お待たせ致しました!
通りすがりです!
ツンデレを堕とす100の技!番外編
秘密の春休み編です!
これからもよろしくお願いします!
それではどうぞ!
春休みが始まって、数日が経った。
制服を着ることも、通学路を歩くこともないこの期間は、なんとなく世界の音がぼんやりしていて――だからこそ、胸の奥で高鳴る感情に、嘘がつけなかった。
スマホの画面に表示された“名片北 夏奈”の名前。
着信履歴じゃない。今日は、彼女からじゃなかった。
発信者は、わたし――瀬海 紗帆だった。
「もしもし、かなちゃん……? 今日、うちに来ない?」
『……なんで、そんなに甘い声なの……』
電話の向こうで、呆れたようにため息をつきながらも、夏奈の声はどこか照れていた。
その感じがたまらなく可愛くて、わたしは笑った。
「えへへ、だって春休みだし、会いたくなっちゃったんだもん」
『……ばか』
だけど、その後すぐに「行く」と小さく言ってくれたのを、わたしはちゃんと聞き逃さなかった。
***
午前11時、チャイムの音が鳴った。
ドアを開けると、そこにいたのは、普段より少しラフな格好をした夏奈。
「おじゃま……します」
「は〜い、いらっしゃいませっ、かなちゃん♡」
夏奈は、私服だと少し大人びて見える。
でも、わたしの顔を見ると、すぐに耳まで真っ赤に染めて、目をそらすそのクセも――変わらない。
「そんなに見んな……変じゃない、よね?」
「全然! ていうか……ちょっとかっこいいかも……♡」
「かっこいいって……女の子に言うセリフじゃないでしょ……っ」
「えー? だってかなちゃん、わたしの彼女だもん。かわいくて、かっこよくて、最高!」
「ばっか……」
恥ずかしそうに目を伏せながらも、夏奈は玄関をくぐってきた。
その姿を見て、私はほんの少し、胸の奥がぎゅっとなる。
だって、春休み中のこういう時間――“放課後”とは違う、昼の私生活に彼女がいるって、なんだか特別な気がしたから。
「お昼、作ったよ? パスタ、食べる?」
「……うん」
さりげなく言ったその一言が、まるで新婚さんみたいで、自分でも笑いそうになってしまった。
キッチンに立つ私の横で、夏奈は照れくさそうに立っている。
それを見たら、背中越しでも、抱きしめたくなるくらい可愛かった。
でも、我慢。
今日は“特別な番外編”だから、焦らない。
***
「……ふーん。春休みって、案外暇ね」
パスタを食べ終わった後、夏奈はうつ伏せにソファへ沈み込み、気怠そうに呟いた。
「でも、わたしは今日、すっごく幸せだよ」
「……なにそれ」
「だって、かなちゃんと家でダラダラできるなんて、特別なご褒美みたいじゃん?」
「……あんたって、ほんと能天気……」
夏奈は顔を伏せたまま、口元だけで笑った。
でも、その笑みがどこか優しくて、わたしの胸をくすぐった。
「ねえ……このまま、昼寝しよ?」
「は?」
「かなちゃん、わたしのベッドで、一緒に」
「なっ……あ、あんた……ばっ……!!」
「えへへ、いいでしょ? 昼寝だよ、昼寝♡」
「……わ、わかったよ、もう……!」
***
ベッドの上。
並んで寝転ぶ。
柔らかい布団に包まれて、ふたりの距離はどこまでも近くて。
「……なに考えてんの」
「かなちゃんが可愛すぎて、お昼寝なんてできそうにない……って思ってる♡」
「……ほんと、あんたって……甘やかすとすぐこれ……」
ふとした拍子に、手が触れ合った。
そして、それを紗帆が握った。
指と指を絡めるように、やさしく、でも絶対に離さないように。
「……ね、好きって言って?」
「……バカ」
「バカでもいいもん。言って?」
「……す、好き、だよ……」
その一言を聞けた瞬間、胸がぎゅっとなった。
この春休み――何の予定もなかったけど、
彼女のその一言だけで、世界中が春になった気がした。
***
だけど、この春休みは、ただの幸せじゃ終わらなかった。
