どんぐり目のアンダーグラウンド
第07話『嘘と事情聴取』
- 作者
- どんぐり目@相互フォロー
- このエピソードの文字数
- 4,932文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2025年4月9日 14:38
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その部屋の中央の椅子に、一人の女性が腰掛けていた。
ラグナ・オーレは短く刈り揃えたプラチナブロンドの髪を持つ、引き締まった体躯の女性だった。軍服の襟元は乱れひとつなく、腰には磨かれたホルスターが収められている。鋭い灰色の瞳がこちらを見据え、その視線には迷いがなかった。
ミリタリージャケットの襟元には、見慣れぬ紋章が刻まれている。
「兵士づてに軽くだが要件を聞かせてもらった。宿が消えたというのは本当か」
「そうだ」
ラグナは落ち着いた様子で、俺たちに視線を向けた。
その目は冷静で、鋭い。
「その件について、話を順番に聞かせてもらおうか」
ラグナがそう言うと、アルドがにこやかに口を開いた。
「宜しければレイドさんからお先にどうぞ」
何気ない提案のように聞こえたが、言い方が妙に柔らかい。
俺が先か。まあ、いいだろう。
昼前にノードの街にやって来て《黄金回路亭》に泊まり、荷物を置いて街の散策に出掛けたが戻ってきた頃には宿ごと消えていたこと。
消えた宿屋に荷物が残されていて跡形もなく消えていたこと。
さらに、街の住人が一様に宿の存在を否定したことを簡潔に説明する。
次にルス、その次にアルド。
やはり証言は似通っているか。
「そうか、状況は理解した」
ラグナは指先で机を二度、コツリと鳴らした。
考え込むように視線を落とし、数秒後に顔を上げる。
「そこの赤髪のお前、先ほど街の民が一様に宿の存在を否定したと言ったな」
あえて確認するような口ぶりだった。
「はい。誰に聞いても、みんな『そんな宿は知らない』って……」
ラグナはその答えを聞くと、ほんの僅かに眉を寄せた。
すぐに表情を戻し、机に軽く肘をつく。
「そうか」
短く返したが、その口調には微妙な間があった。
俺はその反応を見逃さない。
やはり、軍は何か知っているのか?
問い詰めるべきか考えていると、ラグナがゆっくりと口を開いた。
「街の民がそのような反応を示したのは、今回が初めてではない」
「えっ、それって……?」
「半年前のことだ」
彼女の語り口調で室内に沈黙が落ち、わずかに空気が冷えたように感じた。
「それまでこのノードの街は貿易で栄え、娯楽に満ち、活気で溢れかえっていた。だが、非情にも積み重なった民の幸せが崩れるのはいつも予期せぬときだ。それがジップタックという集団の仕業であると、我々が断定するまでには、時間がかかった」
ラグナの声は淡々としていたが、その奥には抑えた怒りのようなものが滲んでいた。
「始まりは、街の子供や女性が行方不明になる事件だった。そして、次第に商人や職人、貴族の家族までもが姿を消すようになった」
ルスは袖口を軽く握ったまま、ほんのわずかに力を込めた。
アルドは腕を組み、わずかに顎を上げながらラグナを眺めていた。その目には、何かを測るような色が宿っている。
「当初は単なる誘拐や失踪事件として処理されていたが、後に彼女らの行方を知ると名乗る集団が現れた。それがジップタック。彼らは民を強制的にzipファイルに圧縮し、解放させるために多額の金銭を要求する。非常に汚いやり方だ」
ルスが俺を見たが、俺もすぐには言葉を返せなかった。
ふざけた話のように聞こえるが、ラグナは真剣そのものだった。
「最初の内は我々も総力をあげてこの組織を撲滅しようとしていた。その頃はまだ民からの信頼も厚く、ジップタックに関する情報も多く寄せられていた」
ラグナは一瞬、視線を落とすと、指先で机の縁をゆっくりとなぞった。
「だが、それが気に食わなかったのか、あるときジップタックは我々に牙をむいた。それは――軍の兵舎を圧縮し、莫大な金銭を要求する、という形でな」
ルスの呼吸が浅くなったのがわかった。
「軍の兵舎!?」
アルドは何も言わず、ラグナの表情をじっくりと観察していた。
軍の兵舎……ノードフォートに足を踏み入れたとき、僅かに感じた人気の無さ――こういうことだったのか。今になってようやく点と点が繋がる。
