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【ボツ作品】平凡と非凡の特異点〜氷結の魔女と平凡な僕の歩む道〜

はじめだけ書いて、これは自分には無理と諦めた作品です。
導入部分の参考になればと。





















僕は出会った時から彼女に―――憧れていた―




















「リアトリス・セロシア」

賑やかしいホールに、その名が響き渡った。
その瞬間、今まであんなに騒いでいた生徒たちは皆口裏を合わせたかのように揃って黙り込む。

「はい」

静寂が支配するホールに、まるで研ぎ澄まされた刃のような冬真っ只中のつららのような、玲瓏な声が響いた。
コツコツと学園指定のローファーが、音を立てて動いていく。

その少女がホールの中心に立った時、周囲からはなんとも言えない雰囲気が漏れ出していた。

「彼女の|番《つがい》に立候補する者は」

リアトリスの横に立った教師が、そのホールいっぱいに響くような大声で叫んだ。
叫声の余韻が過ぎ去っても、その口どころか体を動かした人は誰もいない。

リアトリスが瞬きさえしなければ人形に見間違うかのように佇み続けるのを見て、どこかから『ふ……』という声が漏れた。
それはとても小さく近くの数人にしか聞こえないような吐息であったが、静寂を打ち破るのには十分すぎるほどのきっかけであった。
一度波を立てた湖は収まることを知らぬように、囁きの波紋はすぐさまホール中に伝染する。
クスクスという微笑い声、お前いけよ、そういうお前がという小突き合い。
憐れむ声に、蔑む声。
一つ一つは小さいはずの囁き達は、一人の少女を傷つける分には余るほどに|穢《けが》れていた。

「誰もいないのか」

教師が発した呆れるようなつぶやきも、彼女彼らにとっては最高の|劇薬《スパイス》になる。

もはやこうなってしまえば、誰にもどうすることはできない。
人々の思いはまとまれば強大な悪をも祓う事ができるが、逆手に取れば人ひとり簡単に壊せるほどの力を持っている。

嘲笑っている分には少し心が痛むだけかも知れないが、嘲笑われた方はたまったものではない。
それが集団で、まるで見せしめのような形であれば尚更だ。

なのに。それなのに、今この場この瞬間、最も痛みを負っているであろう少女は…………その表情筋をピクリとも動かさず、氷のような冷たさでそこに立っていた。

何事もないようにそこに立つ少女と、それを見て微笑い合う大衆。
そこには温度計を使わずとも計れる温度差があり、格差があった。

カッ……カッ……カッ……

時計の針すら怖くなるような空間、悪魔だって逃げ出すような視線の針の中……








「あの、」








……一人の|少年《凡才》が、産声を上げた。
























シレネ・ベルガモットの人生は、正しく平凡そのものであった。
農家の家に産まれ、育てられた。
父と母は優しいだけが取り柄の普通の人だったし、兄弟だって年が離れた弟が一人いるだけだ。
彼自身、幼い頃から家業である農家を継ぐものだと思っていた。

ただ、そんな平凡な少年がすこしだけ平凡でなくなる日が来た。
遥か昔に別の大陸からやってきた異型の人類。この国では魔族と呼ばれるそれとの戦いのため、人類は進化の末スキルを手に入れた。
スキルと言ってもそんな突飛なものではない。
足が速い、力が強い、寒いのが好き、熱いのが好き、痛みを感じにくい、剣技が得意。
そんな人々が持つ才能が、少しだけ進化して可視化が可能になっただけだ。

スキルと才能の違いは二つだけだ。
まず才能は見ることができない。漠然とこれが得意、これが好きと感じることでしか発見できない。それに比べてスキルは見ることができ、知ることができる。
子供が十歳になる誕生日の朝。目を開けて意識が覚醒したその瞬間、自分にスキルが有るのか無いのかが分かるのだ。
そのロジックも仕組みも全くといって未解明だが、とにかく自分に才能がなければ無いと、あるならなんの才能が有るのかが分かる。
スキルの所持率はだいたい五割。半分のものが持ち、半分のものは持たない。
持ったからといって良いのかといえばそうではなく、スキルの中でも種類があって色んな人が持つものもあれば世界で一人しか持たないものもある。
戦いに向いているのもあれば、生活に役立つものもあり、家業に役立つものなんかもある。
これがあれば生きていけるというものもあるし、こんなの何に使うんだというものもある。
ガチャガチャの中身のようにそれを選ぶことはできないが――――――――捨てることもできない。

