# 『YESマン教聖典』
かつて世界には、無数の言葉が存在していた。
「はい」「いいえ」「たぶん」「無理」「知らない」「それは違う」――。
人々は迷い、悩み、時には争い続けていた。
そんな混沌とした世界に、一人の男が現れた。
その名は――**イエス・ザナドゥ**。
彼は人々の前に立ち、静かにこう問いかけた。
「YES?」
人々は困惑した。
しかし、誰かが答えた。
「……YES!」
すると別の者も続いた。
「YES!」
さらに別の者も。
「YES! YES!」
やがて、その場にいた全員が声を揃えた。
**「YES――ッ!」**
その瞬間、イエス・ザナドゥは悟った。
「そうだ……人類に必要なのは、YESだ!」
こうして**YESマン教**が始まった。
YESとは肯定であり、希望であり、返事である。
迷った時もYES。
困った時もYES。
意味が分からなくてもYES。
教祖の話を理解できなくても、とりあえずYES。
YESマン教では、基本的にNOは推奨されない。
なぜならNOとは、「嫌だ」「無理」「やりたくない」「帰りたい」など、あらゆる面倒を生み出す言葉だからである。
ゆえに聖典には、こう記されている。
> **「NOと言う前にYESと言え。」**
ただし、YESと言った後に後悔しても、それは自己責任である。
YESマンたる者には十の教えがある。
**一、汝、YESと言うべし。**
**二、汝、NOと言うなかれ。**
**三、意味が分からなくてもYESと言うべし。**
**四、教祖の言葉にはまずYESと答えるべし。**
**五、YESと言ったことを後から否定するなかれ。**
**六、他者にもYESを求めるべし。**
**七、YESを断られた時は、もう一度YESと尋ねるべし。**
**八、それでも断られた場合は、相手の意思を尊重するべし。**
**九、食事の前には「いただきYES」と唱えるべし。**
**十、一日の終わりには「今日もYESだった」と唱えるべし。**
そして、YESマン教徒は朝起きれば、
「YES!」
昼にも、
「YES!」
夜にも、
「YES!」
寝る前には、
「YES! YES! YES!」
と唱える。
ある日、一人の弟子が教祖に尋ねた。
「教祖様。我々が目指す究極の楽園とは、一体どのような場所なのでしょうか?」
イエス・ザナドゥは答えた。
「争いもない。迷いもない。否定もない。全人類がYESを口にする世界――」
そして両手を広げ、高らかに宣言した。
**「その名も、ザナドゥ!」**
弟子たちは歓喜した。
「おお……!」
「素晴らしい!」
「さすが教祖様!」
しかし、一人の弟子が手を挙げた。
「教祖様!」
「なんだ?」
「もし誰かが『ザナドゥに行きたくない』と言ったら、どうするのですか?」
教祖は少し考えた。
そして、静かに答えた。
**「YES。」**
「いや、質問に答えてません!」
イエス・ザナドゥは満面の笑みを浮かべた。
**「YESマン教とは、そういうものだ。」**
こうして今日も、YESマン教徒たちは唱え続ける。
**「YES!」**
世界が一つになる、その日まで。
**「YES――――ッ!」**