※『生駒さんはバビロンを倒したい』第9話~第16話に関わる内容を含みます。
パウロ・フレイレ(Paulo Freire, 1921-1997)は実在するブラジルの教育者です。レゲエは特に関係ありません。
パウロ・フレイレはブラジルで貧しい非識字層の人々に文字を教えていました。
ただし、単に文字を教えるだけでなく、教育を社会変革と人間解放の手段として用いていたようです。
パウロ・フレイレの思想における重要な概念をいくつか紹介します。
【預金型教育(educação bancária)】
パウロ・フレイレは従来の教育方法を預金型教育(銀行型教育)と呼んで批判しました。
預金型教育では、「教師=絶対的優位、生徒=絶対的劣位」という関係性の中で教師が知的な正しさを独占します。そして、知識は教師から生徒へと一方的に注入されます。
この教育方法では、生徒の主体性や批判的思考が育たず、生徒がエリートによる支配を受け入れるようになると、パウロ・フレイレは指摘しました。
【問題提起型教育(educação problematizadora)】
パウロ・フレイレは、教師が生徒に問題提起をして対話することで共に答えを探求する教育方法、問題提起型教育を提唱しました。
この教育方法は単に知識を増やすことが目的なのではなく、生徒が能動的に世界と向き合い批判的思考を身に着けて、現実を変えることで自らを解放するようになることが目的だとされています。
【沈黙の文化(cultura do silêncio)】
支配的な社会体制においては、支配される側は忍耐強く支配階級に服従することが求められます。
例えばパウロ・フレイレの時代ですと、貧しい農民が地主の支配に従順に振る舞ってしまうというのが、その典型例でした。
生駒さん達の会話ですと、佐藤君が母親の言動について「大人の期待に添えなかった自分が悪い」と考えていたこと、佐藤君と葛本さんがスクールカーストを気にして劣等感を抱いていたこともまた、沈黙の文化と言えるかもしれません。
【意識化(conscientização)】
作中で生駒さんが「コンシエンチザサォン」と言っていたのがこれです。
被抑圧者が自分を抑圧する社会構造を批判的に考えるようになり、現実を変えられるものとして認識し直していくことを指しているようです。
〇作品を書くにあたって参考にした文献
『被抑圧者の教育学(Pedagogia do Oprimido)』
たまたま持っていた英語版を参考にしました。
Paulo Freire(著)Myra Bergman Ramos(訳)2012年 "Pedagogy of the Oppressed 50 the Anniversary Edition" Bloomsbury Academic
日本語版は、
パウロ・フレイレ(著)三砂ちづる(訳)2018年『被抑圧者の教育学――50周年記念版』亜紀書房
が出版されています。
『希望の教育学(Pedagogia da Esperança)』
『被抑圧者の教育学』の後に書かれました。教育者が人々とどのような対話をしたかというエピソードも触れられています。
こちらは日本語版を参考にしました。
パウロ・フレイレ(著)里見実(訳)2001年『希望の教育学』太郎次郎社