どんぐり目のアンダーグラウンド
第11話『手探り』
- 作者
- どんぐり目@相互フォロー
- このエピソードの文字数
- 5,846文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2025年4月9日 14:34
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「隊長、持ってきました! こちらが十年前の資金記録帳です」
「ありがとう、さっそく確認に移ろう」
ラグナの受け取った十年前の資金記録帳は、思った以上に傷んでいた。
紙は黄ばんで端が丸まり、インクはにじみ、数字と文字が混ざり合って判別がつかない箇所も多い。
それでも、ページをひとつひとつめくっていくと、
「これだな、応援の記録が確かにあった」
「おおっ、やった!」
一同の視線が集中する。ラグナが指差したそこには、確かに“ヴァレンツァ村救助派遣”と小さく記されていた。
野営設置員要請費、医員要請費、調理技師要請費などなど。
その中でも特に目を見張るのが、
「――対ギルド出動要請費、これだな。十年前のあの日、ノートはこの街のギルドの応援を要請している記録が残っている」
「ってなると、ギルドにヴァレンツァの資料があるかもってか」
キーレンがぽつりと呟いたその瞬間、場の空気がわずかに動いた。
確かに、ギルドが出動していたのなら――。
思考が一気に一点に収束する。
ギルドといえば、依頼や報酬だけでなく、過去の作戦や出動記録をまとめた資料庫を持っているのが通例だ。
応援にあたった時のヴァレンツァ村の資料が残っている可能性も、十分ある。
そしてそれが、ユラ・ベンデッタ――シュアックの過去に繋がる鍵かもしれない。
「行こう。ギルドに掛け合うぞ」
俺はそう言って、静かに立ち上がった。
◇◇◇
街の石畳は、沈みかけた夕陽で朱に染まっていた。
目的地はフォードの中央、冒険者ギルド本部。街の中でも数少ない、かつてから残っている重厚な石造建築らしい。
「失礼するぞ」
重厚な木製の扉を押し開けると、中はまだ忙しそうな冒険者たちの声と、書類を捌くスタッフの動きで活気づいていた。
「ノード治安管理第二部隊隊長、ラグナ・オーレだ。要件があって来た」
「そちらの三方は?」
「今回の調査における協力者だ。怪しい者でないことはこの身をもって保証する」
「かしこまりました。ただちにご案内いたします」
受付に声をかけ、事情を伝えると、すぐに通されたのは二階奥の会議室。
階奥の会議室に通された俺たちを出迎えたのは、年季の入った大きな机と、それに見合った椅子に深く腰掛ける一人の老人だった。
顔には深い皺が刻まれ、片方の目は白濁していて、ほとんど見えていないようだった。それでも、もう片方の目は鋭く光を放ち、俺たちをひと目で値踏みする。
「ラグナか。見ない間に立派な顔つきになったのう」
しゃがれた声が、かすれた笑いと一緒に洩れる。
「お久しぶりです、マスター・ギムル」
ラグナは一礼した。
俺たちもそれにならって頭を下げる。
「で、今回は何の用なのですかな」
「十年前のヴァレンツァ村――あの事件の記録を調べさせていただきたく」
「ほう、ヴァレンツァ村の記録、か。懐かしいですな」
ギムルは目を細めると、椅子の肘掛けに手を添え、ゆっくりと立ち上がる。 杖の先が床を「コッ」と叩いた。
「懐かしいな。あの時のことを話す者はもう少なくなった。だがまあ、残ってるものがあるとすれば――地下だ。ついてこい」
ギルドマスターの後ろ姿は頼りなげなほど小さいのに、歩くたびに不思議と、場の空気が引き締まっていった。
ギムルは奥の鍵付き鉄扉の前で立ち止まると、腰の鍵束から一本を選んで鍵穴に差し込んだ。カチリ、と鈍い音がして、扉が開いた。
「数年前にギルド同士の統合があったのです。そういった経緯もあって少々ばかり書類の整理が追い付いていないのです、大変申し訳ない」
ひんやりとした冷気が足元を這い、ランタンの灯りが奥を照らした瞬間、そこにあったのは――
紙と木箱の山だった。
棚の高さは人の背丈を軽く超え、雑然と詰め込まれた記録の束は、どこから手をつけていいのかすらわからない状態だった。
確かに壁に棚というものがあるが量が膨大でたゆんでいる。
「探すのに時間がかかりそうですね」
「この量は三日三晩かかるぞ、こりゃ」
ギルド保管庫の地下は、想像以上に酷かった。
積み上げられた木箱とファイルの山に、しばらく沈黙するしかない。
埃と古紙の臭い。見渡す限りの資料群、しかも仕分けがあまりに適当だ。
「せめて分類くらいされていれば良かったが、やはりここからが力の」
「どけ」
そのときだった。
無表情のまま、キーレンが一歩前に出た。
フードの奥から鋭い視線をこちらに向けることもなく、ただ指先をスッと浮かせる。空中に何かを打つようなジェスチャー――。
「CtrlF」
その言葉とともに、彼女の指先に淡い光が灯った。
資料庫全体に、薄く虫眼鏡が浮かび上がる。
次の瞬間、それは音もなく動き始め、資料の山々を走査し出した。
思わず息を呑んだ。
すげぇな、こいつ。拷問のプロフェッショナル、目当ての情報を探し出すのは人間以外でもお手の物、.klc拡張子の真骨頂ってわけか。
さっきまで呆然と眺めてた資料の山が、まるでただの“読み飛ばし”みたいに片づけられていく。
誰もが手探りしてたこの迷宮で、彼女だけが一発で答えに辿り着いた。
一つ、二つ、三つ……。
次々に積み上げられた書類の一部が光りだす。
そして一つの木箱がひときわ眩しい光を放ち出した。
「あれだ、さっさと持ってけ」
「わかりました!」
脇に突っ立ていて様子を見ていたルスにキーレンがすかさず指示をし、取りに行かせる。たが、あの重さの箱をアイツ一人で持っていけるか?
