この間、すっかりエアーコントロールを掴んだ僕の小さな事務所に、びっくりするくらい大きな会社の方が訪ねてきた。
メールでは一応聞いていたけど、一緒にお仕事しませんかというお誘いで、最初の訪問というか人となりとかそんな確認でわざわざ部長クラスの方が来たのだ。
それ自体は単発の仕事で割とよくある話だし問題なかったのでそちらが宜しければと引き受けることに。
おそらく予算達成とか僕には絶対無理だけど、それでも良ければと。
売り上げよりも僕の仕事をリスペクトしてくれていて、刺激にしたいみたいだった。
そして一旦お仕事の話は終わり、僕の話をすることに。
多分この辺も査定対象だろうから割と本音を話した。やっぱり無しと言われても、まあ構わないと話した。
そして僕の話よりあなたの話が聞きたいとばかりに質問した。
最初は恐縮していた彼──と言っても年上だけど、年代的には近いので共通項から攻めてみたらいろいろとお話してくれた。
そしてふと気になることがあった。
スマホが二台あったのだ。
「ああ、社用です…」
「…?」
なぜそんな嫌そうに?
便利そうなんだけど…
「こんなアプリ入ってるんですよ…」
そこにはハラスメント直結ダイヤル(仮称)というアプリが入っていた。
初期設定で全社員に入っているという。
それ…
アプリって名前のナイフなんじゃないだろうか…
「何かあったら、これで…はい…同僚もこれで…」
どうやらそのアプリはやっぱりナイフで、ぐさりと活躍してるみたいだった。
……。
部長さん曰く、やっぱり新卒とか物凄く気を使うのだと言う。
中でも教育が一番辛いという話だった。
何でも今の新卒は一旦「褒めてから叱る」のだという。
じゃないとナイフが飛んでくるかもしれないと言う。
しかし、褒めて叱るとな?
僕には意味がわからない。
というか、褒めるところなかったらどうすんだろうか…
「そこは、まあ…なんとか」
それ、勘違いな人量産するんじゃないだろうか…
「そこも、まあ…頑張って」
ちょっと管理職つら過ぎじゃなかろうか…
「コミュニケーション取ろうと飲みに誘うと…それ仕事ですか?って言われたり…ははは」
いや、つら過ぎじゃなかろうか!?
僕の知らないうちに、今の世はこんなことになっていたのか…異世界過ぎる。
いや、もう僕の方が異世界人なのか…
「まあ、セクハラとか言えなくて助かるケースもあるんです。それに第三者の聞き取りもちゃんとありますし」
そうなのか。そうだろうな。
「まあ、一緒にお仕事する時、私が居なかったら、まあ…そう言うことなんで…ははは」
笑えない、全然笑えないよ。
「まあ、家族居るんで…頑張りますよ」
そう言った部長さんのその姿に。
四方をナイフで取り囲まれ、樽に隠れる黒髭みたいだなと、僕は思った。