「その瞬間、すべてが崩れ落ちるのを感じた。軍でさえもジップタックの意のままというのが知れ渡り、それと同時に民からの信頼を失った。以降、民はジップタックのことを恐れ、誰も情報提供をしないどころか、その名を口に出すことさえ慎むようになった」
ラグナの言葉が落ちる。
室内には、沈黙が広がった。
軍が壊滅的な被害を受け、その事実すら公にできず、ただ民の恐怖と沈黙が広がっていった。
それが、ノードの現状なのか――。
ルスは腕を組みかけ、途中でやめた。そのまま、指先で袖を軽く摘む。
アルドは表情を変えないが、何かを考えている。
ラグナを見据えながら口を開いた。
「つまり、ジップタックはただの犯罪組織じゃない。街の支配そのものを目的に動いている可能性もある、ということか?」
「その通りだ」
室内の空気がじわりと重くなり、誰もが無言のまま息を潜めた。
「この通り、民からの情報提供は久しぶりだ。だから聞ける限りのことは是非とも聞かせていただきたい。私たちも民の信頼を取り戻せるよう尽力したい」
彼女の言葉は穏やかだったが、その奥には焦りが見え隠れしているように感じた。
「久しぶり、か……」
小さく呟いた。久しぶり。
それだけ、軍は長い間孤立していたということだろう。
ジップタックを恐れる者が増えたことで、必然的に軍に入り込む民からの情報も少なくなった。
「それって……僕たちの報告が、軍にとってかなり重要なものになるってことですよね?」
ラグナは慎重に頷いた。
「その通りだ。君たちが目撃したことは、今後の軍の方針を決める上での貴重な材料となる。だからこそ、細かいことでも思い出せる限り話してもらいたい」
「こちらとしても、話せる範囲でお応えしますよ。ただ、軍としての立場からは、私たちがどこまで信用されているのか気になるところですがね」
アルドの言葉には軽い調子が混じっていたが、その視線は油断のないものだった。ラグナもまた、彼の目をじっと見据えたまま、すぐには答えなかった。
室内の空気がさらに冷たくなる。
「君たちは街の外部からやって来たのだろう。そこで一つ聞きたい。この街のどこかでもしくはここに来るまでで変わったものを見てないか?」
ラグナの問いに、俺とルスは無意識に顔を見合わせる。
変わったもの――。注意してれば分かったことがあったのかもしれないが、街の住民以外にこれといった異変の記憶はない。
「……特には思い当たらないな」
「宿の消失や、住民の反応が異常だったことは確かですけど、それ以外となると」
「ふむ」
ラグナは指を組むと、静かに考え込んだ。
「やはり、有益な情報は限られるか」
「いえ、待ってください。記憶していることがあります」
アルドがふと思い出したように声を上げる。
「ノードに向かう途中で、妙な男を見ました。はっきりとは言えませんが……ダイヤの模様が入ったアイマスクのようなものをつけ、やけに大きな白い着物をまとっていて――」
「今の話、もう一度言え!」
ラグナの声が僅かに低くなった。
アルドは軽く肩をすくめる。
「ダイヤの形のアイマスクベールをつけた男です」
ラグナは眉を寄せ、考え込むように視線を落とす。
アイマスクベール、目元に付けるベールのような布か。
「それは本当か?」
言葉の端に、抑えきれない感情が混じる。
「どうしたんですか?」
ラグナは問いかけに答えず、目を伏せ思考を巡らせている。
アルドはあくまで冷静を装い、静かに言葉を続ける。
「ノードの街門付近でした。私が街に入る前、道の端に立っていました。特に何かをしていたわけではありません。ただ、こちらを見ていたんです」
「見ていた、とは?」
ラグナが顔を上げる。目は鋭く、そして何かを確かめるような色が宿っていた。
「ええ。ずっと。目が合っても、動こうとしなかった」
室内の温度が一気に下がるような感覚があった。
ラグナは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「……それはおそらくジップタックのリーダー"シュアック"だ」
「!?」
ラグナは頷くと、指を組み直し、俺たちを順に見回した。
リーダーだと? 妙だ。人々に害をなす組織の中枢にいるような人間が、そんなに無防備に姿を晒すものか?
