おはようございます、風宮です。
遅くなりましたが、SSを上げます。
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冬の英国ロンドン。
「ん。そろそろお嬢起こさないとマズイな」
いつものように手早く自分の身支度を整えて、俺は兄貴の屋敷の一角に用意された自室を出た。
お嬢の側にいておかしくないように。
お嬢に見られて恥ずかしくないように。
それだけの最低限の用意だけして、俺は部屋を出た。
「お嬢、起きて下さい」
小学校に行かなければいけないお嬢の朝は、毎日早い。
そして早いにも関わらず、お嬢は朝に弱いのだ。
そのため、いつも俺がお嬢を起こす役目を担っていた。
流石に夜お嬢が最後に見るのは兄貴だが、一日の最初に見るのは俺。
なんと幸せな事だろう?
「……みぇぃしゃ?」
ふぁ〜!!いつもの事だが、目ぼけて呂律回ってないお嬢可愛い〜!!
その回らない口で一日の最初に口にするのが俺の名前とか……もう幸福以外の何物でもないわ。
「んんぅ!?……はい、俺ですよ〜。起きて下さいなぁ〜」
あっぶな……ちょっと幸福度が限界越えすぎて、三途の川渡りかけたわ。
お嬢の「おはよう」もなしに死ねるかっての!!
「まじゃにぇりゅにょぉ……」
お嬢、ふにゃっふにゃじゃん。ふにゃっふにゃ。
可愛いなぁ……これがあの兄貴の娘とか、信じたくないなぁ。
「お嬢ぅ〜。今日は早起きするんじゃなかったんですか〜?」
起きて下さ〜い。
そう言って少しお嬢を揺すると、眠そうに目を擦りながら体を起こす。
陽光を反射して輝く、少し乱れたバターブロンドの髪……。
あくびで潤んだナイトグリーンの瞳……。
寝起きで無防備な服装……。
うん。控えめに言って天使。神すら跪くレベルの大天使。
やはり俺が守らねばっ……!!
「ぅん……ぉはよぅ、メイシャ」
サが言えてないけど!!サが言えてないけど!!それも可愛い!!
「おはようございます、お嬢」
今日は小学校が休みの休日なのに、何故かいつもの時間に起きると言い張ったお嬢……。
理由は話してくれなかったが、もう今はどうでもいい。
今日も天使なお嬢のために、お仕事頑張るぞ〜!!
◇
「ダメなの!!メイサは今日はあっち行ってて!!」
頑張ろうと……思ってました……。
「……一緒にいちゃ、ダメなんですか?」
「今日はダメ〜!!アレクとどっか行ってて!!」
いちごジャムを塗ったトーストを上下に振りながら、お嬢は俺に死刑宣告をしてくる。
可愛いが……可愛いが……その可愛さが残酷だぁ……。
「フハハハハ!!メイサ、今日は一日俺がアンジュと一緒にいるから、お前はどっか行っとけ」
「嫌です」
お嬢を見れないとか、なんの拷問だよっ!?
「アレキサンダー、このアンジュ馬鹿を連れ出せ」
「はいはい……メイサさん、行きましょうねぇ」
「お嬢っ!!」
「〜〜っ!!もうっ、メイサなんか大っ嫌い!!」
大っ嫌い、ですと……?
「あ〜、致命傷だな。さっそと運べ」
「まぁ……この面倒な状態のメイサさんの相手するんすから、手当弾んで下さいね」
◇
メイサが、私の言葉に唖然としながら引きずられて行った。
ど、どどどどうしようっ……?
私、ただメイサに内緒でお菓子を渡したかっただけなのに……。
「アンジュ、なぁアンジュ〜?あんな甲斐性なしに本当に手作りのお菓子渡すのか?パパン複雑ぅ……」
「渡すの!!メイサがいいの!!」
いつも私に優しくしてくれて、守ってくれるメイサに渡したいの!!
「むぅ……じゃ、パパンと一緒に頑張るかぁ」
「うん!!」
お菓子をあげたら、仲直りもできるよね……!!
◇
「お嬢に嫌われた……お嬢に嫌われた……お嬢に嫌われた……お嬢に」
アレキサンダーは、なんの呪いかと思う。
朝お嬢に嫌いと言われてから、現在夕方の五時まで……一日こうして呆然としながら呟いてるのだ。
恐怖以外の何物でもない。
ぜひクラウスには、この状態のメイサを一日お世話した僕の給与を弾んで欲しいと切実に願っている。
「さてメイサさん、そろそろ帰るっすよ」
「お嬢に嫌われた……お嬢に嫌われた……お嬢に嫌われた」
「流石にそろそろ、うるさいっすね」
お嬢の手作りお菓子を見てメイサが復活すると良いなと思いながら、アレキサンダーはメイサを急かした。
◇
「メイサ、おかえりなさい……」
顔を挙げると、水色のワンピースの裾をイジりながら俺を見上げるお嬢がいた。
あれ?さっきまで朝だったはずなのに、なんでこんな暗くなってんだ?
というか、お嬢からいつもと違う甘い香りがする……。
「あのね、メイサ。朝はごめんなさい」
「あ、いや……お嬢が悪いわけじゃ」
「メイサにね、内緒でこれを作りたかったの。いつも、守ってくれてありがとうって」
顔を真っ赤にしてお嬢が差し出したのは、少し不恰好なクッキーの詰め合わせ。
少し欠けたり焦げてしまったりしているソレを見れば、俺も悟った。
お嬢から香る甘い香りは……これを作った時についた香りだ。
オジョウガ、オレノタメニ、オカシヲツクッテクレタ……。
お嬢が、俺の為に、お菓子を作ってくれた……!!
気づいたら、歓喜が体を駆け抜ける。
俺ができる最速の動きでお嬢に近づき、ギュゥっと抱きしめてお礼をした。
「ありがとうございます、お嬢。きっと沢山、頑張ってくれたんですよね」
一生懸命、生地をかき混ぜて……型抜きも頑張ってくれたんだろう。
朝からやってこの時間になったという事は、失敗もしたに違いない。
お嬢は、可愛くて優しい……最っ高の子だ。
「俺の方こそ、お嬢の気持ちをわかってあげられなくてすみませんでした」
今度は、ちゃんと分かれるように頑張りますからね?
そう言ってクッキーを受け取ると、お嬢はとても嬉しそうに笑ってくれた。
夕陽に照らされるお嬢は……本当に、天使のようだった。
◾️おまけ 「この日のお嬢の寝言」
「くっきーにぎゃい……」
「みぇいしゃぁ……だいしゅきだよぉ」
尚、これを聴いた父親は嘆き、探偵は歓喜した。
あと、屋敷の料理人一同が美味しいクッキーを作ってお嬢に食べさせてあげた。
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いかがでしょうか?
お嬢目線でメイサを見たお話は長編でやりたかったので、ちょっとお嬢の可愛さは伝わりにくいかもしれませんが……楽しんでいただけたら嬉しいです……‼︎