第六章 リリトの学園生活

「これがハイスクールの制服か」

 赤いチェックのスカートに、同じ柄のタイ、リリトは袖を通してみた。バスルームの鏡で自分の姿を見る。

「いいじゃん!」

 リリトはゼッハと共に同じ勉強をしてきたが、学校に通った事はなかった。それ故に、学校という物にリリトは憧れを持っていた。

 制服を脱ぐと、綺麗に畳んで、パジャマに着替える。明日は初登校なので早く寝る事にした。

 ベットに入ると、リリトはすぐに眠りについた。

 自分が思っていた以上に一日で疲れた。リリトは夢を見た。

 それはアーベルの最期を看取った時の夢。

「アーベルパパ……」

 やせ細ったアーベルの手を握り、リリトは涙を浮かべて、アーベルを呼んだ。

「私を父と呼んでるくれるお前とゼッハ、私は昔、お前とお前の友を奪った。そして、ゼッハに何度も辛い想いをさせた。こんな私をお前達は看取ってくれるのか?」

 ナナは頷いた。

「私は貴方に感謝してます。もういいんです。お父さん。もう安らかに……」

 アーベルは優しい笑顔で、ゼッハとリリトの手を握り逝った。

「朝か?」

 リリトは何故、今更あんな夢を見たのか分からなかった。

 洗面所で顔を洗うと、髪を括った。いつも通りのポニーテールにしたが、今日はサイドテールにしてみた。

 そして、制服を着ると鞄を取り出し、筆記用具と財布を入れた。

「完璧だなぁ!」

 くるりと一回転して、リリトは満足そうに頷いた。

「朝御飯!」

 朝食はバイキング形式、野菜を中心に、リリトは沢山食べた。食事を済ませると、フロントに鍵を渡し、学校に向かう。

 まだ六時前の朝は初夏でも涼しかった。陸緒と一緒に学校に行こうかと思ったが、まだ陸緒が寝ていたら悪いと思い、リリトは一人で初登校した。

 学校の正門の前にたどり着くと、何やら声が聞こえてきた。

「朝早くからスポーツしてる」

 きょろきょろと見渡すと、リリトは大きなホールを見つける。

 そこを覗くと、バスケットボールを行う男女達。

 リリトはそこに入ると、その風景を眺めていた。

「貴女、入部希望者?」

 ショートカットの、活発そうな女の子に話しかけられた。

「ん? 見てるだけ、わっ」

 ボールを渡されると、女の子は笑った。

「シュート打ってみなよ」

 ドリブルを何回かすると、リリトは低姿勢でゴールに向かった。

「えっ……」

 少女の隣で突風が巻き起こる。手に吸い付くようにボールを扱うリリトに感嘆の声を上げる生徒達、ゴールの真下まで来るとリリトは垂直に飛んだ。

「高い!」

 周りで練習をしていた生徒全員が、リリトを見る。

 手に吸い付くようなボールをすくい上げるように、片手でダンクシュートを決めた。

「すごい! すごいよ君」

 リリトの周りに人だかりが出来る。

「バスケ部に入部してよ!」

 入部希望書をリリトに渡した。

「う~ん、考えとくよ」

 リリトはバスケ部に手を振ると、体育館を出た。外でも色んなスポーツを行っている学生がいたが、見学してまた注目を浴びるのも気が引け、校内を探索する事にした。

 ダンスを踊っている生徒、合唱をしている生徒、パソコンのキーボードを激しく叩く生徒達。

「色んな部活があるんだなぁ」

 リリトは不思議の国に迷い込んだように、何を見ても新鮮だった。ふと、何かが聞こえる。

「ん?」

 ピアノの音色であった。

 リリトは音色が響く部屋のドアをそっと開けた。一人の少女がリリトが入ってきた事も気づかずに、ピアノの演奏に浸っていた。終曲し、リリトは拍手を送った

「えっ……誰?」

「私はリリトだ。ビィバルディか、良い演奏だった」

「私は高槻めぐ、ありがとう。でも、全然評価されないんだ」

 リリトはめぐの隣に立つと、鍵盤を指で撫でた。

「ショパン弾いてみてくれよ?」

 リリトは青い瞳でウィンクすると言った。

「ショパン?」

「子犬のワルツがいいな」

 近くの椅子に座ると、頬に手を当ててリリトは言った。リリトの仕草を見て、口元を緩めるめぐ、息を軽く吸うと、指を滑らせた。

「……あれ?」

 めぐは普段よりも思うようにピアノが弾ける。

 不思議な感覚、普段は演奏に意識が持って行かれるのだが、今日はそうじゃなかった。指を踊らせながら、視線をリリトに向けた。リリトは目を瞑り、ヴァイオリンを弾くような動作をしている。

