概要
1942年春、フランス海軍は戦艦リシュリューを旗艦とする艦隊をインド洋へ派遣した。
この派遣は、単なる戦艦一隻の示威行動ではない。欧州大戦が起きず、フランス本土と海軍組織が維持されているこの世界では、フランスはイギリスと協調しながら、インド洋、紅海、マダガスカル、セイロン方面の航路防衛に強い関心を持っていた。
日本軍が東南アジアを席巻し、マレー半島、シンガポール、蘭印方面へ勢力を広げる中、インド洋の制海権は英仏双方にとって譲れない問題となった。フランス艦隊の派遣は、軍事的には航路防衛と艦隊補強、政治的には「フランスもインド洋に旗を置く」という意思表示であった。
リシュリュー艦隊は、「戦艦の砲撃力」だけでなく、「防空」「水上戦」「対潜護衛」「通商路防衛」を組み合わせた編成であり、インド洋の広い海域で単独行動するのではなく、イギリス側の基地、陸上航空隊、港外退避線、船団護衛網と連動することを前提としていた。
編成内容
旗艦
戦艦リシュリュー
艦隊の中心であり、政治的象徴でもある。
遠距離砲撃能力、艦隊司令部機能、強い存在感を持つ。
作中では、リシュリューは「敵を沈めるためだけの艦」ではなく、「そこにいるだけで相手の作戦線を曲げる艦」として扱う。
ヒトラー所長の表現でいえば、
「リシュリューは、命中弾ではなく位置で撃ったのだ。そこにいると分かっただけで、相手の線は曲がる」
という役割である。
軽巡洋艦
軽巡グロワール
軽巡マルセイエーズ
いずれもラ・ガリソニエール級軽巡洋艦。
艦隊防空、駆逐艦隊の統制、通信中継、対水上戦の補助を担当する。欧州大戦がないこの世界では、トゥーロン自沈もフランス崩壊も起きていないため、両艦は1942年春時点で前線投入可能な状態にある。
作中設定では、インド洋派遣前に対空火器や通信設備を強化されており、リシュリューの周囲で防空と艦隊統制を担う。
高速大型駆逐艦
ル・ファンタスク
ル・テリブル
ル・ファンタスク級大型駆逐艦。
この二隻は、リシュリュー艦隊の外側を走る「目と脚」である。高速を活かして索敵、接触、煙幕展開、雷撃牽制、敵軽艦艇への圧力を担当する。
日本側の馬来部隊と最初に接触する可能性が高いのも、この二隻、または後述の対潜型改良モガドール級である。
対潜型改良モガドール級駆逐艦
クレベール
ドゼー
オッシュ
マルソー
史実では、モガドール級の後続改良型として発注されながら、戦争とフランス降伏によって実現しなかった艦名群である。
この世界では、欧州大戦とフランス崩壊が起きていないため、建造が継続される。ただし、当初想定された「高速大型水上襲撃艦」としてではなく、インド洋派遣と船団護衛を見据えた対潜護衛寄りの設計に変更された。
主な作中設定は以下。
雷装と水上打撃力はやや抑制。
イギリス式ASDICを装備。
爆雷投射機と爆雷搭載数を増加。
対潜通信・護衛隊通信を強化。
長距離航海と船団護衛に合わせ、居住性と燃料搭載に余裕を持たせる。
大型船体を活かし、リシュリュー周辺の対潜警戒と外周哨戒を担当する。
この四隻は、艦隊の華やかな打撃力ではなく、リシュリュー艦隊をインド洋で生かすための「耳と網」である。
役割分担
リシュリューが「拳」。
グロワールとマルセイエーズが「防空と統制」。
ル・ファンタスクとル・テリブルが「脚と刃」。
クレベール、ドゼー、オッシュ、マルソーが「耳と網」。
この艦隊は、戦艦一隻を見せびらかすための艦隊ではない。
主力艦を中心に、防空、対水上戦、対潜警戒、通信、索敵、船団護衛を組み合わせた、本格的なインド洋派遣艦隊である。
派遣の目的
リシュリュー艦隊の目的は、大きく三つある。
第一に、セイロン、紅海、マダガスカル、インド洋航路の防衛。
第二に、イギリス海軍東洋艦隊の補強。
第三に、フランスがインド洋の戦後秩序から排除されないための政治的存在感の確保。
作中世界では、フランスは欧州で敗北しておらず、ヴィシー政権も存在しない。そのため、フランス海軍は「亡命艦隊」でも「自由フランス艦隊」でもなく、正規のフランス海軍としてインド洋に進出する。
この点が史実との差異である。
セイロン沖での介入
1942年4月5日、日本海軍の南雲機動部隊はコロンボ空襲を実施する。
飛行場、港湾施設、燃料施設などには大きな被害が出る。日本側航空隊の攻撃は有効であり、コロンボそのものは強い打撃を受ける。
ただし、英仏主力艦艇は事前に退避・分散しており、港内で主力艦を捕捉することはできなかった。
