あの国歌が制定されたのは、今年のことだった。だが、彼女は今日、別の事実も耳にしていた。この土地には、かつて、二つ別の国歌があったのだという。一九二一年ソ連支援により独立国となった際に与えられた革命を讃える歌、一九四四年、トゥヴァが独立国だった最後の年に、国歌として定められた古い民謡。最後に定められた古い民謡は、独立国としての体制が失われたあとも、歌い継がれ、自治州の、そして後の共和国の歌として、実に六十年以上にわたって、形を変えながら使われ続けたのだという。国そのものは、決議の一つで、あっという間に姿を消した。それなのに、その国が最後の年に選んだ歌だけは、消えた国よりも、はるかに長く生き延びた。今年、新しい国歌に置き換えられるまで。
なぜ、消えるとわかっていた国が、その最後の年に、わざわざ新しい国歌を選び直したのか。今日聞いた話の一つ一つを思い返しているうちに、アイラナは、ふと、その理由に思い当たった。家畜も、金も、人も、すでに出せるものは、ほとんど出し尽くしていた。国としての実体は、その前から、少しずつ、差し出され続けていたのだ。それでも、なお差し出せなかったものが、最後に一つだけ、残されていたのではないか。遊牧の民としての豊かさと誇り——それだけは、たとえ国という形が失われても、喉歌に乗せて、どこかに刻んでおきたかったのだろう。アイラナには、そう分かった気がした。
終幕 『二〇一一年、摺る』
https://kakuyomu.jp/works/11054822662889703133/episodes/11054822663009438211
参考
第二次世界大戦中のトゥヴァ
https://en.wikipedia.org/wiki/Tuva_in_World_War_II