第六章 リリト日本へ

第六章 サーガ

『語り』

 僕は今普通の子供として生活が出来ている。それにはお話上手の魔女と泣き虫だけと優しいその使い魔のおかげだ。小学校の勉強を取り戻す事は大した事はなかったんだけど、身体がまともに動かせるようになるのには随分時間がかかっちゃった。

 二人は僕の英雄で憧れの人なんだ。とっても嬉しい事を僕は知った。お婆ちゃんの家に行った時家系図を見つけたんだ。

 そこには伊万里信玄いまりしんげんの名前があった。僕の頭じゃ気絶しちゃうような大学を主席で卒業して、ドイツで結婚してから音信不通、その後飛行機事故で無くなってしまった僕のお婆ちゃんのお兄さんだったんだって。

 僕は魔女と血縁者だった。

 僕の世界一大好きな物語の主人公が僕の従姉だった事には感激を隠せなかった。僕は二人の物語を沢山の人に伝えたいと思って本を書いてるんだよ。

 僕はすごい頭がいいわけじゃない。すごい強いわけでもない。何も才能なんてものはなかったのかもしれない。稚拙かもしれないけど、僕は書く事にしたんだ。それを話したら近所に住む売れない小説家の先生も手伝ってくれるってさ。

 それとさ。

 僕はね。

 物語の中のリリト、ゼッハを守って果てた彼女の事は全然知らない。だけどさ。僕の友達になってくれたリリト。僕にとっては現実のリリトだね。

 最初はお姉ちゃんだった。

 そして、僕はいつか君の事を女性として想うようになってたんだよ。これは墓場まで持って行く僕の内緒の気持ちかな。

 そんな君がまた会いに来てくれるというだけで、ナナ先生に手術してもらった心臓が爆発しそうだよ。

 君との想い出も全て文字に起こして一冊の本を作りたいんだ。

 題名は……

トロイヤーフント・リリトリリトの一生

 君への想いも込めたそれが僕のたった一つの願い。


                 ★


『現在・日本』

「てめー、調子のってんじゃねーよ!」

 複数の男女に、一人の少年が校舎裏で絡まれていた。

「調子にはのってないよ。普通に勉強してるだけじゃないか!」

 凛とした表情で男女に言う少年。

「そういえば、お前昔、大きな手術したんだよな? 傷残ってんじゃないのか?」

「何を……?」

 男子生徒二人に掴まれ、少年は身動きが取れない。

 金色に髪を染めた少年が、身動きの取れないその少年のズボンのベルトに手をかける。

「何するんだ……やめろ!」

 携帯のカメラを向けて面白がる連中の前に屋上から、何かが落下した。

 少年のズボンを脱がそうとしていた連中は、目が丸くなる。

「陸緒! 見ぃーつけた! へっへっへ、日本に来ちゃった」

 真っ白なリボンをぴくぴくと動かし、リリトは周りを見渡した。

「お前等、陸緒に何してるの?」

 両目の色が違う、外国の美少女の登場に、戸惑いながら、その中の不良少女は言った。

「お前何だよ? 伊万里の知り合いか?」

 リリトは少女の言葉を無視して、陸緒を掴む男の手を払った。

「陸緒。説明して? 事と次第によっては、コイツ等皆殺しにするから」

 その言葉に、男子生徒が笑う。

「何? 君? 結構可愛いじゃん」

「私に気安く触るな」

 リリトは少年の腹部を殴ると、気絶させた。

「こいつ何しやがる!」

 他の少年少女を睨み付けるリリトに、陸緒は叫んだ。

「リリトお姉ちゃん! 殺しちゃダメ!」

 リリトはその言葉に従い、少年少女を全員気絶にとどめた。

「久しぶり!」

 リリトより少し背が高くなった陸緒の前に立つと、リリトは微笑んで見せた。

 一気に緊張の糸が解けた陸緒は、リリトに抱きついた。

「うっ、うっ、リリトお姉ちゃん」

「泣くなよぉ、ちょっとだけ、私も日本のハイスクールに通えるんだ。二ヶ月間、陸緒と一緒に暮らして来いってナナがさ」

「先生元気? 久しぶりに会いたいなぁ」

「ナナはいつも元気だよ。よくお酒飲んで、二日酔いになってるけどさ」

 手を繋ぎ、笑いながら帰路についた。

 陸緒の家までリリトは送ると言った。

「私はホテルを予約してるんだ」

「じゃあ、荷物置いたらまた会おうよ。街の案内してあげる」

 手を振ると、リリトは陸緒と別れた。リリトにとって、幸せな時間の始まりでもあった。ゼッハに渡されたメモを見ながら、リリトは駅近くのホテルに向かった。

 ロビーに行くと、年配の女性が鍵をリリトに渡した。

「リリト・イマリ・デーラさんですね。ごゆっくりどうぞ」

「ありがとう!」

 リリトは笑顔を向けると、自分の鍵に書いてある部屋に向かった。

「狭い部屋……」

 ゼッハはかなり広い部屋を予約したつもりだったが、リリトは普段、ドイツの屋敷で寝食を過ごしていたので、日本の部屋は狭く感じた。

「ほふぅ」

 元々、荷物は郵送されていたらしく、部屋に届いていた。

 ベットで大の字になり、引っ繰り返るリリト、周りを見渡してもナナはいない。

 不思議と涙が出た。

「うぅ……こんなんじゃ陸緒に笑われるな」

 涙をゴシゴシと拭き、立ち上がった。

「よし、陸緒が待ってる」

 部屋を出て、フロントに鍵を預けると、リリトは陸緒の家に向かった。道中で私服の陸緒を見つけ、リリトは手を振った。

「リリトお姉ちゃん!」

 少し考えてリリトは言った。

「お姉ちゃんは無しだ! 私は明日から陸緒と同じクラスだからな。私が成長の遅い人造人間だって事を知ってるのは、この日本じゃ政府の連中と、陸緒くらいだからな。私の事は今日からリリトと呼んでくれ」

