第五章 レギンレイブvsブリュンヒルデ

「ゼッハ、あのさ」

 レギンレイブは目を泳がせながら、ゼッハに話しかけた。

「どうしたの? レギンレイブ?」

 手をもじもじさせ、レギンレイブは言った。

「僕も、ゼッハと一緒に暮らしたい」

 ゼッハは目を輝かせて言った。

「うん! うん! 一緒に住もう。これあげる!」

 ゼッハはレギンレイブの似顔絵を描いた紙を渡した。

「ほんとか? 一緒に暮らしていいのか?」

 ゼッハと手を繋ぎ、エントランスに入った。

 そこにはブリュンヒルデ達の姿はなく、無人のカプセルが二つ並んでいるだけだった。

 玄関へと向かう階段を下りた時、声が響き渡った。

「レギンレイブ、何処へ行くのかしら?」

 正装し、槍を持ったブリュンヒルデの姿がそこにはあった。

「ボクは、ゼッハと暮らす。もう、みんなとはお別れだ」

「だそうですわよ? お父様、こんな子でも破壊してはいけないの?」

「第三帝国の遺産に匹敵する力を持ったお前だが、レギンレイブと戦えば、ただでは済まない。ゆくゆくは、お前と同じ力を持ったワルキューレを量産する。その為に、お前とレギンレイブは―うっ……」

 ブリュンヒルデは、手刀でワーゲンの腹部を切り裂いた。

「お父様、この力は私一人で十分、この身体を維持する方法が分かった今、もう貴方は必要ない。今なら分かるは、あの女が貴方を捨てた理由。貴方は、周囲の事を考えなさすぎる」

 大量の血を流しながら、ワーゲンは呟いた。

「ロザリア……お前もか……」

 ワーゲンの血がついた手を拭うと、レギンレイブの前に立った。

「レギンレイブ、私ね。貴女の事が大嫌いだった。馬鹿だし、幼稚だし、でも貴女のその戦闘能力だけは正直嫉妬したは、でも今は貴女と同じラインに立った。だから、私の為にヴァルハラに逝って頂戴」

 ゼッハの前に立ち、レギンレイブは言った。

「ゼッハ、安全な所にいて、ボクがやっつけるから」

「舐められたものですね。殺してあげますは!」

 ブリュンヒルデが槍で突進をかける。

 レギンレイブは、その槍を指の先で摘むと軽々に折った。

「貴女と同じ金属で出来た、合金製の槍ですよ?」

 レギンレイブはブリュンヒルデの言葉を無視し、ブリュンヒルデの腹部に重い一撃を入れた。ブリュンヒルデはそれを笑って受け止める。

 5メートルは飛ばされ、階段の下に落ちた。ゼッハが驚愕の表情を向けているが、ゼッハの想像と違い、ブリュンヒルデはむくりと立ち上がった。

「この身体、いいわぁ。リリトさんと同等の攻撃を受けて、痛くも痒くも……ない!」

 レギンレイブは階段から飛び降りると、ブリュンヒルデに馬乗りになり、滅茶苦茶に殴った。一発一発が、大砲のような破壊力を持ったレギンレイブのパンチに、ブリュンヒルデの四肢が不自然に歪む。頭から大量の出血をしながら、それでも尚、笑うブリュンヒルデ。

「やっぱり、貴女は強いわ。少し、本気を出さないと!」

 骨がバラバラになっていた腕は瞬時に再生し、レギンレイブを突き飛ばす。身体の全てを修復させると、ブリュンヒルデの髪の色が真っ白に染まる。

 目は真っ赤に染まり、身体を徐々に銀色の鎧のようなものが包む。ブリュンヒルデの頭を兜のような物が包み、兜の付け根から髪の毛のように長い管のような物が八本生えた。

「レギンレイブ、さぁ、究極のワルキューレとなった私に、何処までついてこれるのか、貴女の全てを私に捧げなさい」

 レギンレイブは突進し、ブリュンヒルデの腹部に重い一撃を加えた。

 ブリュンヒルデは全く動じない。

 レギンレイブもまた、手応えを感じていなかった。

 管の一本がレギンレイブを襲う。ガードをするが、その破壊力にレギンレイブは階段の一部を破壊して止まった。

「……こいつ」

 頭を抱えて笑うブリュンヒルデ。

「うふふ素敵、これがワルキューレの鎧。さっき三十二発殴ってくれましたわね? おかえしです」

 ブリュンヒルデの兜から生える触手が次々にレギンレイブに襲いかかる。

「ああっ……うっ」

「レギンレイブ!」

 駆け寄ろうとするゼッハに掌を見せ、こっちに来るなと示すレギンレイブ。

「まぁ、健気な事。あのレギンレイブが敵ではないなんて、しかし、この身体はお腹が空きやすいですね。レギンレイブ、少し待ってくださいね?」 

 ブリュンヒルデは輸血パックを取り出すとそれを上品に飲んだ。

「お待たせしました。続きの二十一発行きますよ」

 ガードの体制を取ったまま動かないレギンレイブ。物のように、ゴロゴロと地面を転がった。

「あら? あらあら? もう終わり? 案外とあっけなかったですね。ヴァルハラでゆっくりお休みなさい。さぁ、そちらのお嬢様も、私の血となりヴァルハラに行くといいです」