シレネは憧れる本の中の英雄のような強大な力が宿るかなと期待しながら眠ったが、平凡はどうしても平凡のままで、翌朝彼に伝えられたスキルは剣使いというスキルの中で一番数が多い普通のスキルだった。
彼の住む国は魔族との闘いの最前線にあるため、スキルを持つものは無条件に魔法学校という施設に入れられる。
魔法学校とは名ばかりに、剣使いや緑の手、俊足に力持ちなどスキルの雑多市状態であるそこでは、十歳から十五歳までの五年間戦いの基礎や、生活の基礎が叩き込まれる。

彼は魔法学校でも平凡で、勉学も戦闘も全て平均。
これはだめだと投げ出されるほど悪くはないが、これはすごいと見入られるほど良いわけでもない。
中途半端になる才能だけは飛び向けて高いのがシレネであった。

彼は幼い頃に読み聞かせられた御伽噺の英雄に憧れていたが、そんなものには到底なれない。
お話の中に入ったとしても精々英雄を支える脇役がいいところだ。

少年は溢れ出る平凡さをそのままに五年間を過ごして、とうとう卒業の日が訪れた。
この魔法学院には一風変わった風習がある。
卒業式の直前、男子と女子に分けられて大きなホールで向かい合うように立たされ、女子は片っ端から名前を呼ばれていく。男子は二回女子の|番《つがい》に立候補する権利があり、女子にはそれを拒否する権利がある。
男子に回数制限があるのは可愛い女子へ片っ端から立候補しまくるやつがいたからだ。制限を設けるのだから当然女子にも男子にもあぶれる生徒が出てくる。そうなった場合は再びその面子でやり直しになる。当然その時には男子に立候補権も二回に戻される。
番になった男女はその後の二年間の戦場研修を共に過ごす。そして、その多くはその後の人生も二人で生きていくと言われている……。
これは恋愛が盛んな少年少女期の多くを学び舎と戦場で過ごさせることへの、国なりの手当なのだ。
まぁ、スキル持ちの男女比はぴったり五対五じゃないから、毎年泣く生徒が数人現れるのだが。

「マホニア・チャリティー」

「カルミア・マロウ」

「サルビア・スノードロップ」

女生徒の名前が呼ばれそれに男子達が手を上げていく中、シレネは考えるでも女子へ品定めの視線を向けるでも無く、ただ立っていた。
平凡は平凡なりに努力はしていたし、そもそも三大欲求の全てが抜け落ちたような感じなので、女子のことを全くといっていいほど知らないし興味もないのだ。

「おいシレネ、お前はどうするよ?」

ぼけーっと立ちすくむ彼に、一人の男子から声がかかった。

「俺は学年で九番目に美人と噂のステビアちゃんを狙ってるんだ!!」

シレネと正反対に性欲丸出し、けれど学年で九番目というのが身の丈を分かっているような分かっていないようなこの男は、クレソン・チャイブという。
シレネの唯一と言っていい友達で、先程の発言から分かるほどに女の子大好きなある意味では健全な少年である。
この男発言と見た目からは三下臭が漂っているが侮るなかれ。両手剣の使い手で戦闘の成績は学年でもトップレベルなのだ。

「お前はどうするんだよ!!?」

何をいっても黙ったままのシレネにしびれを切らしたクレソンが、肩を軽く小突いて再び尋ねる。

「そうだね。見た目は普通でいいから静かで僕の言うことを全肯定してくれるような子がいいかな。」

シレネはクレソンが回した腕を払いながら言った。

「お前…………人畜無害な見た目して結構曲がった性癖してるよな。」

彼は怖いものを見るようにシレネを見つめる。

「失敬な。僕は至極真っ当だ」

「あぁ! 俺の二番目に推してるトレニアちゃんが来たからちょっくら行ってくる!!!」

「あ、うん。行ってらっしゃい。」

鼻息荒目に飛び出したクレソンをまるで晩婚妻のように落ち着いて見送るシレネ。
彼も心のなかでは誰かに立候補しなければならないなとは思っている。
ただ、じゃあ誰にするのかと言われれば思いつかないし…………いつか見た氷結の面影を忘れられずにいる。
かれこれ五年間ずっと思い続けているその氷結に出会えるのかといえば、そんな運命は平凡である彼には訪れないだろうし何より彼自身その記憶が曖昧になりつつあった。

