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『どんぐり目のアンダーグラウンド』のエピソード「第10話『たぐった糸口』」の下書きプレビュー

どんぐり目のアンダーグラウンド

第10話『たぐった糸口』

作者
どんぐり目@相互フォロー
このエピソードの文字数
6,021文字
このエピソードの最終更新日時
2025年4月9日 14:33

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「だから頼む、止めてくれ! それをこれ以上近づけないでくれ!」


 見えない目で、何かを見ようとしているようだった。

 けれど、ここには“助け舟”なんてものは存在しない。

 あるのはただ一つ、自分の口で生き延びる方法だけだ。


「なら話せ。お前の知っていることを、順に言え」


 キーレンの指先が下りる。

 CtrlFのエフェクトが音もなく消え、虫眼鏡の光が溶けるように霧散した。


「……分かりました。全部、洗いざらい話します」


 アルドの声はもう、さっきまでのそれじゃなかった。

 吊られているのは同じでも、今そこにあるのは“上から見下ろす支配者”じゃない。 上に吊るされてるのにも関わらずから見される配に等しく成りがっていた。


「ラグナ、これでいいよな」

「ああ十分すぎる、お前には感謝で頭が上がらないよ」


 キーレンは「ふん」と鼻を鳴らすだけで返す。

 彼女はそれ以上の追及をせず、一歩だけ後ろに下がった。

 吊るされたアルドを睨むでもなく、ただ静かに場を任せる態度だった。


「さて続けてもらおうか、アルド。シュアックについて話せ」


 ようやく、“茶番”が終わった。

 本当の目的――ファイルのパスワードの手がかりと、“あいつ”の秘密を探るターンが始まる。アルドは肩を震わせながら、小さく息を吐いた。


「アイツ、“シュアック”って名は偽名だ。アイツの本当の名前は、ユラ・ベンデッタとか、そんな感じだった気がする」

「ユラ・ベンデッタ? シュアックは偽名だったわけだな」


 ラグナが口の中で飴玉でも転がすような口調で呟く。

 その声色の奥に、確かな手応えを掴んだ気配があった。


「その名前はどういう経緯で知ったんだ」


 俺が問いかけると、アルドは吊られたまま、ギシギシと体勢を整えながら答えた。


「一度、アイツの部屋に入り込んで盗みをしてしてやろうと考えたんだ。そのとき、引き出しの中から古びた革の手帳が出てきた。そこに名前が書かれてたんだ、“ユラ・ベンデッタ”って」

「手帳か……中身は?」


 ラグナが鋭く食い込む。

 アルドは一瞬口ごもり、歯を食いしばるようにして叫ぶ。


「んなもん、覚えてねぇよ! 盗めるかどうかしか考えてなかった! 中身なんざどうでも良かったんだ!」

「盗みまでしてたなんてロクでもない人ですね」

「言ってやんな、ルス」


 ルスの言葉には呆れを通り越して、軽蔑すら混じってる。

 正論だ。誰も否定できない。


「シュアックは偽名だとして、彼自身とはどう知り合ったんだ?」


 ラグナが訊ねると、アルドは一瞬、言葉に詰まった。

 まるで答えたくない記憶に触れるような、そんな空気が流れる。

 だがもう、逃げ場はない。


「金だよ」

「……金?」


 アルドはぽつりと吐き捨てるように言った。


「アイツと出会う前まで、私はフォードにいた。そこにやって来る馬車を襲って金品を強奪し、それを圧縮して持ち逃げすることで収入を得ていた。この商人の格好はそのときに奪ったもんだ!」

「うわぁ、本当根っからにロクでもない人ですね」

「ルス、気持ちはわかるがまた後だ」


 俺は短くそう返し、アルドに視線を戻す。

 ルスはまだ何か言いたげな様子だった。

 こういうときにあまり口を出さないもんが大人ってもんだぞ、ルス。


「それで、その金と“シュアック”がどう繋がった?」


 アルドは、吊られた状態で苦笑するように息を吐いた。


「私としたことが豪遊しすぎたことで気づけばこんなにも太ってしまった。身体が重くなって、思ったように襲撃ができなくなっていたとき、アイツと出会った。簡単な仕事で今より楽に稼げるってな」

