Bさんは、友人の大学時代の同級生だ。
ずいぶん遠回りな縁だけれど、その友人の紹介で知り合った。
彼女は編集者で、この文章を書く前、私は藁にもすがる思いで何度もBさんに相談していた。
最初のうちは優しく答えてくれていたのだが、さすがに聞きすぎたのだろう。だんだん返ってくる言葉が鋭くなっていった。
冒頭だけで三パターン書き直しても、Bさんの言う「ちゃんと伝わるのに面白い文章」にはならない。
仕事から帰ってパソコンを開くたびに打ちのめされる。
あまりに嫌になって、現実逃避のために料理ばかりしていた。その数日だけ夕飯が妙に豪華だった。
…最初は日本語で書くつもりなんてなかった。
ただ毎日のように、「それじゃダメ」「それはありきたりすぎる」「このキャラはそんなこと言わない」などと言われ続け、主人公も脇役もまとめてBさんにボコボコにされた結果、
「じゃあもう日本語で書く!だってあの二人日本人だし」
Bさんとは住んでいる街が違う。やり取りはいつもチャットアプリだった。
顔は見えない。でもそのときのBさんの表情はなんとなく想像できる。
「!?」のあと「ぷっ……」となっていた気がする。
Bさんは何とも言えない沈黙を返してきた。
夜、Wordを開いて、「光さん」と打ち込んだ。
その瞬間だった。
頭の中で、主人公が喋り始めた。
大学時代、何度も図書館に通った。
いかにも勉強していますという顔をしながら、実際には日本文学の原書コーナーを素通りして、まっすぐ漫画コーナーへ向かう。
隅の席に座って読みふけり、気づけば外は夕暮れだった。
実習の面接で、「どうして日本語学科を選んだの?」と聞かれたことがある。
私は、「日本の小説をもっと読めるようになりたかったからです」と答えた。
すると面接官は笑いながら言った。
「本当は漫画が読みたかったんじゃない?」
もちろん最初のきっかけは、西加奈子さんの『桜』を原書で読みたかったことだ。でもその後、「いやもう、日本の漫画、反則だろ」となったのもまた事実だった。
…母語で書いていたときは、こんなことはなかった。ただ物語を書いているだけだった。でも日本語でこの二人を書き始めたら違った。
「ああ、この場面ならきっとこう話す」という声が自然に浮かんでくる。
その後、Bさんに言った。
「この物語、日本語で書こうと思う」
Bさんは何も言わなかった。
そして書き始めた。
もちろんその後も大変だったが、最初の三章を訳していた頃は、本当に悲惨だったと思う。
五年ぶりに電子辞書を引っ張り出したら液晶が割れていた。バッテリーもほぼ寿命だった。翻訳の教科書はとっくに処分していて、残っていたのは昔のノートだけだった。
もはや文化遺産みたいなものである。
わからないところはChatGPTに聞いた。気づけばChatGPTにまで背中を押されるようになった。
「今やるべきなのは確認ではなく投稿です」
最初の頃、Bさんは聞いた。
「読んでくれる人いるの?」
「いない。ほぼ趣味で勝手に騒いでるだけ」
たぶんBさんは苦笑いしていたと思う。顔は見えなかったけれど。
しばらくして、Bさんはこんなことを言った。
「言葉って、別の言語に移した時点で何かが失われるんだよ」
「普通はやらないことをやってるよね」
「でも最後までやり切ったら、ちょっとすごいと思う」
私は少し固まった。
褒められているのか、呆れられているのか、よくわからなかった。でも都合よく前者だと思うことにした。
そうして気づけば、ずいぶん長いこと書き続けている。
昨日、地下鉄に乗っていたとき、Bさんからメッセージが届いた。
「今どんな感じ?誰か読んでくれてる?」
「半分くらいまで来た。読んでくれる人もいる。多くはないけど、ちゃんといる。本当にありがたいと思ってる」
その瞬間だけは、お互いの表情を想像する必要がなかった。
たぶん今も相変わらず無茶なことをやっている。
でも、続いている。
だったらまあ、笑っていればいいのだと思う。