「俺以外の全人類が異世界転生した世界で」
人類はその存在に恐怖した。
一見するとそれはありふれたトラックの姿をしていた。
それはどこからともなく現れ、たまたまそこにいた誰かを跳ね、そしてどこへともなく去っていく。
そして信じがたいことにはねられ死亡した人々はその後忽然と消え去るのだ。
一部の人々はトラックに跳ねられるということから「異世界転生したのだ」と噂したが、真実は誰にもわからない。
ただその存在は世界各地に出現しており、その被害は加速度的に拡大する一方だった。
非常事態宣言が発令され通りからは人の姿が消え、軍隊や警察組織が警戒にあたったが被害を押し止めることはできなかった。
こつ然と現れるトラックに軍も警察も被害を受けた。
相応の装甲を持った車両では防御は可能だったが、四六時中その中にとどまれるはずもなく、外に出たところを狙われる。
そもそも一般の人々も家の中に閉じこもって外界との接触を絶っていては生活などできるはずもない。
最低限の食料を得ようと外に出たところを狙われる。配給を行おうにも配給部隊はまっさきに狙われる。
手詰まりだった。
地球は静かな惑星になった……。
あれから何ヶ月が過ぎたのだろう。
私はまだ生き延びていた。
知人の中には異世界転生の噂を信じあえてトラックの前に身を晒そうとした人もいたが、そもそも異世界転生の噂の信憑性は確認しようもなかった上に、仮にそれが事実だったとしてもその転生先がどんな世界なのかも分からないのだから、とてもそんな気にはなれなかった。
トラックは文字通り神出鬼没だったが、いくつかのルールはあるようだった。
まず大きな通りにしか出現はしない。
ただ多くの商店などは大きな通りに面していた上、物資の輸送には広い道路を使うしかなかったのだからそこを避けて通ることはできなかった。
また大通りに出現すれば奴らはその後は自由に走り回る事ができた。そのため裏通りでも必ずしも安全とは言えなかった。
次に建物の中ならば広さはほぼ関係なく出現しない。
したがって壁に囲まれた競技施設、つまり野球場やサッカーグラウンド、テニスコートなどには直接は出現しない。
混乱の初期にはそうした場所が避難所に使われた例もあったが、その多くは内部への搬入路などを使って侵入された。
そうなればもはや逃げ場はないに等しかった。
そして何より出現するためには「道路」が必須なようだった。
そのため都市部から離れ山岳地帯などに逃げることで当初は多くの人々が生き延びた。
だがそこはもはや人間の領域ではなかったのだ。別に怪物がいたわけではない。文明に染まった人間たちが生活するのに必要なものは殆どなかった。自生する植物は何が食べられるのかわからない。毒性のあるものを口にすればほぼアウトだったし、たとえ食べられるものでも適切な調理ができなければ消化不良を起こし体力を奪われた。
動物は狩ろうにも適切な道具がなければどうにもならなかったし、知識があってもすぐに作れる罠程度ではそうそう腹を満たす量の入手は難しかったうえ、大型の動物となれば反撃もあった。場所によっては熊のような動物もいて人間は狩られる側に回ることすらある。
そもそも風雨を避けられる場所の確保もそれなりの知識が必要だった。
生水を飲んで体調を崩しそのまま亡くなるものも少なくなかった。
何よりそうした状況が人々を追い込み、気力を削がれて生き延びることを諦める人々すら出始めた。
私は生き延びる可能性をあえて都市部に求めた。
保存の効く食料の備蓄、隠れる場所の多さ、そして何よりどこに何があるのかを知っているという情報の多さが決め手だ。
政府側の治安維持機能が敗退してから2~3週間ほどは自宅マンション周辺を活動範囲としていた。
人気のなくなった通りを物陰伝いに進む。
近場のコンビニにたどり着ければしめたものだ。そこにはいくらかの食料が残っている。
社会崩壊するレベルの巨大地震などの災害のあとならば、生き延びた人々が我先にこういった店舗を襲撃したのだろうが、この災害の場合は訳が違った。
そもそも事態が収束していないので人々は外に出ることができないでいたのだ。
必然的に目端の利く僅かな人の手以外は届かないことになる。
また一度に大量の物資を運ぼうとすれば奴らの餌食になるのも目に見えている。
狙い目なのは自宅が店舗を兼ねていないタイプの店だ。
自宅が店舗を兼ねているタイプの店ならば、シャッターを閉めてしまえば店舗内の商品は店主とその家族のものとなる。
食料が得られる分、腹をすかせた襲撃者には不利となるし、そもそも人として他者を傷つけて奪い取るような真似はしたくない。
そう、私もまだ人としての倫理観が強く働いていたのだ。その頃までは。
その頃はまだ近所に人がいたので余裕があるときは調達した食料を分け合ったりもしていた。
だがマンションの中に閉じこもり自らは調達を行わない人々もいる。
近所の店舗の商品も無尽蔵ではないのだから、必然的に遠くへ足を伸ばさなければならなくなり、調達の負担は次第に増大していった。
潮時が近づいているのをヒリヒリと感じていた。
集合住宅には当然私のように一人暮らしでないものも多数いる。
その中には自らでは身動きもままならない老人や生まれたばかりの子供を持つ家族もいる。
全てに手を差し伸べることはできない。
それらの人々を足蹴にして手に入れた物資を独占できるほど冷酷にもなれない。
一月目を迎える前にここを離れることを決めた。
誰にも悟られないように、いつもの物資調達に行く体で。
戻らなかったとしても、誰も不思議に思わないように。