作品をいつも作品を読んでいただき、ありがとうございます。今回は、私自身が最も熱い想いを込めて、てんかん当事者が直面する「移動と1人行動の制限」というリアルな不便さについて書きました。「1人で行動できない」「運転ができない」ということが、育児においてどれほど過酷な壁になるのか、物語の補足としてここに情報をまとめます。■ 1. 「保育内容」より「徒歩圏内か」が最優先になる現実普通なら、子どもの教育方針や保育内容で園を選びます。しかし、1人行動にドクターストップがかかっている当事者には、その自由がありません。どれだけ魅力的な園を見つけても、「歩いて行ける距離」でなければ、最初の選択肢から外さざるを得ません。移動の自由がないだけで、子どもの環境を選ぶ権利すら奪われてしまうのです。■ 2. 外部サービス(シッター・育児支援)の「運転引き受け拒否」「家族が無理なら、ヘルパーやベビーシッターに送迎を頼めばいい」と言われます。しかし、地域の育児支援も民間アプリも、事故のリスクを理由に「車の運転を伴うサポート」はほぼ100%断られます。 頼るべき外部の手が、移動の段階でバッサリと切られてしまうのが現状です。■ 3. 送迎バスすら使えない、幼稚園の選択肢の消滅送迎バスがある幼稚園なら通えるかと思いきや、そこにも命の危険があります。バスを待っている間に発作が起きて転倒したら? 一緒にバス停で待ってくれる大人がいなければ、バスの利用すら諦めるしかありません。さらに平日の行事が多い幼稚園では、家族が仕事で付き添えなければ、当事者である親は参加を諦めるしかなくなります。■ 4. 「家族と同居」という理由で削られる公的サービスそれなら公的な介護ヘルパーを……と動いても、人手不足で夕方の送迎枠は空いていません。さらに理不尽なのは、「家族と同居しているから」という理由で、国から支給されるサービス利用時間(支給量)がガッツリ削られてしまうことです。同居メンバーが高齢だったり、運転ができなかったりしても関係ありません。一律で「家族がいるなら自分たちで支えなさい」と、国からの支援を減らされてしまうのです。