どんぐり目のアンダーグラウンド
第06話『ノードフォート』
- 作者
- どんぐり目@相互フォロー
- このエピソードの文字数
- 4,408文字
- このエピソードの最終更新日時
- 2025年4月14日 17:55
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宿の前に立った瞬間、全身が固まった。
宿が消え失せた。
そこにあったはずの建物は影も形もなく、ただの空き地が広がっている。
崩れた残骸すらない。
異様なほど平坦で、不自然に均された地面。
まるで誰かが、そこだけ切り取って持ち去ったかのように。
「宿が、跡形もなく……」
「建物ごとってか、やってくれるじゃねえか」
声に出してみたは良いが、現実感がない。
思わず地面に触れる。砂利の感触が冷たく、まるで誰かがピクセル単位でデータごと削除したかのような滑らかさだった。
「何かの間違いかもしれない。ひとまず情報を集めよう」
「た、確かに。まずは聞き込みからですね」
落ち着け、レイン。
きっとなんとかなる。
周囲の住人に聞き込みを開始する。しかし——
誰も口を開こうとしない。
「そんな宿、ありましたっけ?」
「さあな、知らねえよ。ほらどっか行った行った」
男は唇を噛み、目をそらして走り去った。
すれ違いざま、小声が耳に入る。
ジップタックの影が街を蝕んでいる。
こんなことまでやってのけるのか、ジップタックって奴らは。
武器もあり金も全部、宿屋に置いてきていた。
焦燥感がじわじわと喉元を焼く。宿ごと消えたという事実に加え、まともに証言をする者がいない状況がさらに苛立たしい。
その時だった。
「——おや?」
突然の声に振り向く。
街のざわめきが遠のき、そこだけ静寂が落ちる。
「お二人も宿に泊まられていたんですか?」
突然の声に振り向く。そこには、小太りの男(105KB)がじっとこちらを見ていた。
ずんぐりとした体格で、どっしりとした佇まい。サイズがピッチピッチの茶色の外套をまとい、肩からは革の鞄を提げていた。
眼鏡の奥の視線が、品定めするようにじっくりとこちらをなぞる。
「私はアルド・グレイン。商人をやっている者です。昨日からここの214号室を取っていたのですが……見た限り、どうやら、同じ境遇のようですね」
「ああ、見ての通り、宿が跡形もなくなっててな。俺はレイン。そしてコイツはルスだ。ひとまずよろしく頼む」
俺が軽く頷くと、アルドもつられるように同じ動きをした。
「214号室? あ、それ、僕の部屋の隣じゃないですか」
「おやおや、なんたる偶然。これも運命に違いありませんね、ははは」
「偶然のご近所挨拶ってことか」
いやに話が噛み合いすぎる。だが、今はそれを気にしている暇はない。
アルドは顎に手を当て、考え込む。
「不思議なもんですねぇ。普通なら大騒ぎになりそうなものを、みんなずいぶん静かで」
「確かに……まるで、ここに宿なんて最初からなかったみたいですね」
「ジップタックが絡んでるなら、住人が口を閉ざすのも納得だな」
俺が低く言うと、アルドが眉をひそめた。
「失礼存じ上げますが、ジップタックとはですかな?」
「知らないのか?」
「ええ、ほんの一週間前にノードに足を踏み入れたばかりで」
アルドは一瞬、口を開きかけたが、何かを飲み込むように軽く唇を引き結んだ。
知らないというのなら、手短に説明しておく。
ジップタックがこの街でどういう存在なのか、どんな影響を及ぼしているのかを話した。
「そういったことなら、軍が動いてくれるかもしれませんね。助けを求めるなら、ノードフォートが妥当でしょう」
「ノードフォート? それって?」
「ああ、この街の治安を維持する軍の駐屯地ですよ。こういう時こそ、頼るべきところじゃないですか?」
この街における治安管理を担う軍組織か。
確かに、ジップタックの仕業ならば、軍が何かしらの対応を取る可能性は高い。少なくとも、このまま手をこまねくわけにはいかない。
「ルス、行くぞ」
「ほ、本当に行くんですか?」
ルスはわずかに眉を寄せ、俺の顔をじっと見つめた。
「信用していいんですか? もしもジップタックと繋がっていたら……」
ルスは一瞬、唇を引き結び、それから低く呟いた。
俺が何も言わないと、彼はちらりと俺を見上げ、そして俯く。
「やっぱり行くしかないですよね」
「私も、同行していいですか?」
唐突なアルドの申し出。
「お前も行くのか?」
「ええ、私も同じ宿に泊まっていましたし、何より荷物をすべて持っていかれましたよ。いやはや、宿ごと消えるとは……一体どういう仕組みなのやら」
アルドは肩をすくめ、口元だけで笑った。
「さあ、行きましょうか。ノードフォートへ」
アルドは薄く笑い、すっと歩き出した。
導くように、一歩、また一歩と軽く、慣れた足取りで。
まるで、この道が最初から決まっていたかのように。
◇◇◇
「あれがノードフォート……軍の拠点って言うから、もっと城みたいなものを想像してました」
地面は舗装された道から硬く乾いた土へと変わった。
進むにつれ、レンガ造りの四角い建物が見えてきた。壁にはところどころひびが入り、補修の跡が雑に残っている。装飾はなく、機能性だけを優先した作りだ。
ここがノードフォート(12KB)か。
「おい、そこの三人。止まれ。そして要件を述べろ」
正面には鉄製の門があり、その前に衛兵が二人立っていた。