「その体型は生まれつきじゃなかっ」


 ルスはとことんアルドに不満を感じている様子だ。

 話を脱線させないためにもルスの口を片手で塞いでおく。


「私がジップタックに誘われたのは .zip 拡張子の能力者であるからに過ぎなかった。それ以上は何も知らない」


 アルドの声は、先ほどまでの虚勢とは打って変わって、どこか投げやりだった。

 それを見ていたキーレンの視線がわずかに鋭くなるが、まだ沈黙を貫いている。


「つまり、お前は“使われた”だけってことか?」


 俺の問いに、アルドは渋々と頷いた。


「そうだよ、アイツは俺達なんか眼中にない。人間や建物を圧縮して金を集めるだけ。組織の中でアイツと直接関わりがあるやつなんていない」

「ヤツの冷酷さは我々も把握済だ。お前は、シュアックの部屋に盗み入ったと言っていたが、他になにかなかったか?」

「確かにパスワードのヒントになるものがあるかもしれないな」


 俺がそう言うと、アルドは吊られたまま顔をしかめるようにして、しばし黙り込んだ。何かを思い出しているのか、それとも言うべきか迷っているのか。


「勿体ぶってないでさっさと言え」


 その様子を見て、キーレンがただ一歩だけ、音もなく前に出た。

 

「わ、分かった。ひとつだけ、妙に大事そうにされてる《.zipファイル》があったんだ」

 

 アルドの声はかすれていたが、部屋の中では誰も口を開かず、確かにその言葉を聞いていた。ラグナは息をひとつ呑んで訊ねる。


「大事そうに? だと」


 ラグナが小さく眉をひそめる。

 吊られたままのアルドは頷いた。


「ああ、部屋の奥にな……台座があったんだ。木製で、やけに頑丈そうな。部屋中ホコリだらけだったのに、そこの上だけピカピカで、その上に、ZIPファイルが一つぽつんと置かれていた。触るのが怖くなるくらい、異様な存在感だった」


 部屋の空気が一段と重くなる。

 誰もが無言のまま、互いの顔色を伺っていた。


 ――台座。ホコリのない一点。ZIPファイル。


 俺は喉の奥がひとつ鳴るのを感じながら、思った。

 シュアックが、いや、ユラ・ベンデッタが、そのファイルを“特別”扱いしていたのは間違いない。


「それが、アイツにとってのは高い。それがこのzipのパスワードに関係していることもありえる」


 ラグナが言った。

 誰かに語りかけるというより、自分の中で結論を確かめるような口ぶりだった。


「ZIPファイルということは、何かを圧縮したものだ。ジップタックによる犯行の一環として圧縮されたもののとも考え得られるだろう。キーレン、兵士にジップタックによって持ち去られたもののリストを運んでくるように指示をしてくれ」

