あとがき


 「POISON&FOREST ―神なきDOLLの探偵団―」のあとがきを書くに辺り、最初に申し上げておかなければいけないことがあります。

 私は、自分自身が登校拒否をした経験がありません。いじめには遭いましたが、当時の私には何故か「学校に行かない」という選択肢は頭に浮かばなかったようです。挫折を経験したのは大学を出て、社会人になってからです。

 私が配属された部署は毎月200時間以上の残業があり、休日出勤や泊まり込みも珍しくなく、同僚は皆、身体のどこかを患っていました。過酷でしたが、やりがいのある内容で裁量も与えられており、私は自分の仕事に誇りを持っていました。そこが私の戦場で、同僚は戦友だと思っていたんです。しかし、決して丈夫とは言えない私の身体は残業に耐え抜くことができず、体調を崩し、ある日人事部長に呼ばれ、プロジェクトの途中での異動を宣告されました。人員の補充は遅れ、私が抜けた分の負担はそのまま同僚に押し付けられて、数ヶ月で別の同僚も倒れました。

 異動先の部署で私がとった態度は、今振り返れば最低でした。異動を受け入れられず、元の部署に戻してくれ、最後まで戦わせてくれと何度も人事部に嘆願し、周囲の人達に(私を本当に心配してくれた人にさえも)当たり散らした末さらに体調を悪化させ、そこで一度目の休職をしました。休職中に書いたのが、この小説です。

 物語の核になる「伝えたい思い」は、もしかすると作者が自分で体験したことしか書けないのかもしれません。私がこの小説にぶつけた思いは「悔しさ」でした。

 戦い抜けなかったこと、同僚を裏切ったこと、自分の力ではどうにもならない現状、会社と、そして今の最低な自分への悔しさ、怒り、無力感。

 だから、「本当の登校拒否はこんなものじゃない」と言われたら私には返す言葉がありません。主人公を社会人でなく高校生に、本作を学園ミステリーにしたのは、ラノベ新人賞に応募したかったから、というのもありますが、休職中に友人から教わったあるノベルゲームのブランドに強く惹かれたからです。Keyです。


 Keyブランドに代表されるノベルゲームは俗に「泣きゲー」と言われますが、泣きゲーとミステリー小説は実は凄く相性が良いんです。日常パートに張り巡らした伏線をシリアスパートで顕在化させクライマックスで解決させるという手法が同じです。

 その友人は、「Keyの泣きゲーでは、日常パートのどんなギャグシーンも無駄にならない。後で涙に変換されないボケやギャグは無い!」と言い切っていました。

 どういうことかというと、例えば季節外れの食べ物を食べたがるヒロインがいて、日常パートではヒロインのボケ要素として笑いのネタになる。ところがシリアスパートで、実はそのヒロインは難病を患っていて余命僅かであり、好物が旬になる季節まで生きていられるかわからないから食べていたことが明かされる。

 例えば家中の刃物を上着の胸ポケットに管理していて、日常パートのギャグシーンでことあるごとにそれを主人公に投げ付けてくる凶暴な女性がいるのですが、シリアスパートではその女性の妹(ヒロイン)が過去に自傷行為をしたので、それを防ぐために家中の刃物を持ち歩いていたという真相が明かされる。

 日常パートでギャグだったエピソードが、全て涙腺に跳ね返ってくる。悲しみと感動が増幅される。

 また、物語の中盤で主人公達がそれまで何気なく享受してきた愛や友情が揺さぶられる何かがおきて、それまでの仮初の日常は壊れてしまうんだけど、主人公達の強い意志で今度は本当の絆を築くというような流れも、恥ずかしながら私のそれまでの作風には欠けていたものでした。

 結局私は、Keyのリトルバスターズ!まではクリアしましたが、その友人に勧められた最新作Rewriteは未だにプレイできていません。中身を知らないからこそ、自由に書けたのかもしれないと思います。「緑と文明の共存を掲げる緑化都市を舞台にした学園部活ミステリー」一目瞭然ですが、清涼感に溢れたRewriteのキャッチコピーが、この小説の世界観を決める上で大きく影響しました。


 緑化都市という舞台については、ただ緑が沢山植わっているだけの街ではなくて、私はもっと人工的なものを連想しました。自然と科学が融合するもの、自然エネルギーやバイオテクノロジーです。

