先の展開が浮かばないことよりも、同じ世界観と風景に見飽きることのほうが執筆上の大敵だと思っている。
さらにいえば、風景を変えようとして、あらぬ方向に景色を歪めてしまうと、もはやコンセプトさえ意味不明になり、作品は崩壊することも知っている。
つまり地続きのこの世界を愛するに当たり、いかに飽きを――マンネリをやっつけるかが長期連載のコツではないかという当たり前の気付きを、何十作と失敗してきて学んだ。
その何十物墓標に刻まれている物語や、設定、展開は、自分の中に息づいていて、時々その中から「ここもらうね」と、過去の己の努力を拝借することもある。
実は百鬼夜行に関しても同じ現象がここ数日起きていたが、ふっと、「一章と二章で一個話を完結させられているのだから、次も、二、三章で完結する短編乃至中編を書けばいいんじゃないか」と思えた。
これに関してはこのアカウントで一番最初に載せたテューヴェネという作品も同じで、あちらも短編連作にしようとして、結局短編として終わらせている作品である。
余談だが、テューヴェネの世界と百鬼夜行の世界は地続きだ。海の向こうという設定なだけで、同じ玄慈球(ミュステラル)という星が舞台であったりする。
三河霊異記を終わらせられたという自己満足と自己効力を殺さないためにも、――どんな卑怯な手を使ってでも――、十五万字クラスの長編を書ききりたい。