「おい待て。ノート自体が圧縮されたのなら、資料は残ってねえんじゃねえか?」

「大丈夫だ、私が家で作業するために写しを保管しておいたからな」

「そうか」


 簡単にうなづくとキーレンはそのまま部屋を出ていってしまった。

 そのやり取りを見ていたルスは小さく安堵の息をついた。


「よかった。何もかも、消えちゃったわけじゃないんですね」


 ラグナは頷くだけで、それ以上は何も言わなかった。

 その一瞬のまなざしに、確かに失われたものの重さはあったが――


「戻って来たか」


 扉が再び開き、キーレンが書類の束を持って戻ってきた。

 ホコリを払ったような無駄のない動作で、それを机の上に置く。


「これが、ジップタックによって盗まれた物品のリストだ」


 ラグナが資料の束を机に置くと、その場にいた全員の目が自然と集まった。


「これから記載された項目を、一つずつZIPファイルと照合していく。パスワード入力は私が行おう」


 机の上のZIPファイルが、改めて静かな存在感を放っていた。

 それはまるで、沈黙を保ったままこちらを試しているようだった。


 数時間。

 リストにある物の名前、関連人物、事件名、日付……片っ端からパスワードを試していった。

 残っていた兵士たちも応援に回り、それぞれが書庫や記録を漁って、関連資料を掘り起こしてくる。


 机の周囲には、見る間に紙束が積み上がった。

 ページをめくる音、誰かの小さな呟き、書類を探す足音だけが部屋を埋めていく。


「これも違うか……」

「またダメかよ」

「マジで手がかりあるのか、これ……」


 兵士たちは長時間の作業に次第に不満を漏らし始め、

 ルスも疲れた顔で椅子に崩れ落ちるようにして「もう、ちょっとだけ休ませてください……」と弱音を吐いた。


 だが――、


 ラグナだけは違った。

 一言も不平を漏らさず、ZIPファイルと真正面から向き合い続けていた。

 静かに、淡々と。手元のメモを見ながら、ただひたすらキーボードに入力を繰り返していく。


 その姿が、誰にも言えない重みと責任を背負っているようで。

 そして、誰よりも諦めていない背中だった。


 だからこそ、不満を口にしていた兵士たちも黙り、

 ルスももう一度体を起こし、再び書類に手を伸ばした。


 口では何も言わなくても、皆、心のどこかで思っていた。


 彼女があれだけやってるんだ。

 俺たちが止まってる場合じゃない。


 だが、ZIPは一度も開かなかった。

 ファイルは微動だにせず、無機質な沈黙だけが部屋に積もっていく。


「ダメか……」


 ラグナが小さく唇を噛んだ。

 ルスも言葉を発せず、黙って机に置かれた資料を見つめている。

 俺も息を吐いた。焦りはなかった。だが、ふと


「隊長、ありました! “ユラ・ベンデッタ”の記録!!」


 扉が乱暴に開かれ、兵士が書類の束を抱えて飛び込んできた。  その表情には、疲労と同じだけの興奮が浮かんでいる。


 ラグナが即座に立ち上がり、歩み寄る。


「どこで見つけた?」


「街役場の地下記録庫です! 古い一時滞在許可証の束の中にありました!! おそらくですが……間違いありません!」


 ラグナは書類を受け取り、素早く目を走らせた。


「ユラ・ベンデッタ、十年前の時点で18歳、体型や口元の特徴がおおよそ一致――そして出身地はだと?」


 その名を聞いた瞬間、空気が一変する。

 ピクリと反応したのは、キーレンだった。

 彼女はそれまでの沈黙を破り、低く言う。


「久々に聞くな、その村」

「ヴァレンツァ村?」


 隣にいたルスが、小さく首を傾げた。


「聞いたことない。レインさんは……?」

「いや、俺も初めてだ」


 俺は答えながらも、なぜか背中に冷たいものが走った。ルスと目を見合わせる。知らないのに、どこか言葉の重さを感じた。


「十年前、あの村は戦火に焼かれた。それから復興することもなく完全に“消えた”ことになっている」


 ラグナがぽつりと落としたその一言で、空気が静まり返る。


「フレイムバーボーンによって滅ぼされたんです」

「フレイムバーボーン?」

「燃え上がるバーコードで組み合わされた、骨がむき出しのバーサーカーです。攻撃時に、炎をまとったバーコードの一部を針状に変化させて射出するって学校で習った記憶があります。まさか本当にいたなんて」

「記録によれば、そのとき、ノートが救助に向かっていた」

「助けに?」


 ルスが小さく訊ねた。

 ラグナは頷く。


「ただし、到着したときには、村の大半がすでに手遅れだった。確か救助記録が残ってるはずだ。日付と派遣名簿も」

「それって、もしかして」 


 俺は思わず口を挟む。ラグナがすぐに応えた。


「ああ。ただ、それはともかくだ。彼がこの村の出身ならば、彼にヴァレンツァ村が深くかかわっていることは違いない。確か、救助に向かった時に村の残骸から資料を収集していたはずだ……だが、」