 お台場の東京ビッグサイトで開催されている環境技術の見本市「エコプロダクツ」に行って、企業や研究機関のブースで最新技術を見て歩き、資料集めをしました。執拗にメモや写真をとるので、業者と勘違いされました(汗。そうやって調べたことのうち、小説に使えたのは10分の1未満だと思います。私の率直な印象としては、自然エネルギーはバラ色の科学として語られていましたが、その華々しさの一方で、非効率なものだと感じました。メインのエネルギー源が奪われるような事態があって必要に迫られなければ主流にはならないだろうと。

 東日本大震災による原発の稼働停止で自然エネルギーが脚光を浴びるのはその翌年のことで、当時の私が考えた事態は、日本が制海権を奪われることでした。

 当時、日本の領海に侵入した某国の漁船が、海上保安庁の巡視船に故意に衝突する事件が起きたばかりでした。逮捕された船長は何故か釈放され、衝突の映像も流出するまで国民に隠された。それまで当り前のものだと信じてきた民主主義国家の価値観が、大国の力を前に脆くも崩れ去る様を目の当たりにしました。

 普通、近未来を描いたフィクションは時間が経つと的外れなものになりがちですが、本作で描いた未来の危機は、構想から5年以上が経った今も全く的外れではないように感じられます。

 また「DOLL:Diversified Optimal Learning Lady」という設定は、本作以前に私が執筆した「狼の翼」から引き継いだものです。「狼と翼」について簡単に触れると、「兵器として生まれてきた人形の少女が、紛争地域で大国の思惑や組織の陰謀に翻弄され戦うことを強いられる」というもので、友人からRewriteを教わっていなかったら、この小説も前作と似たような作風のSF軍事サスペンスになるはずでした。


 次にミステリーと言われると、私が真っ先に思い浮かべるのがアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロです。幼い頃にデイビット・スーシェ主演のドラマにはまったのがきっかけで、中学からは原作を読み、大学受験の直前は塾のプリントの裏にポアロの二次創作小説を書いて現実逃避をするほど、とにかくポアロが好きでした。

 私がポアロの面白いと思ったところは、普通の推理小説みたいに証拠を集めてトリックとかアリバイ工作とかを解明していくよりも、関係者たちとの会話による心の解明を重視している点です。

 「安楽椅子探偵」にカテゴライズされている割には、ポアロはよく歩きます。けれどそれはあくまで、事件に関係する人々と話をするためです。

 犯人でなくても、また事件と直接関連ないことでも、誰でも触れられたくないことがあって聞き込みの中でポアロに嘘をつきます。しかし、たとえ嘘をついていても長く会話をしていれば必ず性格や考え方といったその人の本質をさらけ出さずにはいられない。ポアロの本を読んでいて私がいつも驚かされたのは、事件とは直接関係の無い人々の秘められた過去や感情まで、時にやり過ぎじゃないかと思えるくらい徹底してポアロが暴いていくところでした。

 特に年代が進み物語が成熟していくにつれ、事件そのものの解決は主題ではなくなり、とりわけ語り手の助手ヘイスティングスがいなくなってからの三人称形式の巻は、推理小説というより人間ドラマの様相を呈していました。

 私の未熟な筆で偉大な名作に億分の一も近付けたとは思えませんが、この小説でも主人公は学園の内外で事件に関わる少女達一人一人と会話していく中で、彼女達の心に触れることになります。そこにあるのは大人達の理不尽に翻弄される少年少女の青春であり、暴かれるのは怒りであり、誰かを想う気持ちであり、そして悲しい復讐です。


 本作は残念ながらラノベの新人賞に受かりませんでしたが、それでも私にとって当時の全力を振り絞って書き上げた作品であることに変わりはありません。「エコプロダクツ」も取材しましたし、古巣の大学図書館にこもって文系の私にはチンプンカンプンの資料を必死に読み漁りました。屋久島ロケには行けませんでしたが、福岡には実際に足を運んで「作中で空襲しちゃってごめんなさい」と街の人達に内心謝りながら屋台でラーメンを啜りました。

 夢中で取り組んだ日々は、私の創作活動にとって大きな糧になったと思います。

 末筆ではございますが、Key、アガサ・クリスティー、タイトル及びストーリーの一部に影響を受けている遠藤周作の「海と毒薬」、私を形づくった数多の創作への敬意、本作の着想を与えてくれた友人、支えてくれた人々への感謝の念を申し上げたいと思います。そして改めて、本作をお読み下さった読者の皆様、本当にありがとうございました。

 また新しい小説でお会いしましょう。


 如月真弘

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

POISON&FOREST ―神なきDOLLの探偵団― 如月真弘 @mahirokisaragi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