2017年11月1日発売! 『ワンワン物語 ~金持ちの犬にしてとは言ったが、フェンリルにしろとは言ってねえ!~』

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念願かなって飼い犬になれたはずが、転生したその体は―フェンリル!?

『ワンワン物語~金持ちの犬にしてとは言ったが、フェンリルにしろとは言ってねえ!~』

著:犬魔人 イラスト:こちも

 

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プロローグ


「あ、これ死ぬわ」

 意識が遠のく直前、俺は無感動にそうつぶやいていた。
 原因は分かっている。過労だ。

「(ああ……今度生まれ変わるなら、金持ちの犬にでもなってぐうたら生きたいなぁ……)」

 なんて、そんな馬鹿な願いを、遠ざかる意識の中で妄想する。
 自分の人生がこれで終わるというのに、まるで未練を感じない。

「(ペットライフって言うのも、本当に悪くないかもな……)」

 そして俺は、永遠に意識を失った。


『――その願い、叶えましょう!!』


   †   †    †

「くぅん……(あったけえ……)」

 俺は体を包む柔らかい感触にまどろんでいた。
 毛布にくるまれて布団に寝かされているのか、身動きが取りにくい。
 眠気がまだ覚めやらず、頭がボーっとしている。
 そうだ。俺は死んだはずだ。なのに、なぜかこうして生きている。
 どういうことだ? ここはいったい──

「あ、起きた。お父様、この子が起きました!」

「くぅ……?(んん……?)」

 声につられて見上げると、まんまるな青い瞳と目があった。
 そう思った直後、大きな手が俺の体を抱き上げる。

「くぅくぅ!(おい、ちょ、やめて!)」

 というか、さっきから耳元で『くぅくぅ』とうるせえ!
 誰だよ! こっちはパニックからのピンチで余裕ないんだよ! のんきに可愛い声出してるんじゃないよ!

「きゃんきゃん!」

 俺が喋るのに合わせて、甲高い鳴き声が重なった。

「……くぅ……!?(……ま、まさか……!? この鳴き声、俺の声なのか……!?)」

 疑問はすぐに確信へと変わった。
 戸棚の窓ガラスには青い瞳の少女が映っている。その少女の胸に抱かれた俺は、まごうことなき子犬の姿をしていた。
 犬も犬、真っ白な毛に覆われた可愛いらしい子犬だ。
 間違いない。俺は犬に生まれ変わったのだ。

「可愛い! すごく可愛いわ! ねえお父様、やっぱり私、この子がいいです!」

「ふむ、まあいいだろう。生き物を飼うのは大切なことだ。それにメアリが何かをねだる
など珍しいことだからな」

 少女のすぐ背後に立っていた男がうなずく。
 長身でダンディなイケオジだ。妬ましい。

「店主、この犬をいただこう」

 おそらく少女の父親なんだろう。店主と思しきエプロンをつけた男を呼びつける。

「はい。では、すぐにご用意させていただきます。お嬢様、カゴをご用意いたしますので」

「大丈夫、この子は抱いて帰りますから!」

 少女は俺を高く抱き上げて、くるりと回った。つややかな金髪と落ち着いた色合いのスカートがふわりと舞う。
 おいおい、俺の意思は無視かい、お嬢さん。

「そうだ、あなたのお名前を考えないと!」

 格好は清楚なお嬢様って感じだけど、笑顔はキラキラと輝くようだ。
 あと、ものすごく可愛い。海外タレントなんて目じゃないレベルだ。
 ぎゅーっと抱きすくめられると、少女の柔らかさと暖かさに包まれる。
 顔をうずめると、花のようないい匂いがした。

「きゃん!(よし決定。きみん家がいい)」

 思う存分モフるがいい。その代わり、俺を養ってくれ。
 前世であれだけ苦労したんだ。今後はいっさい働かず、のんべんだらりと、無駄飯を食らって生きていこう。
 俺が願った夢のペットライフは、今この瞬間に始まったのだ!


   †   †    †


「ゴァウッゴァウッ!(肉うめえ! 肉うめえ!)」

 俺は骨の付いた肉をがっつきまくる。
 犬にこんな良いものを食わせて良いのか。金持ち流石すぎる。
 もっとだ、もっと肉をくれ! ギブミーミート!

