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歴史改変に対する考えかた。それぞれ

まあ、みなさま、こんにちは! 今日はですね、ちょっと懐かしいと言いますか、でも今観てもグッとくる名作映画、『戦国自衛隊』についてお話ししたいと思います。実は私、先日改めてこの作品を観て、うわぁ、やっぱりすごいなあって改めて感じたことがあるんです。

(ここから、少しネタバレを含みますので、まだご覧になっていない方はご注意くださいね!)

この映画、ご存知の方も多いと思いますが、現代の自衛隊が、まるごと装備もろとも戦国時代にタイムスリップしちゃうという、もうそれだけでワクワクする設定ですよね! 戦車とかヘリコプターが、ちょんまげの武士たちの前に現れるなんて、考えただけでもびっくりしちゃいます。

もちろん、映画の大きな見どころは、その現代兵器の圧倒的な力で戦国時代の合戦がどう変わるのか、というスペクタクルシーンです。ドーンと撃てばあっという間、というのは確かに衝撃的で、時代劇とは全く違う迫力がありますよね。

でも、私がこの作品を観ていて、何より心惹かれ、そして考えさせられたのは、タイムスリップしてしまった自衛隊員さんたちが直面する、とっても大きな、そして哲学的な問題だったんです。

最初、彼らは突然ワープしてしまって、もう頭の中は大混乱ですよね。どうしてこんなところに? 現代に戻れるのか? そんな不安の中で、隊員さんたちが話し合うシーンがあるんです。その中で、彼らはふと気づくんです。自分たちは、この時代の歴史にはない「異物」である、と。

そして、「歴史改変」という言葉が出てくるんです。自分たちがここにいるだけで、もう歴史は変わってしまうんじゃないか? この力を使ったら、未来はどうなっちゃうんだろう? そう考えた時に、彼らが抱いた一つの希望が、**「歴史は、自分たちという異物によって歴史が変わってしまうのを防ぐために、僕らを元の現代に戻そうとするんじゃないか?」**ということでした。そうですよね、普通そう考えますよね! 異物は元の場所に戻る、それが一番平和的で、歴史のバランスを保つ方法なんじゃないかって。

ところがですね、映画が進むにつれて、どうも様子が違ってくるんです…。歴史は彼らを「元に戻そう」とするどころか、まるで**「全力で排除し、消滅させようとしている」**かのように見えてくるんです。

これが私にとって、この映画の本当に怖いところで、同時にすごく引き込まれる部分でした。なぜ、戻すんじゃなくて、消そうとするんだろう?

私なりに考えてみた独自の理論と言いますか、解釈なんですけれど...。もしかしたら、歴史の持っている「修正力」というのは、私たちが考えるほど親切なものじゃないのかもしれない、って思ったんです。つまり、異物が現れた時、そのリスクを最小限に抑える一番手っ取り早く確実な方法は、**「その異物を完全に無かったことにしてしまう」**ことなんじゃないか、と。

戦国時代という、もう人の命なんてあっけなく消えてしまうような、過酷で容赦のない世界に放り込まれたこと自体が、すでにその「歴史に消される力」が働き始めている証拠なのかもしれません。疫病や飢え、敵からの攻撃、そして隊員さんたちの内部での軋轢や、戦国時代の価値観に染まっていく変化...。これら全てが、彼らをこの時代から「消し去る」ための、歴史が仕掛ける罠のように見えてくるんです。

彼らが現代兵器を使えば使うほど、歴史は大きく揺らぎ、その揺らぎを元に戻そうとする力が、さらに強く、より直接的に彼らを「消し去る」方向へ追い込んでいく...。そんな、まるで自然法則のように冷徹な「歴史の力」を感じて、観ていてなんだか背筋が寒くなるような感覚がありました。

「元に戻される」という希望から、「全力で消滅させられる」という絶望的な現実に直面する隊員さんたちの姿は、本当に切なく、そして人間の無力さを痛感させられます。歴史という大きな流れの前では、個人の意志や希望なんて、いとも簡単に飲み込まれてしまうのかもしれない...。

『戦国自衛隊』は、単なる派手なアクション映画としてだけでなく、タイムスリップという非日常を通して、歴史とは何か、運命とは何か、そして人間はそれに対してどう立ち向かうべきなのか、といったことを深く考えさせてくれる、素晴らしい作品だと改めて感じました。

もしよろしければ、皆様は『戦国自衛隊』をご覧になって、どんなことを感じられましたか? よかったらぜひ、教えてくださいね!

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