「分かった。リリトおね……じゃなくてリリト。とりあえず、お茶でもしよっ!」

「うん!」

 陸緒はチェーン店だが雰囲気の良い人気のカフェにリリトを連れて行った。

「ここのフルーツティーは美味しいよ」

 メニューを見ながら、陸緒はリリトに何処に行きたいか、何が食べたいか等を質問した。

「私は陸緒がいればそれでいいよ」

 リリトはウィンクすると、陸緒は震えた。

「リリト……可愛い」

「おいおい、陸緒、撫でるな。一応私はお前より」

 白いリボンをピクピクと動かしながら、リリトはまんざらでもないような表情を浮かべた。それから服を見に行ったり、ゲームセンターで遊んだり、食事は陸緒オススメのスープカレー屋に行った。

 辺りが暗くなり、陸緒の両親が心配し、連絡が入る。

 その様子を見て、リリトは笑う。

「陸緒、家まで送っていくよ」

 手を繋いで、月の見える夜道を歩いた。

「ええっ! リリトがドイツ軍に?」

「まぁね。ナナが海外に行く時は、私もついて行くけど、昔の私を知ってる人が、色々手配してくれてるから。こんな私でも役に立つならってね」

「リリトはこんなじゃないよ。僕の中では、いつもヒーローだよ」

「照れるな」

 頭をかきながらリリトは笑った。陸緒の家に着くと、リリトは手を振った。

「じゃあな。明日学校で!」

「うん、待ってる」

 リリトは塀の上を走った。

 明日から毎日陸緒と会える。塀の底を蹴り、屋根の上に登った。空を仰ぐとそのまま地面に飛び降りる。

「ここは空気が悪いけど、面白い国だな」

 その時、リリトの前に黒い大きなバイクが停まる。

「なんだ?」

 そのバイクに跨がった者は人差し指を動かして着いて来いとジェスチャーする。

 リリトはそれに従うようにバイクをおいかける。バイクが停まった場所、そこは寂しい公園だった。その公園で倒れている数名の人影。

「何してるんだ! 大丈夫か?」

 リリトが駆け寄ると、それらは陸緒に嫌がらせをしている連中だった。その瞬間リリトに怒りの心が芽生えたが、それを押し殺すともう一度言った。

「お前達、大丈夫か?」

 リリトを見て頷く金髪の少女。

「立てるか?」

「……うん」

「あいつにやられたんだな?」

 怯えたような表情をしてリリトにしがみつく少女。

「おい、友達連れて逃げろ」

「えっ?」

「はやくっ!」

 リリトはヒップバックの中にあるナイフを取り出すとバイクに跨がる相手に構えた。少女が仲間を起こして足を引きづりながらその場を立ち去るのを見て安堵すると、リリトは言った。

「お前何でこんな酷い事をする?」

 バイクに跨がったままリリトに突っ込んでくる謎の人物。

「お前っ!」

 バイクを掴むとリリトはそれをそのまま持ち上げる。

 それを叩きつけるとバイクに乗っていた相手はバイクから飛び降りて猫のようにくるりと着地した。

 黒いボディスーツに身を包んでおり、身体のラインがよく出ていた。リリトよりも頭三つ分は大きなモデルのような女性。

 ヘルメッドをかぶっている為表情が分からない。

 その女性はリリトに丸腰で襲いかかった。リリトは何の躊躇もなくナイフを向けるが、そのナイフを指で摘み軽々と砕いた。

「この程度か真祖」

 相手が喋る。

 高すぎず、低すぎず年代物の管楽器のような精錬された声。

「お前誰だよ!」

「アンチ・ゴーレム、お前を滅ぼす者だ」

 ぽいとと何かを投げる女性。

 それをリリトは恐る恐る拾う。

「陸緒?」

 それは紛れもなくリリトのよくしる陸緒の写真だった。

「そうだ。そいつに手を出されたくなければかかって来い」

「陸緒は関係ない! なんなんだよ!」

「昔のお前もそうやって姉様をヴァルハラに送ったのだろう?」

 リリトは我を忘れて突進する。

 そんなリリトの頭を掴むと思いっきりその顔に拳を叩き込んだ。

「がっ……」

「弱いな。こんなものか? 今殺すのも悪くないが、お前の大事な物を全部奪ってやる」

 リリトはその言葉を聞き、陸緒の顔がよぎった。

「あああぁあ!」

 前髪の一部が白く染まり、リリトに力が漲る。力の篭もった拳をヘルメッドに向けた。

「パンツァーファースト!」

 ドンと大きな音がしてヘルメッドが砕ける。

 その女性は自分の顔を押さえるようにその場から逃げる。

「次に会う時がお前の最期だ!」

 リリトは力が空になったようにそこに座り込むと陸緒のの写真を抱きしめた。涙を一粒流した時それをゴシゴシと拭き取ると自分に言い聞かせる。

「ダメだ! 私が陸緒を守ってやらないと。私はお姉さんなんだから」

 そう意気込むとホテルに向かった。

 フロントで鍵を受け取ると、部屋に戻り、送られてきた荷物の中の一つを取り出す。それの封を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る