そう、“秘密”っていうからには――
それはただの「お昼寝」や「ごはん」だけで終わるはずがなかった。
その日、昼過ぎに目を覚ました私たちは、ふと外に出ることにした。
「春だし、出かけよう」――ただそれだけの理由で。
でも、心のどこかで私は知っていた。
今日が、“春休みの中でも特別な一日”になるって。
***
「かなちゃんってさ、意外とおしゃれだよね」
「は? なに突然……っ」
駅ビルのアパレルショップで、私は夏奈の選んだスカートを手に取りながら言った。
ピンクでも白でもない、ちょっとくすんだベージュのロングスカート。
「こういう色、似合うよ。ほんと、センスいいな〜って思う」
「べ、別に……そんなに考えて選んでないし……」
でも、本当は選んでたんだろうな。
私と歩く日のために。私に「かわいい」って言われるために。
それが嬉しくて、愛しくて――私は彼女の手を、そっと握った。
「おそろいの何か、買わない?」
「は……?」
「指輪とかはまだ早いけど……キーホルダーとかさ。ふたりでおそろいの」
「……ばっか。そういうのは、もっと……それっぽい時にするもんでしょ……」
「でも、今だって十分それっぽいよ?」
そう言って私が笑うと、夏奈はちょっとだけ視線をそらして、でも手は握ったまま離さなかった。
***
そのあとプリクラを撮った。
ふたりでふざけて、ふたりで頬を寄せ合って、
「ちゅーするふり!」なんて無邪気に言ってポーズをとって――
けど、撮り終わった後、私はそっと囁いた。
「今度は……ふりじゃなくて、してほしいな」
「……バカ……人前だってわかってるの?」
でも、小さなキス。唇の端を、ほんの少しだけ。
それは、誰にも見られないように――カーテンの中で、こっそり落とされた。
「……かなちゃん、だいすき」
「……うるさい。私も、好き」
***
日が傾いて、帰り道。
駅の近くの公園のベンチで、ジュースを飲みながら休憩していたとき、ふと、夏奈がつぶやいた。
「ねえ、紗帆。……ちょっと遊び、しない?」
「ん? 何の?」
「“催眠ごっこ”。今、TikTokでちょっと流行ってるらしいの」
「えっ、えっ……なにそれ、楽しそう!」
「じゃあ、私が“催眠術師”ね。目を見て、深呼吸して、わたしの声だけを聞いて――」
いたずらっぽく笑いながら、夏奈は私の両肩に手を置いて、顔を近づけてきた。
まるで、本物みたいに。
「あなたはだんだん……かなちゃんに逆らえなくなります……♡」
「え、ちょ、なにそのボイス、やば……っ」
「“言われたこと、素直にしちゃいます”……」
「んん〜っ、だめっ、くすぐったい……!」
「“好きって10回、言って”」
「……すき、すきすきすき……うう、かなちゃんの勝ち……っ!」
勝ち誇った顔の夏奈に、私は頬をふくらませてみせた。
でも、内心はドキドキが止まらなくて――
こんなふざけた遊びなのに、どうしようもなく恋してるって、思ってしまった。
***
「――今日は、秘密だよ」
帰り道、交差点で。
私が小さく呟くと、夏奈は少し驚いた顔でこちらを見て、それから、ふっと笑った。
「……うん。春休みの秘密、ね」
「誰にも言っちゃだめだよ。プリクラも、キスも、催眠ごっこも……かなちゃんが全部、かわいかったことも」
「……そっちこそ、“かわいい”連発してたくせに……もう」
「えへへ〜、だってほんとにかわいかったんだもん♡」
信号が青に変わる。
手をつなぐと、ふたりの影がひとつに溶けた。
この春休みのことは、誰にも言わない。
でも、ふたりの心にだけは――
ずっと、秘密のまま、大切に残しておこう。
いつか、喧嘩をしたときや、遠く離れたとき。
またこの思い出に助けられるように。
「……ねえ、かなちゃん」
「なに?」
「明日も、また会いたいな」
「……じゃあ、朝から来なさい。バカ」
私は笑って、彼女の手をきゅっと握りしめた。
春休みの夕暮れに、誰にも知られないように。