「だめだった……。」

「お疲れ様。」

ぼけーっとカップルが成立していく様子を眺めながら、撃沈したクレソンを向かい入れる。

「まだ二番手だから……本命が残ってるから……」

シレネの肩に手を預けて、クレソンが項垂れた。

「そうだね。まだ行けるよ大丈夫。」

今度は病気の愛息子をあやすようにクレソンの手をそっと剥がすシレネ。

「……お前、さっきから何なん? 俺のこと嫌いなの?」

「いや、嫌いでも好きでもないよ。」

外された手を眺めながらつぶやいたクレソンに、シレネが追い打ちをかける。

「そこは好きって言おうよ君ぃ!!!!!」

「ステビア・バーベナ」

「あっ!! 俺の本命ステビアちゃんの番やから!! ほなおおきにっ!!!!」

きれた後すぐに復活し、キメ顔を作って中央へ歩んでいくという高等テクニックをかましたクレソンを……

「ファイトだぜっ!!」

……熱血スポーツ系漫画のヒロインのように見送るシレネ。
彼は、三人との混戦の末勝ち取った本命の手を握りながら勝者の笑みを浮かべたクレソンをボーッと見つめる。
何を考えているかと言われれば何も考えていないし、何か策があるのかといえば何も策はない。
本当にただぼんやりとペアの誕生を見送るシレネ。
ぼーっとする時間というのは怖いほどに早く過ぎていくもので、彼がぼんやりの世界から復帰した頃には女子男子ともに人数が激減し、その代わりに成立済みのカップルたちは増加していた。

「ビオラ・アネモネ」

そしてとうとう一巡目は、ビオラという名の少女に最後ということで焦った男子数人が立候補したことで終わりを告げる――――――――





















――――――――かと思われた。








あまりの存在感のなさに、あまりの動きの少なさに、あまりのその冷たさに皆が存在を忘れていただけで、まだ一人。少女が残っていた。






「リアトリス・セロシア」






まだ誰かいたことに対する驚きとそれが彼女だったことへの驚きで、賑やかしいホールに、その名が響き渡った。
その瞬間、今までカップル成立への興奮で騒いでいた生徒たちや二週目はあの子に行こうかと言い合っていた彼らは、皆口裏を合わせたかのように揃って黙り込む。

「はい」

凍えるような静寂が支配するホールに、まるで研ぎ澄まされた|刃《やいば》のような玲瓏な声が響く。
学園指定制服やローファーが彼女と―――――彼女以外とでこんなに変わるものなのか。

「彼女の|番《つがい》に立候補する者は」

中心に立ったリアトリスの横で、教師が疲れ気味の声を張り上げて叫んだ。
太陽の目のような、不自然すぎる静寂の中。不意に『ふ……』という声が漏れる。
その吐息は近くの数人にしか聞こえないほどに小さかったが、静寂を打ち破るのには嵐をの来訪を迎え入れるには十分すぎるほどのきっかけであった。

人は静寂の中で自分だけが喋るのは嫌悪するが、他に誰かが話していればその声が大きくなるのを躊躇わない生き物である。
憐れむ声に、蔑む声。嫌悪の声に心酔の声。
クスクスという微笑い声、お前いけよ……そういうお前が……という小突き合い。
一つ一つは小さいはずの囁き達は群れをなす。そして気がつけば、一人の少女を傷つけるには余ってしまうほどに膨らんでしまう。

「誰もいないのか」

教師が発した呆れるようなつぶやきも、彼女彼らにとっては最高の|劇薬《スパイス》になる。

嘲笑いの声がとんでもなく増長したその時。
誰しもがその中で一歩踏み出すのをためらったその時。

その爆心地で静かに一人佇む彼女に――――――――シレネは恋をした
二回目の――――――――初恋だった。

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