「ルス、俺も手伝う」
「ありがとうございます! うわっ、重っ……!」
両手で持ち上げた途端、ルスの肩がズルリと落ちた。
予想以上の重さに足がふらつく。
中身がどれほど詰まっているのか、想像もつかない。
「慎重に運べ。落とすな」
キーレンが淡々と注意を投げる。
ひとまず資料室の扉の前まで持ってきて置いた。
「ひとまず箱の中の確認をするか」
ラグナが近づき、手袋越しに箱の蓋を外す。
中に並んでいたのは、黄ばんだ書類の束と、封筒で綴じられた書類たち。
待機していた兵士が一枚を取り出して広げる。
「『派遣記録――ヴァレンツァ村第七支援班』! 間違いありません、十年前の資料です!」
全員の視線が一気に集中した。
空気が変わる。今、この瞬間だけ、時間が止まったような感覚すらあった。
「内容としては他にどんなものがある?」
ラグナの問いに、ギムルが顎に手を当て、思い出すように答える。
「私の記憶している限りですが、当時、ヴァレンツァ村の長老から――復興するまでの間、村の資料を預かるように言われました。だが、結局……村は二度と立ち上がらなかった。以来、これらはここで放置されたままです」
「そんな経緯があったんですか」
ルスがぽつりと呟く。
目の前の箱の中には、時が止まったままの記憶が詰め込まれていた。
キーレンは何も言わず、一部を手に取って、バサリと広げる。
「いい感じだな、村の情報がそろってる」
「いち早く戻ってパスワードの解析に戻ろう。時間が惜しい」
ラグナの言葉をきっかけに、全員が一斉に動き出した。
兵士たちが慣れた手つきで箱を運び、ともに階段を急ぐ。
キーレンはもう先に扉を開け、無言で通路を確保している。後ろを振り返ることはない。あの背中が「遅れるな」と言っている気がして、自然と足が早くなった。
ギルドを出て、俺たちはまっすぐに別館へと戻った。
着くなりそれぞれが机に書類を広げる。
一つの村の歴史に加え、救助記録、派遣命令、日誌の断片、手紙、複製された地図、誰が見てもその量は気を張りつめるほどの量だった。
この量だ、疲れが溜まりつつある兵士たちの顔を見たラグナは提案する。
「七日という時間制限がある以上、全員で詰めてても、集中力が切れたら意味がない。それぞれペアを決めて分担を行おう」
「分担か、いいな」
ラグナの一言で、場の動きが決まった。
彼女の目は赤い。眠気と疲労の色だったが、それでも一本の芯がまったく揺らいでいなかった。ラグナとキーレン、俺とルス……といったように二人ペアを作り、パスワード解析に勤しむ。その間、他の奴らは仮眠を取る、といった作戦のようだった。
「いいか。我々は必ずパスワードを導き出せる、いくぞお前たち」
「「おーー!!!」」
彼女の一声で現場の志がより一層高まった。
最初はラグナとキーレンが解析を行うらしく、俺たちは先に仮眠室で休憩を取ることにした。固いベッドで眠れるかどうかはわからなかったが、それでも身体を横にするだけで全然違う。ルスはすぐ隣のベッドに潜り込むと、手だけは胸の上に置いたまま、目を閉じていた。
俺たちの順番が回ってきたのは、深夜だった。
「うう、夜の番って静かで逆に眠くなりますね……」
「眠いが何とか頑張るぞ、ルス」
俺たちの前に解析したヤツらが解析に用いたのは、襲撃に関する語や、当時の派遣部隊名、犠牲者、救助の記録などなど事件に関するものが多かったようだ。
さて、俺たちはどの資料をもとにパスワード解析を行うか。
とりあえず資料を見渡してみる。既に何人かが読み終えた紙の束には、あちこちに付箋とメモが貼られていた。
「結局事件とは関係なかったのか? ひとまず最初にこれで試すか」
襲撃前、ヴァレンツァ村で行われていた祭事や共同作業の記録。井戸の掘削、畑の開拓、集会所の修繕計画。残ってるのは村の歴史に関することが大半。
人の名前もちらほらと出てくる。
誰が何に携わり、何を誇りにしていたのか。
まるでそこに“まだ生きていた”村の息遣いが残っているようだった。
だが、肝心なのは――
「やはり手ごたえなしか」
何件か入力してみたが、どれもZIPは微動だにせず沈黙を守ったままだ。
ルスが溜息を吐きながら、机の端にファイルを寄せる。
「もうちょっと何か、ヒントがあれば……」
そのときだった。
ルスがふと、ZIPファイルを手に取った。その視線がぴたりと止まる。
