ある日の授業中だった。初めて彼と話したのは。
「わからない所は友達どうしで、教え合いましょう」
一番嫌いな事だ。友達はいないし私に話しかける人もいない。頼りるのは自分しかないと感じていた。
鉛筆でプリントをトントンと叩いていると、聞くことのないと思っていた、明るい無邪気な声が聞こえた。
「分からない?僕が教えるよ!」
「別にいい」
酷く冷たい声で答えた。
周りからは「またか…」や女子からの鋭い視線が突き刺さる。こうなるから話しかけてほしくないのだ。
始めは無礼者だと思いあしらったらきえるとおもっていた。
「良いじゃん!分からないなら、僕が教えるから!むしろ分からない事があるって事はさ成長出来る証なんだよ!変な事じゃないよ!」
綺麗事なんて私には似合わない。そっぽを向いて答えた。
「そんなの私の実力不足」
「晶、彼女に何言ったて無駄よ」
少し機嫌の悪そうな声が教室に響く。
彼女は築波優。成績は学年一で容姿も抜群、彼といつも仲がよく、付き合ってるとか噂が流れている。
「なんで?絶対そんな事ないよ!無駄な事なんて一つもないんだよ!努力をしたら何だって叶うんだよ!」
築波さんは、はぁとため息をついた。
「あのね晶。この世界には良い女と悪い女がいるのしっかり見極めないと」
「はいはい!そこ喧嘩しない!」
先生に注意されてビクッとしてしまう。
彼女は言うだけ言って自分の席に戻っていった。
今日は不運だな。そう思っていた。その日の放課後、誰よりも早く帰ろうとした時また彼に止められてしまう。
「だから、ほっといて!」
何度言っても彼は引こうとしない。その頑固さにイライラしてしまう。
「僕は瑞穂さんがわからない所は教えてあげたいの!ほら!ちゃんと君の為に作ったプリントもあるし」
その言葉に限界が来てしまった。プリントを払い除けて教室のドアにズカズカと歩く。
「もう話しかけないで!誰とも仲良くなりたくないから!」
勢いよくドアを閉めて急いで家に帰った。枕に顔を埋めて泣き声をかき消す。
彼の優しさも私は自己否定に変えてまう。両親も困らせて彼も困らせる。私はなんで生きてるのか分からなくなった。
これだけ言ったんだ。きっと彼にも築波さんにもみんなから嫌われてるだろう。
仮病で休むつもりだった。でもそれは痛い現実から逃げてる気がして自分のプライドが許さなかった。これ以上両親に迷惑かけるわけにはいなかいからだ。
「あっ!来た!」
まさかの景色だった。彼がこちらにぴょんぴょんとした様子で近づいてくる。
「昨日はごめんね。いきなりあんな事言って。でも僕は頑固だから君がこのプリントをするまで何度も話しかけるから」
(なにそれ…早く嫌いになってよ)
心の中で自分を嘲笑いながら、もう呆れた様子で答えた。
「好きにしたら。私はもう何も言わないから」
すると隣にいた築波さんが机をバン!と叩いて椅子から勢いよく立ち上がる。
「そんな言い方ないでしょ!晶がこんなにしてくれてるのに感謝もできないの?!」
すると彼は彼女を静止させた。
「駄目!そんな言い方は良くない。それに昨日も言い方キツイよ」
彼女は何も言わずに顔を伏せた。
この日から彼に勉強を教えてもらう日が続いた。最初は少しギスギスしていた空気も次第に慣れていった。苦手だった数学もスラスラ解けるようになった。
劇的に私の心が変わったのはこの日だろう。
2年生になった。私は彼に勉強を教えてもらっていた。ふとした時最初の嫌悪感がなくなっていた。素直に彼の言うことが聞けるようになった。自然と心と体が彼を受け入れていた。
「どうして…私に優しくしてくれるの?私なんかに話しかけてくれたの?」
ただ私に話しかける必要なんてあるのか。取り柄のない私は彼に恩返しもできない。
でも彼は昼の日差しよりも眩しい笑顔で答えた。
