雨は嫌いだ。
雲から覗く僅かな陽差し。
幼い憧憬がやたらと瞬く。
濡れた服はひたすら重く、
今の私を地へ誘う。
あなたの胸の温もりこそが、
今の私を呪う灯。
父を尊敬していた。
毎夜、公爵という立場の重さ、偉大さ、素晴らしさを教えてくれたから。
毎夜、魔塔主であることの危険、困難さ、重大さを教えてくれたから。
毎夜、父としての未熟さに、己の闇の魔力に、正しくいられなかった愚かさに、涙も流せぬ苦しみにあるのだと。
それでも父は、死ぬまで公爵だと。
すべて、繝槭?繧オが教えてくれたから。
だから私も、父のような立派な公爵になろうと誓った。
辛くとも、苦しくとも、怖くとも
私はベルンシュタイン・フォン・ディアだから。
父は生まれながらに、闇の魔力を持っていた。
きっと、私以上の苦しみを乗り越えてきたはずだから。
父は私に、正しく相伝魔法を継がせてくれた。
亡き母の力もあったろう。
私の道は、父より遥かに容易い。
血と、力と、環境。私はすべてを与えられている。
そう、頭ではわかっているのに。
「あり、がとう…、繝槭?繧オ……っ。」
毎夜、父の話を知るたびに、私は震え、泣きわめき、吐いて、眠れずにいた。
そんな私を、乳母は抱きしめ続けた。
毎夜、毎夜、毎夜。
私が眠れるまで。夜が終わるまで。私が朝日を見るまで。
「…………レニー様。
逃げ出したくは、ございませんか?」
たった一度だけ、繝槭?繧オに問われたことがある。
雨の強い…、初夏のことだった。
「繝槭?繧オは、貴方様の手足にございます。
お望み頂ければ、山も、海も、どこへでも…」
はじめて、繝槭?繧オの抱きしめる腕が痛いと感じた。
でもなんでかそれが、いつもの真綿を包むような抱擁よりずっと心地よくて、でも息はしづらくて、それが可笑しくて、私はクスクスと笑っていた。
「繝槭?繧オ、りょこう行きたいの?」
「……、」
「ぼくがこうしゃくになったら、
たくさん、お休みあげるからね。
もっとみんなが、たくさん、あそべるようにするから。」
そしてきっと、父にも海を見せてあげよう。
領地の海でなく、もっと遠い空の、広い世界に連れて行こう。
ここじゃない世界を、父に教えたい。
闇は怖いものでも、危ないものでも、汚いものでもないから。
父の力は…、もっと…、暖かな、月明かりの夜のような、私たちを守ってくれる力だから。
「………………心、待ちに、…しております。」
どうして泣くのか。
あの夜、いや朝にでも、あくる日にだって、私が聞けていれば…
もっと乳母の言葉に耳を傾けていれば。
あるいは、信じなければ…、疑っていれば…、心を許さなければ…、
私が、あとほんの少し賢明であれば…、
「公爵様?」
君は、私を父と呼んでくれただろうか。
「…いいや。」
小さな柔い手を、壊さぬように、真綿に包むように、握り直す。
「生まれてきてくれてありがとう、アレクサンドラ。」
「…!」
君は、私たちの希望だから。
「ふへへっ!」