 演奏を終えると、優しく鍵盤から指を離す。

「リリトさん」

 リリトは余韻を楽しむように、ゆっくりと目を開いた。

「ここ数年で、聞いた演奏の中では最高だったよ。トーンハレでも、めぐの演奏なら人の心を振るわせるね」

 椅子から立ち上がると、リリトはめぐにそう言った。

「そんな事」

「私もヴァイオリンが弾きたくなった。今度一緒に弾こう。じゃあ、私は入学手続きがあるから」

「うん、また今度ね」

 めぐは手を振りながら、リリトが教室を去るのを見送った。

「8時に職員室に来いって言ってたな」

 廊下を歩き、職員室を探した。

 すれ違った生徒に尋ねた所、一階にある事を教えてもらった。

「ダンケ ……じゃなくてありがとう」

 漢字で職員室と書かれた部屋の前に来ると、リリトはノックをした。

「失礼する!」

 扉が開かれると、黒いジャージを着た教師と思われる男が現れる。

 一瞬、怪訝な顔をしたが、すぐに笑顔になった。

「あーえっと。ぷりぃずうぇいと! おーい、平塚先生」

 ジャージを着た先生がそう言うと、優しそうな女の先生が、リリトの前に立った。

「リリトさんね」

「はい、これから一ヶ月。宜しくお願いします」

 胸に手を当てると、リリトは凛とした表情で言った。

「そんな硬くならないでいいのよ」

「いえ、私の保護者からも言われてます。先生は教官のようなものだと」

「保護者って、ゼッハさん?」

「はい」

「面白い方よね」

 口に手を当てると、ふふっと平塚は笑った。

「ナナが何か?」

「リリトさんは子犬みたいだから、よく躾けてくださいって」

 顔を真っ赤にして、リリトは手で顔を隠した。

「そんな事を……ばか」

「でも、リリトさんは軍でしっかりしたマナーを覚えてるから、逆に日本の学生を見せるのが気が引けるは」

 平塚先生はリリトを連れて、教室に向かった。

 少し扉の外で待つよう指示され、平塚先生は教室に入った。数分後に、平塚先生に教室に招かれる。

「では、リリトさん入って」

 リリトが入った時、歓声が響き渡った。

「可愛い!」

「顔ちぃさい」

「目の色左右で違う。カラコン? 超綺麗!」

「日本語喋れるのかな?」

 ざわざわした中、平塚先生が一括する。

「ほら皆、静かに! リリトさん挨拶出来ないでしょう?」

 黒板の前に通されると、平塚先生がカタカナでリリトの名前を書いた。

 すうっと、大きく息を吸うとリリトは挨拶をした。

「私はリリト・イマリ・デーラだ。日本の滞在は二ヶ月間だが、宜しくたのむ。ドイツ軍では装甲部隊に所属している。このクラスの伊万里陸緒は私の遠縁で親友だ。あと何人か日本に来て、知り合った奴もここにいる。仲良くしてくれ」

 歯を見せて笑うリリトと、その口調に女子が可愛いコールを連呼した。男子もリリトの整った顔と、小柄ながら美しいスタイルに釘付けになった。

「じゃあ、伊万里くんの隣の席に座ってもらいましょう」

 リリトの学校生活が始まった。

 リリトのクラスの生徒達は、リリトが勉学、芸術、運動面、全てにおいて他の追随を許さない程、優秀である事を目の当たりにする。

「陸緒。学校は楽しいな」

 数学の問題をスラスラと解きながらリリトは言う。

「リリトおね……リリトはすごい頭いいんだね?」

「ん? 陸緒だって全部出来てるじゃないか」

「僕は予習とかしてるから」

 四限終了を知らせるチャイムが鳴ると、女子がリリトの周りに集まった。

「リリトちゃん、一緒にお昼食べよ!」

 クラスの中心的存在の女子、木崎ゆかが笑顔でそう言った。

「伊万里くんもさ、色々教えてよ。リリトちゃんの事」

 リリトは菓子パンや弁当箱を持っている生徒達を見て理解した。

「お昼御飯……ない。忘れた」

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