『一乗谷の水鏡』第六話「鷹の戻るところ」の読解補助地図です。
越前から美濃へ向かう徳山筋、穴馬・郡上筋、敦賀・湖北筋の違いを示しています。
本文だけでは地理を追いにくい箇所の補助として作成しました。画像はこの近況ノートの末尾に表示されます。
本図は現代の地理データを基図に、十六世紀の地名と作中で採用した推定路を重ねたものです。道筋・城郭・勢力範囲には史料と地形からの推定を含みます。
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ここまでお読みくださった方へ。
第六話は、地名・人名と固有名詞が延々並び、字数も最初の数話と比べれば倍近い長さになりました。AIからも、読者がここで離れてしまう危険を何度も警告された話です。それでも、この物語で描きたかったものが多く含まれ、宗滴も初めて姿を現す、一つの見せ場でもあります。この近況ノートまでたどり着いてくださったことに、深く感謝します。
この物語を書き始めた経緯については、たいした経緯でもありませんが、いずれ別の近況ノートに書きつけるつもりです。ここでは、これまで細かすぎるほど描いてきた中世の道や水路について、二つの着想の種だけを残しておきます。
一つは、安宅和人『「風の谷」という希望――残すに値する未来をつくる』を読んだことです。自然豊かな疎空間にある地域社会が、レジリエントで、サステナブルたり得るための諸条件や、解決されるべき課題が、非常に説得的に語られていました。
もう一つは、それでも「なぜ、こんな所に」と思う場所に、現に集落があり、棚田や畑が存在することです。土木工事も医療も容易ではなかった時代に、なぜ存続できたのか。そんな疑問が残りました。
答えのないままAIと問答し、物語を作っていく中で、なんとなく見えてきた仮説は、大きな道が使えない時にこそ価値の高まる細道があったのではないか、ということです。疎空間はただ取り残されたのではなく、峠や谷、水や道を受け持つ役割を与えられることがあり、そこに住む人々も、その役と引き換えに、道や水にまつわる一定の利や権利を得ていたのではないか。
もちろん、いつも強靱で持続可能だったわけではないだろうと思います。家が絶え、人が去ったこともあったでしょう。それでも道や土地に利得が残るなら、また別の誰かが家や役を継ぎ、住み続けたのかもしれません。これは、この物語を通して考えてみたい仮説です。中世の道を開くこと、そして負い続けることは、これからも描いていくつもりです。
その一方で、警察や医療をはじめとする公共機能が都市に集まり、都市と都市を、高速道路、鉄道、航空路、そしてインターネットが、速く、安く、安定して結ぶようになりました。それらの網は疎空間を支える一方で、そこに住み続けなくても、外から土地や道の利を得られる条件にもなります。
道がなかった時代には、そこに住むこと自体が役となり、利となった。では、どこからでもつながれる時代に、疎空間は何を担い、誰がそこに住み続けるのか。これは、たいへん厳しい課題だと感じます。
作品ページ:
https://kakuyomu.jp/works/2912051604504812613