年齢を理由にリストラの対象になった日、私はリュックを背負ったまま、交差点の角に立ち尽くしていた。
ずっとIT業界に身を置いてきたせいか、世間ではまだ「働き盛り」と呼ばれる年齢で、その日を迎えることになった。
どうしても、まっすぐ家に帰る気にはなれなかった。
家の近くに、小さな公園がある。
まだ仕事をしていた頃は、帰宅する前に、そこを何周か歩くのが習慣だった。
夕方になると、公園にはいつも決まった顔ぶれが集まっていた。将棋を指すおじいさんたち。輪になって踊るおばあさんたち。ストリートダンスを練習する若者たち。
私はそのどの輪にも加わらず、いつもそばを通り過ぎるだけだった。
けれど、その日はまだ日が高く、公園にはほとんど人がいなかった。
いつか、こんな日が来るかもしれない。そのときに備えて、思いつくことは何でもやってきた。
法律とは何の縁もないのに、法律関係の資格試験を受けてみたり、「何かしておかなければ」という焦りに追い立てられるまま、働き続けたりした。
日本へ卒業旅行に出かける同級生たちを横目に、「遊んでいる暇があるなら、そのぶん稼ごう」と自分に言い聞かせていた。
日本には、その気になればいつでも行ける。
そう思っていた。
昔、日本へ旅行した友人から、清水寺で引いたおみくじを見せられ、「何て書いてあるのか訳して」と頼まれたことがある。
彼女が引いたのは、よりによって「凶」だった。
書かれていることがあまりにもひどくて、訳すのをためらったほどだった。
あの頃、「いつか行ける」と思っていた日本は、気づけばずいぶん遠い場所になっていた。
以前、Bさんに不思議そうに聞かれたことがある。
「どうして、わざわざ日本語で小説を書くの?」
もちろん、「編集者の目に留まって人生が変わるかもしれない」などと夢見ていたわけではない。
建前をいくつか並べたあと、本音を話した。
「カクヨムのリワードが貯まったら、Amazon.co.jpで漫画を買えるかもしれないと思って」
私の住んでいるところでは、日本の漫画を手に入れるのが意外と難しい。
欲しい漫画があっても、支払い方法や配送の問題で、正規に購入できないことがある。購入代行を利用しても、税関で長く足止めされてしまうことがある。
以前取り寄せた漫画は、届くまでに一年近くかかった。ようやく手元に届いた頃には、注文したことさえ忘れていた。
ところが、小説を書き始めてしばらく経ってから、ようやくリワードの交換条件を読んだ。
Amazonギフトカードに交換する場合でも、日本国内の銀行口座を登録しておかなければならなかった。
そのあと、Bさんとはこんなやり取りになった。
私「リワード、交換できないみたい」
B「その閲覧数じゃ、そもそも大した額にはならないでしょ」
私「日本で口座、作ってくれない?」
B「無理に決まってるでしょ」
私「そういう抜け道があるのかと思って」
B「ないない。それ、マネーロンダリングでしょ」
私「じゃあ、まずはマネーロンダリングを勉強すればいいってこと?」
B「違う」
私「どうやるの?」
B「待て」
漫画を買いたかっただけなのに、話はずいぶん妙な方向へ転がっていった。
『ブレイキング・バッド』じゃあるまいし。
人生の途中で、ずいぶん妙な寄り道をした。その結果、何かを手に入れたのかと聞かれれば、正直、よくわからない。
Bさんには励まされ、遠慮なく呆れられながら、ここまで来た。
これから先のことは、まだわからない。だから、とりあえず、歩いていこうと思う。
パンも。漫画も。
いつか、ちゃんと買えるようになりたい。