「あれ? この日付、なんですか?」
「日付?」
俺が顔を上げると、ルスはZIPファイルの端を指差していた。容量が大きい方のファイル。その下部に、小さな文字で日付が刻まれている。
「たぶん、zipが作られた日かな? こっちには書いてない。あ、置かれてた向きが逆だっただけみたいです」
ルスはファイルを回転させて指差す。
そこにも、同じような書式で数字が刻まれていた。
「二つのzipの日付が同じになっているというのはそういうことだろうな、きっと」
「やっぱりzipが作られた日ってことか」
しばし沈黙が流れた後、ルスがポツリと言った。
「ん、待てよ……」
ルスが何かを思い出したように眉をひそめ、もう一度ZIPファイルの日付を見つめる。数秒の沈黙のあと、ぽつりと漏らす。
「アルド、あの時『特別なZIPファイルがあった』って言ってましたよね」
「言ってたな。木製の台座の上に一個だけ置かれてたってやつだ」
「ってことはもしかして――」
ルスは突然立ち上がり、ファイルを片手にそのまま扉の方へ駆け出した。
「ちょっ、おい、ルス!? どこ行く気だ!」
慌てて俺も立ち上がる。
けど、ルスは振り向きざまに目を輝かせて言った。
「決まってるじゃないですか! シュアックが大切にしてたzipの日付さえ分かればきっと何かわかるはずです!」
「でかしたぞ、ルス、ナイスアイデアだ」
その顔は、眠気なんかとうに吹き飛んでいた。
わずかな違和感を手繰るように、まっすぐに。
俺たちはすぐに、アルドのもとへと向かった。
地下室の扉を開けると、吊られたアルドは相変わらず哀れな姿で揺れていた。
どうやら眠っているようだ。
「アルドさん」
「ひいいいい!? 誰ですか、そこに立っているのは!?」
ビクンッと体を仰け反らせ、アルドが吊られた鎖を軋ませた。
眠っていたようだが、声だけで何かを察知したらしい。
「まさかキーレンか、嘘だろ!? さすがにもう勘弁してくれ、本当に嘘はついてねえ! 寝てただけなんだ俺はァッ!!」
ルスが慌てて手を振る。
「ち、違います! 僕です、ルスです! 起こしてすみません!ちょっと聞きたいことがあって!」
「ちっ、人騒がせな奴だな。何の用だ」
汗びっしょりのアルドが、目隠しの下で息を整えるのがわかる。
俺はそこで本題に入った。
「お前が言ってた“台座の上に置かれてたZIPファイル”、覚えてるな? あのファイルの日付って、覚えてるか?」
「日付だと? ああ覚えている」
「え?」
ルスが一歩、前に出る。
その言葉に、空気が固まった。
そして、数秒の沈黙のあと、低く唸るように答えた。
「数字式340年の六月五日だ」
「340年六月五日?」
ルスが反芻するように呟いた。
俺も、その数字を頭の中で繰り返してみる。
「その日が何か特別だったのか?」
俺が訊くと、アルドは吊られた鎖をギシリと鳴らし、かすれた声で答えた。
「ジップタックの結成日だ。曰くアイツが初めて動いた日だ。組織の奴らはその日付を覚えさせられる。zipの日付もそれと同じだったからな、何かあるんだろ」
「待てよ、その日って!」
ルスが息を呑む。
そうしてやむなく彼は駆け出した。
アルドの「待て、どこに行く!?」という声を一切聞き入れず、
ルスは階段を駆け上がった。廊下を抜け、扉を開け、資料室の前を横切る。
その足音が、焦燥のリズムを刻んでいる。
俺もすぐさま後を追う。息が上がりそうだったが、気持ちが先を走っていた。
ようやく作業室に戻った時には、もうルスがZIPファイルの前に立っていた。
「数字式340年の六月五日、もしかするとこのzipのパスワードはその出来事が関連しているのかもしれない」
そうか。そういうことか。
ルスの一言で俺たちはその日にどんな出来事があったか、村の日誌で確認する。
あったのは『.hta魔女裁判』というものだった。
「.hta魔女裁判だと?」
「ひとまずこの日に関係していることを入力していきましょう」
そしてふと――、
「ルスさん! 見てください! zipが光っています!!」
「パスワードが一致したってことか!?」
パスワードは『イェリナ』、魔女裁判によってその日、村人によって処刑された少女の名前だった。
【次の話へ】▶『解放されし過去』
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