「もうっ、落ち着いて食べてください、ロウタったら」

 俺を拾ってくれたお嬢様が呆れたように笑う。
 背中を優しくなでる彼女の手がとても心地よい。

「ガウガウ(いやはや、それにしても肉がうめえ)」

 お嬢様に拾われたあの日から、またたく間に時が過ぎていた。
 いや、過ぎたと言ってもまだ一ヶ月ほどの話なのだが。
 子犬の体にミルクが必要だったのは、最初の一週間だけ。
 離乳食など必要とせず、俺は毎日二キロの肉を食べる大食漢の犬になっていた。

「しかし、よく食う犬ですなぁ」

 俺のために肉を焼いたり煮込んだりしてくれる、コックのおっさんがあきれている。

「いいんです、そこが可愛いんです。いっぱい食べて大きくなるんですよ、ロウタ」

「ゴァウッ!」

 俺は答えるように吠えて、すりすりとお嬢様に頬ずりする。

「ふふっ」

 お嬢様は空のように青い瞳を細めて、俺の頭をなでてくれた。
 彼女の名は、メアリーア・フォン・ファルクス。
 この宮殿のようなお屋敷に住まう、高貴なる血筋のご令嬢だ。貴族にして大商家であるガンドルフ・フォン・ファルクスの一人娘にして俺のご主人様。
 今年の誕生日で十四歳になる、俺の快適ペットライフを守る守護女神様だ。
 大切な我がご主人様。生涯仕えると誓いますぜ。特に働いたりはしませんが。


「ん、どうしました? お腹が痒いんですか? 掻いてあげましょう」

 腹を見せると、お嬢様がその細い指先で、優しく掻いてくれる。
 至福のひとときだ。

「ハッハッハッハッ(ああっ、そこっ、もっと掻いて!)」

「なんかスケベそうなツラしてんなぁ……」

 悶える俺を見て、コックのおっさんが呆れたように片眉を吊り上げている。

「そんなことありませんよ。とっても可愛いです。ここかな、ここが気持ちいいのかな?」

「ハッハッハッハッ(ああっ、もう、最高です!)」

 我、天啓を得たり。金持ちの犬ほど幸せな生きものは、この世に存在しない。
 まさに常世の楽園である。ずっとこの生活を送りたい。いや送る。なんとしても送り続けるぞ!


   †   †   †


 それはお屋敷の涼しい大広間で昼寝をしていたときのことだった。

「ご当主、あの犬はおかしい」

 メアリお嬢様の父親であるガンドルフさんに、帯剣した女が追いかけるように具申している。
 燃えるように赤い髪を後ろで束ね、きりりと引き締まった表情をしている。
 彼女はこの屋敷に居候している剣士だ。
 確か名前はゼノビア。ゼノビア・レオンハートとかいうメチャクチャ強そうな名前だったはず。

「ふむ、ロウタがおかしい、とは? 私にはただの犬にしか見えないが」

「どこがですか!? この犬が来て一ヶ月! まだ一ヶ月ですよ!? この大きさ、おかしいでしょう!? 犬がこんなに早く大きくなるわけがない! 山狼の子供かもしれません。今のうちに処分すべきです!」

 ガントレットのはまった手で、びしっと俺を指差してくる。

「何を言うのかね、ゼノビアくん。この犬は娘のお気に入りだよ。そんなことをしたら、あの子がどんなに心を痛めるか」

 まったくだよ。処分だなんて、なんてこと言うんだ。
 お嬢様が俺にどれだけ依存してるか知らないのか。
 朝起きた瞬間から、風呂も寝るときも一緒なんだぞ。

「心の傷の前に体が傷ついたらどうするのですか! ほら、見てください。気づかれないようにこちらの様子をうかがっている。油断したら襲い掛かってくるつもりに違いありません! 私におまかせください! 一撃で仕留めてみせます!」

「駄目だ。見たまえ、あの呑気な姿を。あれが人を襲うような猛獣に見えるかね?」

「くぁぁぁ……(ねむねむー)」

 俺は見せつけるように大きくあくびをして、後ろ足で耳を掻いた。
 ふふん、どう見ても無害な子犬だろう、ゼノビアちゃん。
 猛獣だなんてとんでもない。ちょっと育ち盛りなだけの子犬ですよ。
 どや、モフってもええんやで?

