華やかなりし頃のスター女優をマジで山ほど撮っておられます。いくらナンでもホントに撮った女の子全員がスター女優になったわけではありませんけども・・・まあそんな事言われちゃうくらいに女性を綺麗に撮った人だった。
20過ぎのころの岩下志麻さんの写真とかねえ、今の目で見ても超かわいいくってとんでもなく綺麗よ。多分乃木坂あたりで余裕でセンター張れる。まああの方80とうに越えた近頃のお歳でもメナードのCMに出たりして、最早あやかしの類いみたいな人ですけど。
それはともかく、そうやって女の子をずっと撮り続け、女性を撮るカメラマン、女性専科ってことで「婦人科カメラマン」とか、「讃婦人科カメラマン」とかいう二つ名でも呼ばれていたりしたそうです。
婦人を讃美するカメラマンっていう意味をアテたわけですね。揶揄を含んだ呼ばれ方のような気もしなくはないですが、あるていどの時期から以降は、自分でも自分をそう呼んでらしたみたいです。でもまあ晩年になってライフワーク的に花を多く撮る様になったりもしてて、花の写真も綺麗なんだよなあ。それで、
『美しきをより美しく』が信条
要は「実物よりも美しく」みたいな理念で写真を撮っていらっしゃったそうで、女性の写真については「実物よりも倍くらい美しく撮ってもまだダメで、嘘のように綺麗に撮ってやっとOK」だったそうな。撮られている女性本人も認識していないようなその女性の美しさ、を捉えるカメラマンだったとも言われています。それもまた怖いよな。人間ってのは、まあたいがい、自分のことは実際の自分よりも綺麗だと自己認識してますからね(姿も心も)。それを越えてくるって何よ。そんなもの見せられてしもたら、人生歪むやろ。
とまあ、それがキーアイディアとなったお話なのでした。
二部は、思わせぶりに最後出てきたあの子の話になります。彼女がどういう子なのか、そしてどういう話になって庄三郎に絡んでくるのか、彼女に対して庄三郎のチート能力はどう発揮されてどこに転がっていくのか。
また読んで頂けると、とてもとても幸いです。