槍を構えたまま、こちらを見つめている。表情は硬く、警戒の色が濃い。
「いいえ、私たちは決して怪しいものじゃありません。宿を失い、軍の助けを求めに来た者です」
アルドが一歩前に出て、穏やかな声で応じた。
彼は手を軽く上げ、疑われる謂れがないと証明する。
しかし、衛兵の目はじっと俺たちを射抜いたままだった。
「宿を失った?」
「左様でございます。ノードの《黄金回路亭》という宿をご存知でしょうか?」
アルドはそう問いかけたが、衛兵の反応は鈍い。
二人は無言で目を合わせると、一瞬だけ視線をずらした。
「あの商人向けの宿か。施設の規模はそこそこだが、利用者は多かった。特に夜は商人たちが酒を飲みながら交渉していたのを見た記憶がある」
ルスは目を丸くした。
「えっ、街の人達はあんなに怯えてたのにあっさり答えてくれるんですね……」
小さく漏れた言葉には、困惑が混じっていた。
街の住人は怖がっていた。
ジップタックの存在があるからこそ、宿の話題に触れようとしなかった。
だが、軍の衛兵は違う。警戒はしているが、隠すつもりはないようだった。
衛兵はルスの反応に気づいたが、何も言わずに槍の柄を軽く地面についた。
「今度はそこも消えたとはな」
何気ない呟きのようだったが、耳に引っかかった。
「案内しよう。ただし疑いのかかる行為をした場合は容赦なく切りかかる。それから我々と一定の距離感を持って進むように」
抑揚のない口調だったが、わずかに刺々しさが混じっていた。
単なる警戒というより、何か別の理由があるのかもしれない。
衛兵たちは訓練された動きで門を開けた。
俺たちの前後に衛兵二人が配置され、完全に監視の態勢を取られる。
護衛というより、鎖をつけられる囚人のような扱いだった。
門を越えた瞬間、音が消えた。
空気が張り詰め、肌を刺すような静寂が広がる。
「人が全然いない、何かあったんでしょうか」
「確かに人が少なくて不自然ですねえ」
「余計な詮索をするな、口を慎め」
アルドも辺りを見回しながら、軽く相槌を打つ。
違和感は俺も感じていた。
軍の拠点である以上、警備の兵士や事務作業をする人間がいてもおかしくない。
だが、見渡す限り、人の姿はほとんどない。
何かあった時のために備えておこう。
俺も俺とて簡単に警戒をほどくわけにはいかない。
「この中に入れ、今から怪しいものがないか荷物検査を行う!」
先導していた衛兵が声を張り上げた。
予想はしていたが、ここまで厳重とはな。
俺たちは言われるがまま、指定された区画へと足を向けた。
設置された検査所には、すでに別の兵士が待機していた。
槍を構えたまま、こちらを睨むように立っている。
「三人に分かれろ。赤髪の男、お前はこっちで検査を行う。動くな、変な真似をすれば、直ちにその場で斬る」
軍の施設である以上、厳格な対応は当然だろう。
草むらの上に軽く荷物を振り落とした。
といっても荷物を置いていた宿ごと消滅したから、持っていたのは少しの金が入った財布と宿の部屋のキーだけだった。
「ふむ、これだけか。武器はないのか?」
「ああ、宿ごと消えたからな」
兵士が無表情のまま、荷物を見下ろす。
周囲の空気は冷え切っていた。
「レインさんも、ほとんど持ち物がなかったんですね」
ルスが検査を終えて俺の近くまで歩み寄ってきた。
彼もまた、宿に荷物を置いていたため、手ぶら同然だったらしい。
「まさか、宿が消えるなんて思ってなかったしな」
「ですよね」
ルスは小さく息を吐いた。
それ以上は言わず、改めて周囲を見回す。
少し離れた場所で、アルドが荷物を広げているのが目に入った。
商人らしく、彼の持ち物は多い。
布袋をいくつも並べ、兵士たちが一つずつ中身を確認していた。
袋の中からは、各地の貨幣が入った小袋、紙束にまとめられた商業記録、
いくつかの香辛料、金属製の留め具が付いた革手帳、そして細身の短剣が一本。
「護身用ですよ。旅をする商人が丸腰というのもありえませんからね?」」
特に取り繕った様子はなかったが、口調が妙に軽いのが気になった。
「了解した、ひとまずこの剣はノードフォートを出るまで預からせてもらう」
淡々とした口調だったが、わずかに念を押すような響きがあった。
アルドは肩をすくめ、気にしていない風を装ったまま小さく頷く。
「ええ、構いませんよ」
兵士たちは荷物の中身を再確認し、ひとつずつ袋へ戻していく。
やがて、全ての確認が終わると、検査を担当していた兵士の一人が言った。
「不審物はないと判断した。指示に従い、個室へ案内する」
「個室って……取り調べ?」
「事情聴取を行うって感じだろう」
先導する兵士の後に続き、俺たちは細長い廊下を進んだ。
外よりは暖かいが、どこか閉塞感がある。
壁に取り付けられた灯りが揺れ、足音だけが響く。
「こっちに来い」
兵士の後に続き、細長い石造りの廊下を進んだ。
外よりは暖かいが、どこか閉塞感がある。
壁に取り付けられた灯りが揺れ、足音だけが響く。
「入れ、隊長を待たせている」
案内された部屋は、軍の施設らしからぬ応接間のようだった。
中央には木製の重厚な机が置かれ、その周囲には背もたれの高い椅子が並んでいる。壁際には簡素な棚があり、賞状やトロフィが整然と収められていた。
「ノード治安管理第二部隊隊長、ラグナ・オーレだ」
その部屋の中央の椅子に、一人の女性が腰掛けていた。
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