一番好きな作家は三島由紀夫です。
読書が趣味になったきっかけになった本が三島由紀夫の「潮騒」という小説です。
歌島という三重県にある島が舞台の恋愛青春小説です。
主人公の漁師でたくましい青年、新治と島の有力者の娘の初江のラブストーリーはどこか幼いが互いに恋の道を手をつないで歩んでいく、美しい情景です。
「潮騒」は恋愛だけでなく歌島の人たちの暮らしを細かく書いています。島の風土、人間関係は「潮騒」のストーリーの中でとても役割を担っています。
新治の恋を見守る母や漁師の仲間、恋を邪魔してくる青年会の支部長と初江の父親。
島全体が新治たちの青春を彩っていく感じが私はとても大好きで、今でもお気に入りの一冊です。
純文学には芸術的センスが入り組んできます。この芸術的センスというのがまた難しいです。
岡本太郎が言うには芸術というのはここちよくあってはならないし、うまくあってはいけないし、きれいであってもいけない。逆にいやったらしい方が良いとのこと。
「潮騒」は島の空気感が心地よいし、ストーリーの構成が上手いし、作者の文体も綺麗です。いやったらしいと思ったこともありません。
これは個人の意見ですが、少なくとも芸術とは無関係に見えます。純文学は例外?
そもそも純文学にしっかりした定義とかはあまりないですね。
それを言い出したら芸術にも定義はありません。
岡本太郎の「今日の芸術」もたった一つの考えに過ぎません。
純文学も芸術も美しい(「きれい」とはまた意味が違います)です。
そう思った時、美しさの秘密を探ってみるのが純文学と芸術にのめり込む面白さではないでしょうか。
私はこれからも「潮騒」の美しさを追求し続けます。それだけ。