第一部「樺太の種」に3つの章・幕間を追加しました。
旧版は全10章でしたが、第三章「待っていた女」・幕間「ワイパフの土」・第八章「リストの男」を書き加え、全12章+幕間1つになりました。既存の章の内容は変わっていませんが、章番号が一部ずれています。
note で公開中のシリーズ「史実と小説の間」も、今後順次番号を更新していきます。
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■ 追加した章(1) 第三章「待っていた女」
旧版では、第二章「オデッサの記憶」でヴァイツマンとの対話があり、次の章では舞台が上海に移っていました。
書いている途中からずっと引っかかっていたことがあります。ミリアム・カッツという人物が、どうして黒瀬誠一郎に接触しようとしたのか。
旧版では彼女は「現れた」のです。物語の中に、どこからともなく。
でもミリアムは、そういう人物ではないはずでした。1905年のオデッサで兄を失い、シオニスト運動の周縁で20年以上動き続けてきた女性が、外交官に近づくのに準備も計算もしないわけがない。
書き直してみて気づいたのは、彼女が「3週間かけて黒瀬の動きを観察していた」という事実が、章として存在しなければならないということでした。廊下の柱から扉まで何歩か、何時に出てくるか、束ねた髪は雑に見えるほうがいいか。そういう細部がある人間だということを、読者に見せる必要があった。
章末に「24年待った」という一文があります。日本がロシアの艦隊を沈めた年から数えて。彼女にとって黒瀬への接触は衝動でも偶然でもなく、歴史の積み重ねの上にある選択でした。その重さがないと、後の章の彼女の行動が軽くなってしまう。
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■ 追加した幕間 「ワイパフの土」
第七章と第八章の間に置いた幕間です。舞台はハワイ・オアフ島、1926年7月。
荒木勇という人物が主人公です。日系二世。ハワイで生まれ、父の土地で育ち、製糖会社の通告で土地を失いかけている21歳。黒瀬でもミリアムでもない、まったく別の視点から描いた挿話です。
プロローグでカラカウア王が伊藤博文に「ハワイ」と「日本人移民」の話をしていました。あの1881年の会話が、1926年のオアフ島のワイパフ耕地でどんな実を結んでいるか、あるいは結んでいないか。
幕間の最後にこう書きました。
「芽が出るまで、あと七年だった」
1926年から7年後は1933年——黒瀬たちがジュネーブで動く年です。ハワイの土の中に何かが埋まっている。それが何かは、まだ言いません。
この幕間を書いたのは、第一部をプロローグから読み直したとき、ハワイという種が宙に浮いていると感じたからです。カラカウア王が残したはずの何かが、1929年以降の物語に一度も地面に触れていなかった。
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■ 追加した章(2) 第八章「リストの男」
旧版では、第六章でリットン調査団の顛末を描き、第七章でいきなりジュネーブへの移動が始まっていました。
その間に、何かが足りなかった。
黒瀬は上海に左遷されている。陸軍の意向に反する意見を持つ外務官僚として、距離を置かれている。その状況から、なぜ彼はジュネーブの全権随行として舞台に戻ってこられるのか。
旧版では説明を省いていました。でも書いていて、自分でも信じられなかった。距離を置かれている人間が、いきなり国際連盟の全権随行になる。その飛躍を読者が受け入れてくれるかどうか、不安でした。
第八章を書いて、その問いに答えました。
陸軍省から来た田中大佐という人物が黒瀬を呼び出す。圧力かと思いきや、話が進むにつれて、黒瀬にジュネーブ行きの辞令が出ることが分かってくる。誰が動かしたのか、黒瀬本人にも分からない。「紐の届かない高さへの階段が、向こうから降りてきた」という感覚です。
田中大佐は、この章だけの人物ではありません。第三部でも登場する対立軸です。ここで顔を出しておく必要がありました。
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■ 改編によって変わった章番号
旧版との対応は以下の通りです。
旧 第三章「上海の匂い」 → 新 第四章
旧 第四章「来訪者」 → 新 第五章
旧 第五章「柳条湖の夜」 → 新 第六章
旧 第六章「リットンの影」 → 新 第七章
旧 第七章「説得」 → 新 第九章
旧 第八章「ジュネーブの冬」 → 新 第十章
旧 第九章「黙認の条件」 → 新 第十一章
旧 第十章「国際連盟総会」 → 新 第十二章
内容の変更はありません。章番号だけが変わっています。
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正直に言うと、10章で完成したと思っていました。
でも読み直すと、ミリアムが「どこからか現れた女」になっていることと、黒瀬がジュネーブに戻る必然性が薄いことと、プロローグのカラカウア王がどこにも着地していないことの三点が、ずっと刺さっていました。
改稿するかどうか、長く迷いました。すでに公開している作品に章を増やすというのは、読んでくださった方への不義理でもあります。
それでも、書き足すことにしました。理由はシンプルで、このまま第三部を書き続けることができなかったからです。第一部の三か所の「穴」が埋まらないと、前へ進めませんでした。
読み直してくださる方がいれば、ぜひ第三章・幕間・第八章から試してみてください。
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