「それは、君を照らしたいなって思ったんだ。寂しそうな君の姿を見て居ても立ってもいられなくてね…少しお節介だったかもしれないけどさ…流星群が誰かの幸せを乗せていくように、僕も誰かの幸せの為に生きててみたいなって思ったんだ」
「ても!私に取り柄ないよ、顔も容姿も良くないのに…愛想だって最悪だし…」
「うん?そんなの関係ないよ。損得を考えずに人を助けたいんだ。それが優しさだと思うから」
ハッとした彼は心の底から私の事を大切にしてくれてた。
「ありがとう」
両親以外に始めて伝えた感謝の気持ちだった。ニッコリと笑いながら首を傾げる彼の姿は色褪せることのない一等星の輝きを放っていた。
この日彼の優しさが分かったかもしれない。ほんの少しだけ毎日が積み重なる度に心の積もった雪が溶けていく。
築波さんとも、少しだけ馬が合うようになった。
あの日からドロドロとした感情が渦巻くようになった。でもこの感情に答えが出ないまま時間は過ぎていった。
夏に近づいた温かい日に彼に勉強を教えてもらうとウキウキで彼を探す。でもいつもの場所に彼はいなかった。
あちこちを回ってようやく校舎裏で彼を見つけた。
「だから!一ノ瀬くんが好きなの」
「え…なんで…」
「かっこいいし面白いから。晶は恋愛対象として見れない…幼馴染だし…」
私は咄嗟に物陰の裏に隠れた。この状況でどうしたらいいか分からない。
彼は意気消沈した様子でその場に立ち尽くしている。彼が話したみたいに、励ましたら元気になるかな。
「黒川くん…大丈夫?」
「気にしないで」
小さく霞んだ声
追い打ちをかけるように、築波さんは中学3年生の時に引っ越してしまった。そして彼は人が変わったように暗くあの頃のような明るさがなかった。
私がもっと何かしてあげれば…長い髪を手でいじる。唯一の取り柄を発揮する瞬間なのでは。きっと可愛くなって完璧になれば彼も喜ぶかもしれない。
私は思い切って両親に相談した。最初は驚いていたものの、私の思いを尊重してくれて、3年ぶりに前髪を整えた。
視界が変わって光がよく見えるようになって、色彩も一つ一つ輝いてい見える。
優等生の特徴を小説で読んで自分なりに考えた。そして彼に変わった私を見せた。
しかし、待ち構えてたのは彼ではなかった。私が可愛くなったとたん、みんなが私を褒め称えてきたのだ。これ以上にないぐらいの怒りと嫌悪感を抱いた。
私の事になると男女仲関係なしに関わってくる。そして一つの言葉で私は動けなくなった。
「瑞穂さんは、黒川くんみたいな、陰キャとは無関係でしょ!」
「マジそれな。瑞穂さんは俺達みたいな奴がぴったりなんだよ」
その言葉が彼に聞こえていたのだろう、ビクッと体を震わせていた。
「そんな事ないよ」
私がそう言ったら、熱い空気が一瞬で冷めたようになり、周りの笑い声も次第に小さくなる。
「は、どゆこと?」
「瑞穂、無理して気を使わなくていいんだぞ」
変に言ってしまうと彼にも危害が加えられるかもしれない。私は特に何も言わずに愛想笑いで誤魔化した。
「可愛い…」
「ずっと見ていたい」
褒め言葉に嬉しいと感じない。
「お前ら、人の悪口は言うなよ」
一ノ瀬くんの一言でみんなは静かになる。それだけの存在感とカリスマ性がある。
女子たちはキラキラした目で彼を見ている。私は彼と関わるつもりはない。人気者は苦手だから。
私は横目で黒川くんを見つめた。読書をしてる彼は凄くかっこよく見えた。彼が何をしても私には輝いて見える。
――――
外に出で目からあふれ出る熱い感情を冷たい雨で紛らわせる。空は曇っていて星は到底見えない。あの雲の先に輝く星があるなら、雨の冷たい痛みに耐えながら、空を飛べないといけない。
理想的で現実味のないことを想像してしまう。
私は彼に会えないことが目に見えてわかる。昔も今も彼を友達として大切に思ってる。
雫が頬を伝って水たまりに落ちて水紋を広げだ。