百合小説コンテストに向けて書いている姉妹百合の一話の最初の方を公開しておきます(ネタ被りが怖い)。やってますアピールでもある。
—————————————
美波が数か月ぶりに家に帰ってくると聞いて私は文字通り跳ねて喜んだ。両足を揃えて跳んだり、片足だけで跳んだり、空中でくるっと回ったりした。ソファでビールを飲んでいるお母さんは白い目で見てくるけど、まったく気にならなかった。もしも今が夜じゃなかったら歌の一つか二つ歌っていたと思うくらいには嬉しさが溢れ出している。
「火夏。やめなさい、十九歳児」
「やだ、ジャンプしたい。お母さんは美波が帰ってくるの嬉しくないの?」
居間の天井のあらゆる場所とハイタッチしながら訊ねる。シーリングライトの隣、テレビの前、美波の写真がたくさん飾られた棚の上。天井の壁紙は、それがどこであれ、ざらざらしていた。着地する時は膝を軽く曲げて、衝撃をちゃんと吸収する。音はほとんど立てない。中学生の時まで通っていたダンススクールの教えはまだ私の中で生きている。
「そりゃあ嬉しいよ。誰かさんと違ってほぼ一人暮らししている立派な娘が帰ってくるんだからね」
「舐めないで。私だって時期が来れば一人暮らしするし」
「あんた、もうすぐ大学二年生になるけど時期はいつ頃になりそう?」
「……もうちょい」
私は適当な言葉で会話を打ち切った。跳ぶのをやめて冷たいフローリングに仰向けで寝っ転がる。テレビは上下逆さにコマーシャルを映す。はるか遠くでお母さんがもう一本ビールを開ける音がした。
「いつになってもいいけど、真剣に考えなさい。いつまでも子供のままじゃいられないんだから」
「はーい」
空っぽな声は天井にまでも届かず、湿気った花火のように中空で消えた。
一人暮らし。別に家事は嫌いじゃない、むしろ得意だ。特に料理。小さい頃はお母さんもお父さんも仕事で忙しかったから今更一人になるのが心細いとは思わない。大学は実家から少し距離があるからもっと近い場所に引っ越ししたいという気持ちはある。でも実際一人暮らしをしている自分を考えると妙な胸騒ぎがした。橋の下に捨てた子犬の鳴き声にも似た、前に進ませることを躊躇わせる胸騒ぎ。我が家で飼ったことがあるのは夏祭りで買った金魚だけだから犬のことなんてよく知らないけど。
大きくため息を吐く。私は考えたくないことを頭の片隅に蹴り飛ばした。もうすぐコマーシャルが明けてニュース番組が放送されるから、テレビの画面に意識を集中させる。時間帯的に次は芸能関係のニュースのはず。
コマーシャルが終わり、スタジオにいるアナウンサーや専門家が映し出される。和やかな雰囲気の中、一言二言雑談した後すぐにトップバッターのニュースが読み上げられた。
『それでは最初のニュースです。大人気アイドルグループ、シュガーイモータルがデビュー1周年を記念して日本武道館で単独ライブを実施しました』
映像が切り替わって、スピーカーから大歓声が響いた。画面を埋め尽くすほどの七色のペンライトが蠟燭の灯火のように揺れて真っ暗なステージを取り囲んでいる。それからアップテンポな音楽が流れ始めて、サーチライトがステージ上に太陽よりも太陽らしい光を投げかけた。派手な衣装が火花を散らして瞬く。アイドル達は洗練された華麗な動きでフォーメーションを変化させる。
リーダーが一段高い場所に立つと、すべてが無音に包まれた。一呼吸。
『行くぞ武道館!!!』
彼女の掛け声とともに、爆発のように音楽が再び動き出す。ペンライトは燃え広がるように赤色に変化して歓声はより一層大きくなった。現場の熱狂がふつふつと体に沸き上がるのを感じる。コールを叫びたがる本能を抑えつけて、私はテレビの前に移動して正座した。
「私たちカメラに映ってるかな?」
「最前列だったから、もしかしたらね。そんなことより画面から離れなさい。お母さん見れないでしょ」
「うちわ、もっと派手な感じにしてたら分かりやすかったかな」
ライブのダイジェスト映像は、嵐に飛ばされる街のように切り替わる。アイドルを、ファンを、ステージを次々に映す。
やがて、会場の光が青だけになった。巨大な海獣が水面を震わせるように、ペンライトが一体感を保ちながら左右に動く。私の一番好きな曲『Wherever』が流れる。穏やかな歌声はピアノとともに徐々に早く、激しくなっていく。カメラはステージ中央をアップで捉える。
リーダーに代わって、一人の少女がセンターに立っていた。照明の演出と、ペンライトと、ファンからの期待を受けて、少女は誰よりも青く輝いて踊る。ターンの度に長い髪が空中に弧を描き、氷を削ったような瞳は情熱的に潤んでいる。伸ばした手は虚空に浮かぶ観客の心を握りしめる。
共川美波……私の妹はステージで美しく命を削っていた。あの日、二人で夢見たステージで。