「くっ、……失礼します!」

 どうあっても意見が通らないと悟ったのか、食客剣士ゼノビアちゃんはぐぬぬとうめいてから立ち去っていく。

「キッ……!」

「ガウッ(ひえっ……)」

 俺とすれ違う時の、殺気の宿った瞳が恐ろしい。
 なんでこんな子犬一匹に必死になってるんだ。
 ほんま怖いわぁ……。

「やれやれ、彼女はとても優秀なのだが、生真面目すぎるのが玉に瑕だな。なあ、ロウタよ」

 うんうん、俺もそう思うよパパさん。
 この犬は番犬にすらならないよ。
 無駄飯食らいとして、一生世話になる所存だよ。
 あ、そこそこ、もっと首の下なでてー。


   †   †   †


「ん~♪ んんん~♪」

 メアリお嬢様が鼻歌を歌いながら、出かける服を選んでいる。
 下着しか身に着けていないあられもない姿だが、俺は犬なので気にしない。
 いや、精神は普通に人間なので、この光景は眼福ではあるのだが。
 目の保養にはしても、手出しはしない。イエスロリータノータッチの精神だ。

「お嬢様、こちらのお召し物などいかがでしょう」

 傍に控えていたメイドのお姉さんが、うやうやしく衣服を差し出す。

「素敵な藍色ですね。でも少し動きにくいかしら?」

「湖畔へ涼みに行くのに、動きやすさが関係あるのですか?」

「ええ、動きやすくないと、ロウタと遊べないじゃないですか。ねえ、ロウタ。この服どう思います?」

「ゴァウッ!(お嬢様は世界一かわいいよ! 何を着ても世界一かわいいよ! でも暑いし走り回りたくないから、動きにくいその服で良いんじゃないかな! 木陰でおやつ食べながらダラダラしようぜ!)」

「そうですか。ロウタがそう言うのなら、この服にしましょう」

「あら、お嬢様はロウタの言うことがお分かりになるのですね」

「もちろんです。だってロウタのことですもの!」

「あらあら」

 うふふとメイドのお姉さんが微笑む。
 なごやかな様子に、俺もつられて尻尾を振った。

 ふりふり。
「がう(あっ、しまった)」

 尻尾が洗濯かごに引っかかって、お嬢様が脱いだ服を外にこぼしてしまった。
 人間から犬へ変わった上に、体も急に大きくなったから、いまいち加減がわからないのだ。
 散乱してしまった服を探すと、大きな姿見鏡のところまで飛んでいるものもあった。

「あらあら、ロウタったら」

「ガウガウ(おっと、失礼。しかし心配はご無用だメイドさん)」

 俺は素早く洗濯物を拾いに行く。
 当家の犬は、洗濯物を集めるくらいわけないんだぜ。
 もちろん咥えたりなんてしないぜ。よだれでベタベタになっちゃうからな。
 尻尾を使って、すくい上げるように洗濯物をかごへ放り込んでいく。

「ガウ……(ん……?)」

 お嬢様が着替えるために使う、大きな鏡に映る妙な違和感。
 鏡には俺の姿が映っている。のだが、何かがおかしい気がする。
 そう言えば、買われたとき以来、自分の姿をまじまじと見るのは初めてだ。
 いっちょこのイケメンわんこの姿を確認してやろうじゃないか。
 着替えを始めたお嬢様たちが見ていない間に、鏡の前におすわりしてみる。
 正面から見たり、横を向いたり、いろいろな角度で自分の顔を確認する。

「ゴ、ゴア……!(こ、これは……!? なんというイケメン!)」

 俺は自らの美しさに惚れ惚れとする。
 白い体毛は毎日風呂に入っているおかげで、ツヤツヤのフサフサだ。
 耳は大きくピンととがり、どんな遠くの音でも聞き逃さない。
 目は切れ長で、エメラルドのような瞳が無機質に輝いている。

「……ガウ?(……あれ?)」

 口は大きく裂け、並ぶ牙はどんな敵が相手だろうが一撃で仕留められるほど鋭い。
 体は並の犬など相手にならないほどたくましく、しなやかな四肢はその巨体を風のように運ぶだろう。