考えすぎかもしれない。
だが、どうも引っかかる。
「寄せられた証言と一致する。ダイヤのアイマスク、大きな白着物――ジップタックの中枢の人間だろう」
彼女は言葉を切り、机の上の書類を見つめる。
一番上の書類にはアルドの言った男と思わしき絵が添えられている。
「目撃はずいぶん前になるがでかしたぞ、お前、名前は何という」
「アルド・グレインです。ご自由にお呼びください」
アルドは軽く会釈しながらも、どこか飄々としていた。
「よし、アルド、私をその場所まで案内してくれないか?」
ラグナの言葉に、室内の空気がわずかに変わる。
「何か痕跡が残っているなら、今のうちに確認しておきたい」
「もちろんですとも、喜んで」
俺はラグナの真剣な表情を見ながら、考える。
ジップタックのリーダーが本当にいたといいが、なんだか話が随分出来すぎている。
ルスが俺をちらりと見る。
「レインさん、どうします?」
「ルス、お前は留守番だ。俺も同行する」
「ええ、僕はお留守番!?」
「仕方ない、少し辛抱していてくれ」
「赤髪、お前も同行するだと?」
「ああ戦いには自信があってな、武器さえ貸し出してくれれば戦力になれる」
「分かった、いいだろう」
ラグナは立ち上がり、手短に指示を出す。
「では、すぐに出る。念のため、護衛を数人つける」
俺たちは互いに視線を交わし、静かに頷いた。
事態は、確実に動き出していた。
◇◇◇
「この先を進んでいったところです」
アルドが前を歩きながら、淡々と説明する。
ノードの街門を抜け、しばらく進んだ場所。
見通しのいい道の端に、アルドが見たという"男"は立っていたらしい。
ラグナは足を止め、辺りを見渡す。
「ここか」
周囲には、特に目立ったものはない。
人通りはなく、監視の目を気にするにはうってつけの場所だった。
むしろ、あまりに何もなさすぎる。
コイツ、まさか。
「本当にここで男を目撃したのか?」
ラグナが護衛の兵士たちに命じ、周囲の地面を調べさせる。
しかし、痕跡はどこにもない。
だが何かが違う。そう気づいた瞬間、足元の地面がわずかに沈んだ。
兵士の一人が踏みつけた地面が沈み、そこからピンと張った糸が現れ、木々の死角に隠されていた巨大な鉄槌が唸りを上げ飛び出してきた。
「やはりか!!」
兵士が反応するよりも早く、横合いから飛び込んで兵士を突き飛ばす。
その直後、ハンマーが彼の立っていた場所を強打し、地面がえぐれ、土煙が舞い上がる。庇った勢いで、仰向けに地面へと倒れ込む。
視界がまだ揺れる中、土煙の向こう――アルドがいた方向で、何かが弾けるように飛んだ。
「あれは……?」
目を凝らすと、それは薄っぺらいファイルだった。
フリスビーのように宙を舞うソレは、突如として光の粒子に分解された。
一瞬だけデータコードが宙を走る。0と1の行列が淡く光り、それが合わさったかと思えば、大岩へと変貌し大地に影を落とす――!!
アレは解凍!?
「各々身を守れ!
巨大な岩が上空で轟音を響かせながら砕け散る。
爆風と砂塵が巻き上がり、視界が一瞬遮られる。
咄嗟の判断で全滅を回避することはできた。
砂塵の中、素早く身を起こし、周囲を確認する。
そして、見つけた。
「見事な判断、実に素晴らしい」
静寂。
俺の視線がアルドを捉えた。
「正体を現したな――アルド」
「おやおや、レインさん、怖い顔しないでくださいよ」
軽口を叩くが、その目はいつもの商人のものではなかった。
静かで、鋭く、どこか挑発的な光を宿している。
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