最近noteをよく読みます
というのも、私自身ラクな道を歩み続けて割と平坦な生き方をしてきたので、他の人の生きてきた道を読みたいと思ったからです
そして、そういう体験談などは場合によっては自分の創作の肥やしになります
ただまあ全人類の文章が読める脳みそではないので、読み続けられるものは限られますが
そんな中、先日文体と内容が好みでずっと読んでるエッセイに、衝撃的な感想コメントを見かけました
エッセイの内容としては、作者の人の祖父とコーヒーについての思い出話でした
・祖父はコーヒーが好きだった
・身だしなみにこだわる人で、コーヒーカップにもこだわりのある人だった
・遠くに住んでいる祖父で、早朝の祖父母のコーヒータイムが憧れで、子供の時は早起きしてそれに混ぜてもらった
・以来、作者にとってもコーヒーは大事な休息時間になっている
・祖父はもう他界してて、形見分けに昔作者が上げたコーヒーカップをもらっている
・それは作者が初任給か初ボーナスで祖父にプレゼントしたもの(写真付き)
・震災に遭い、食器棚の割れた食器は全て処分したが、このカップだけは欠けてもずっと持っている
・このカップでコーヒーを飲むことで祖父を思い出し、自分の生活のリスタートにもなっている
文章は日常そのものの言葉選びでさりげないんだけど、時々ふっと涙腺を緩ませてくる不思議なエッセイを書く方です
そこにくっついてたたった一人からの感想コメントは以下のような感じでした
・楽しく読ませていただきました
・宝物をたくさんもらったんですね
・見るからにお高いカップ、良い趣味ですね
・自分もいろんな物にお金かけてたけど、震災で壊れたので、もう物を持たないことに決めました
・キツい話でごめんなさい
・明るい◯◯さん(作者の人の名前)に素敵な時間が流れますように
( ゚д゚)
それ、言う必要ある…?
大体楽しく読むような内容じゃないし、形見分けはそのカップしかもらってないし、なんかもうびっくりでした
ロクに中身を読まず、自分の言いたいことだけ一方的に投げつけて、体のいい挨拶で締めくくって消える…
確かに、世の中には相手の心情を読めずに自分のことばかり喋ってしまうという人がいると医学的にわかっているけども
作者の人は返信せず、イイネ一つ押して終えてました
はぁ(˘ω˘)
ネットには色んな人がいるんだな(強引だけど一番簡単な自己完結法)
感想のあり方を考えさせられた事件でした
ついったはやりとりが簡単だけど、カクヨムは応援コメントは一方的に送るしかない(いただいた返信には返信できない)し、各話のコメント部分に感想を書くと人目に触れやすいので、かなり慎重にやってます
まあついったもサシでやり取りしてるように見えて、実際は自分たち以外からも見られてるんだけどね(DMじゃなければ)
おまけの画像はこないだ描いたアテネちゃんとライネちゃんのハロウィンです
何かすごい綺麗に描けました(*´∀`)