同じ頃、ベンガル湾方面で行動していた日本側の馬来部隊中央隊は、フランス援インド洋艦隊の外縁と接触する。
作中での日本側部隊は、鳥海、由良、龍驤、朝霧、夕霧を中心とする部隊とする。
最初の接触は、ル・ファンタスクまたはル・テリブル、あるいは対潜型改良モガドール級の一隻によって生じる。接触報告はグロワール、マルセイエーズを通じて艦隊内に伝えられ、リシュリューが遠距離砲撃可能な位置へ入る。
リシュリューは、南雲機動部隊の主力空母群ではなく、馬来部隊中央隊に対して遠距離砲撃を行う。
この砲撃は、敵艦を次々撃沈するためのものではない。
馬来部隊の行動を折り、通商破壊と索敵の流れを止めるための砲撃である。
交戦結果
リシュリューの380mm砲による遠距離砲撃は、日本側に心理的・戦術的な衝撃を与える。
鳥海は至近弾により外板損傷、軽度浸水、通信・射撃指揮への一時的混乱を受ける。
龍驤は至近弾の水柱と破片により、飛行甲板の一部損傷、航空作業中断、搭載機の損傷を受ける。
由良は回避行動と煙幕展開を余儀なくされる。
朝霧、夕霧は煙幕を張り、損傷艦の退避を支援する。
日本側駆逐艦の一隻には破片被害と浸水が発生する。
日本側は壊滅しない。
しかし、馬来部隊中央隊は通商破壊作戦を継続できず、後退を余儀なくされる。
ここで重要なのは、リシュリュー艦隊が「日本艦隊を撃滅した」のではなく、「日本側が予定していた作戦の線を曲げた」ことである。
南雲機動部隊への影響
馬来部隊中央隊がリシュリュー艦隊と接触し、損害を受けたという報告は、南雲機動部隊にも影響を与える。
コロンボ空襲には成功した。
しかし、英仏主力艦艇の撃滅には失敗した。
さらに、正確に捕捉していなかったフランス戦艦が、馬来部隊に損害を与えた。
このため南雲機動部隊は、トリンコマリー攻撃へ予定通り進むよりも、英仏艦隊の捕捉と追撃を優先する方向へ一時的に傾く。
だが、リシュリュー艦隊は単独で裸のまま海上にいるわけではない。
セイロン方面のイギリス陸上戦闘機、港外退避、煙幕、対空陣地、フランス軽巡の防空、対潜型改良モガドール級の警戒網が組み合わさっている。
日本側航空隊は攻撃を試みるが、艦艇撃沈には届かず、航空隊に疲労と損耗を残す。
この結果、4月9日のトリンコマリー空襲は中止される。
南雲機動部隊はインド洋作戦を切り上げ、太平洋方面へ戻る。
作中における戦略的意味
この世界線のセイロン沖海戦は、日本側にとって「勝ったが、欲しい勝ちではなかった」戦いになる。
コロンボの地上施設は叩いた。
だが、英仏主力艦隊の撃滅には失敗した。
馬来部隊はリシュリュー艦隊に行動を折られた。
トリンコマリー空襲は実施できなかった。
航空隊は消耗し、決定的勝利を得ないまま太平洋へ戻ることになった。
そのため、日本側はインド洋を深追いするよりも、アメリカ空母を太平洋正面で引きずり出し、撃滅する方向へ意識を強める。
これが珊瑚海海戦、そしてミッドウェー海戦へつながる。
ミッドウェー作戦そのものは、ドゥーリットル空襲で突然生まれたものではない。
だが、インド洋での不完全な成果、東京空襲の衝撃、アメリカ空母の存在感が重なり、「太平洋でアメリカ空母を叩く必要がある」という圧力を強めていく。
新聞見出し
「リシュリューを中心とするフランス援インド洋艦隊、セイロン方面へ」
「軽巡グロワール、マルセイエーズ、艦隊防空任務に参加」
「高速駆逐艦ル・ファンタスク、ル・テリブル随伴」
「新型対潜駆逐艦4隻、紅海・インド洋航路の護衛へ」
「コロンボ空襲、港湾施設に大きな被害」
「ベンガル湾で日本部隊とフランス艦隊が交戦」
「リシュリュー、馬来部隊中央隊を砲撃か」
「龍驤、鳥海に損傷との未確認情報」
「日本艦隊、トリンコマリー攻撃を見送りか」
「インド洋作戦、日本側は地上施設攻撃に成功も艦隊撃滅ならず」
まとめ
リシュリュー艦隊は、単なるフランス戦艦のゲスト参戦ではない。
この艦隊は、インド洋における英仏協調、フランスの大国意識、航路防衛、防空、対潜、艦隊統制をまとめた存在である。
作中における役割は、日本艦隊を壊滅させることではない。
日本側の作戦予定を曲げ、「勝ったはずなのに、欲しい勝ちではなかった」という結果を生むことである。
そのため、リシュリューは派手な撃沈戦果よりも、位置と存在感によって物語を動かす艦になる。
ヒトラー所長が見るなら、リシュリュー艦隊は砲火よりも配置の問題である。
「そこに置いたから、線が曲がった」
この一言で、この艦隊の意味はほぼ説明できる。