「……ガウガウ?(……あれ? あれ?)」

 異常に鋭い目つき。大きな牙。たくましい四肢。
 犬にしては大きすぎるし、顔つきに野性味がありすぎる。

「ガウゥ……(おい、これ、本当に犬か……?)」

 いや、冷静に考えて、こんな凶悪な顔した犬いないだろ。
 近所にこんな犬を飼ってる家があったら、即通報するわ。
 なんで君たち平気なの!?
 あらあらうふふじゃないよ!
 どう見てもこれ、犬じゃなくて狼じゃん!
 改めて鏡に映った自分を見つめる。
 ぐっと鼻筋にシワを寄せると、一気に凄みが増した。

「ゴァウ……!(え、こわっ。顔こわっ。なにこれ、めっちゃ怖い……! こんなんに遭遇したら間違いなくおしっこちびるわ……! いや、全放出もありうる……!)」

 あの女剣士ゼノビアが言ってた意味がわかった。
 こんな猛獣を家で飼ってたら、そりゃ警戒もするわ。
 よく考えたら、犬はゴァウゴァウなんて、凶悪な声で鳴かねえ。
 生まれて一ヶ月でこの大きさだ。一年経ったらどんな姿になっているかも分からない。
 これ以上恐ろしい姿になったら、さすがにパパさんも放ってはおかないだろう。

「ゴア……(ま、まずい……)」

 害獣は殺処分。どんな世界でもそれが一般常識だ。
 ゼノビアちゃんが剣を振りかぶる恐ろしい姿が、脳裏をかすめる。

「ゴア……ゴァウ……(ど、どうする……どうする、俺……)」

 し、死にとうない。
 わいはこれからも駄犬生活をおくるんや。
 ぬくぬく食っちゃ寝するだけの日々をずっと過ごすんや!
 俺は悩んだ。
 犬として、いや狼として生まれ変わって、初めて真剣に悩んだ。
 人間のときですら、こんなに悩んだことはないかもしれない。

「ゴァ……(よし……!)」

 落ち着いてよく考え、俺は答えを導き出した。

「どうしたんですか、ロウタ。そんなに難しい顔をして。お腹が痛いんですか?」

 メアリお嬢様が心配して、俺の顔を覗き込んでくる。
 長い金髪を耳にかける仕草がとっても可愛いぞ。
 お嬢様、俺は決めました。この生活を守るためならばどんな手でも使うと。
 俺は! 俺は!
 俺は、お嬢様を見上げ──


「……くぅーん、わんわん!」


 全力で犬のフリをすることにした。


 

『ワンワン物語~金持ちの犬にしてとは言ったが、フェンリルにしろとは言ってねえ!~』

過労死したロウタの願いは、もう働かなくていい金持ちの犬への転生。
その願いは、慈悲深い女神によって叶えられる。
優しい飼い主のお嬢様、美味しいご飯と昼寝し放題の毎日。
しかし、ある日気づいてしまう。
「大きな体、鋭い牙、厳つい顔……これ犬じゃなくて狼だ!?」
快適なペットライフを守るため、ロウタは全力で犬のフリをするが、女神の行きすぎたサービスはそれどころではなかった。
狼は狼でも、伝説の魔狼王フェンリルに転生していたのだ!

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商品情報


2017年11月1日発売!

『ワンワン物語 ~金持ちの犬にしてとは言ったが、フェンリルにしろとは言ってねえ!~』 著:犬魔人 イラスト:こちも

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あらすじ
小説家になろう総合ランキング日間月間1位獲得の大人気“人外転生”小説がついに書籍化!!
過労死したロウタの願いは、もう働かなくていい金持ちの犬への転生。
その願いは、慈悲深い女神によって叶えられる。
優しい飼い主のお嬢様、美味しいご飯と昼寝し放題の毎日。
しかし、ある日気づいてしまう。
「大きな体、鋭い牙、厳つい顔……これ犬じゃなくて狼だ!?」
快適なペットライフを守るため、ロウタは全力で犬のフリをするが、女神の行きすぎたサービスはそれどころではなかった。
狼は狼でも、伝説の魔狼王フェンリルに転生していたのだ!


登場人物
ロウタ
犬に転生して労働から解放されたはずが、どう考えても狼にしか見えない姿に成長する。必死で犬らしく振る舞い、正体をごまかすが──
メアリ
大富豪のご令嬢にして、ロウタのご主人様。清楚で優しく、愛情たっぷりにロウタを甘やかしてくれる。
ゼノビア
お屋敷に滞在する食客剣士。ロウタの正体を疑っている。
ヘカーテ
ミステリアスな森の魔女。医療にも通じており、皆からの信頼は厚い。