「積んだってことか。資料庫自体がないんじゃな」

「一先ず、今残ってるフォードノートの資料が何だかまとめるべきだな」


 ここまで傍観することしかできなかったわけだが、俺はここでと提案してみる。


「そうだな、この場にないものは使えないと言いざるを得ない」


 ラグナは兵士たちに指示をして、現状残っているものだけを持ってこさせた。

 ジップタックの被害にあったものをまとめたバインダー。フォードの街の落とし物状。兵士の手帳、などなど。どれも日付が新しいものばかり。

 それも到底役に立ちそうなものではなかった。


「やはり現状の資料だけでは対処しようがないな」

「ラグナさん、これは?」

「それはノートの資金管理記録帳だ。ノートは行政の一機関だからな。街役場に資金をどう使ったかの会計記録を出さなければならない。私がノートに関連する資料を何でも持って来いと指示をしたからたまたま持ってきた兵士がいたのだろう」

「そうですか、ありがとうございます」


 そう言い、記録帳をパラパラとめくるルスを横目にラグナは屈み込み、靴ひもを結んでいた。


「このままだとらちが明かない。私は外でこのユラ・ベンデッタを知る街の住民がいないか外に調査に出かけてくる。各々できることをやってくれ」

「分かった、それなら俺も調査に出かける」


 ラグナの言葉を受け、俺も街に出た。

 彼女曰く、シュアックことユラ・ベンデッタの滞在許可はとっくの昔にきれていたらしい。滞在許可が切れていたなら、ヤツは“表通り”の人間じゃない。

 

 そう踏んで、路地裏に入った。ギャンブラー、ジャンキー、浮浪者、酒浸り――。

 そういうグレーな連中が集う、街の影。

 何人かに話を振ってみたが、全員が「知らねえな」と口を閉ざした。

 金を積んでも、何も出てこない。

 誰も知らないのか。それとも――。


 “知っていて、話したくない”のか。本心が分からない。

 どちらにせよ、俺の聞き込みは空振りに終わった。


◇◇◇

 

 フォードの夕暮れは早い。

 戻った頃には、街路の影が窓の隙間から部屋を切り取っていた。

 部屋の中には誰の声もなく、ただ、紙をめくる音がひとつだけ。


 その音の主は――ルスだった。

 資金記録帳のページをじっと睨んでいる。さっきまでぐったりしてたはずの顔に、今はどこか火が灯っていた。


「おい、ルス。まだ見ていたのか、それ」


 声をかけると、ルスはビクリと肩を揺らしてこちらを振り向いた。


「レインさん、おかえりなさい。ちょっと思うところがあって」

「何かあったか? 見せてくれ」


 問いかけると、ルスは慌ててページの一部を指さした。


「ほら、ここ。最近フォード近隣の山であった土砂崩れのとき、ノートが街のギルドから人員を応援として呼んでる記録があるんです」

「……ああ、確かに」

「もし、同じように――。十年前にヴァレンツァ村がフレイムバーボーンによって滅ぼされた、ならきっと、どこから応援を呼んでいたんじゃないかってそう思ったんです」


 なるほどな、と俺は頷いた。

 その発想はなかった。ノート単体じゃなく、他を頼るという考え。

 ルスの言葉に、また何かが動き出しそうな予感があった。


 もしかするとフォードノート以外に記録が残っているかもしれない。

 ラグナはルスのその発想を聞くなり、机の上で項垂れていた頭を上げ、大きく目を見張る。


「確かにありうる。至急、兵士たちに十年前の資金記録帳を持ってくるよう伝えよう!!」


【次の話へ】▶『手探り』

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どんぐり目のアンダーグラウンド
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