メガネを外してそこに何もなかったとしたら、きっと誰も外しはしないだろう。彼らはメガネから見えている景色に夢中だから。
でもそんなのつまらないと思わないか?みんなが同じものを見て、同じ音を聞いて、同じ形で同じ色で、嬉しいも、楽しいも、寂しいも、悲しいも、全部同じタイミング。メガネを外せばそれが分かってしまう。
だけどそこからは出ることができるのに。そうしないのは、メガネが悪いのかな、つけていることが悪いのかな。
私はそんなメガネを外している。
本当に何もなくて誰とも分かり合えない。
それがとても面白い。
面白いと思っている自分がつまらない。
だけどその状況が面白い。
誰ともって、誰を指しているんだろう。目の前には誰もいないはずなのに、誰という言葉があるのが何らかのバグだと思う。
メガネを外しているのに?
私を監視している人がいるの?それとも、私が誰かを監視しているの?
もしもいないのなら、「誰」という気配が隠れているんだろう。メガネを外したということは、元々つけていたということではないか。なら私も彼らと何も変わりはないのだ。
きっと私はメガネを外すことが正義だと思いたかっただけの、ただの捻くれ者だ。