「……かよ」

 レギンレイブは立ち上がった。

「そんな事させるかよぉ!」

 睨み付けるレギンレイブと違い、ブリュンヒルデは恋人を見るような表情で言った。

「来なさい! 全力の貴女を殺して、はじめて私は完成する」

 ブリュンヒルデの触手をすり抜け、レギンレイブは力の篭もった拳でブリュンヒルデを殴った。

「…… っ、そんな」

 レギンレイブの瞳に炎が灯る。

 激しい怒り、レギンレイブの温度が上昇する。

「リミッター解除。バックファイアー!」

 リリトと戦った時とは比べものにならない程の熱を帯びたレギンレイブ。体組織が悲鳴を上げるように赤く染まる。

「それ、長くは持たないんでしょ?」

 殴られた所をさすりながら、ブリュンヒルデは言った。

「今の僕なら、お前を殺すのに十分かからない」

 そう言うと、レギンレイブはブリュンヒルデの頭を掴み、地面に叩き付けた。そしてその頭を、何度も殴る。

 ブリュンヒルデの兜にヒビが入る。

 熱い息を吐きながらレギンレイブはとどめの一撃を加えた。兜は粉々に砕け、ブリュンヒルデの額から血が流れる。

「お前はこの程度では死ななくなったんだよな? じゃあ、再生出来ないくらいにその頭をぶっ潰してやるよ」

 今まで優位に立っていたブリュンヒルデの姿は見る影もなく、その表情は恐怖に歪んでいた。

「ひいっ……」

 大ぶりの拳をブリュンヒルデに向け、レギンレイブは叫んだ。

「地獄に行け!」

 ブリュンヒルデは触手でそれを受け止める。触手は砕け、ブリュンヒルデは吹き飛んだ。

「運命の女神は私に微笑んだ……」

 飛ばされた先でブリュンヒルデはそう呟く。

 怯えた目のゼッハがブリュンヒルデのすぐ近くで立っている。ブリュンヒルデは、目の前にいるゼッハに向けて、自分の触手を伸ばした。

「きゃああ!」

 瞬間、ゼッハの前に胸を貫かれたレギンレイブの姿があった。

「何で?」

 レギンレイブはゼッハの頭を撫でた。

「ゼッハを傷つけさせるかよ。僕達、友達……だろ。だからさ……逃げろよ」

 胸の触手を引き抜くが、別の触手がレギンレイブを襲う。レギンレイブは壁に激突した。

「……はぁはぁはぁ」

 戦闘能力の殆どを奪われ尚、レギンレイブは立ち上がった。

「レギンレイブ、貴女の機械仕掛けの心臓を砕きました。もう私が手を下さなくても直に死んでしまうでしょう。なのでせめて教えてあげましょうか? 貴女の過去」

「知ってるのか……僕の過去?」

「滑稽だったは、貴女は幼少の頃に心臓の手術を受けた。心臓の変わりに、お父様が作ったエンジンで動いてる機械人形。それが貴女よ! レギンレイブ、いいえ、ブルー家次女、ジャンヌ・ブルーさん。お姉さんが、ヴァルハラで待ってますよ」

「姉だと?」

「そう、感情の起伏の激しい所なんてそっくり。結局、この世では会えなかったわね。鉄腕の猟犬。ブリジット・ブルーにはね」

 ゼッハが声を上げた。

「ブリジットが、レギンレイブのお姉さん……」

「そうか、そうか……ボクには家族がいたんだな。一度だけすれ違ったあの人が……僕の姉さん」

「貴女には死ぬ前に、もう一つ絶望を見せてあげましょう。お嬢様、死んでください!」

 ゼッハに向けて放たれる八本の触手。レギンレイブは再びゼッハの前に立つ。ゼッハの盾となり、全ての触手を受けたレギンレイブは、ゼッハを見て微笑み、倒れた。

「嫌っ……嫌ぁあああ。リリトぉお!」

 ゼッハは玄関の扉に走った。

「逃がしませんよ!」

 輸血パックをいくつもガブ飲みし、怪我と壊れた鎧を再生させる。

 そして、触手をレギンレイブから引き抜くと、ゼッハに向ける。

 ゼッハが死を覚悟し、目を瞑ったその時、大きな音がした。

 ズシンと重さを感じさせる触手が地面を叩く、ブリュンヒルデの触手は何者かに払われたのである。

「ゼッハから離れろ!」

 ゼッハは瞳孔を広げ、その声のする方を見た。

 長く黒い髪に、褐色の肌。それは魔女と闇の獣の名を持つゼッハのよく知る人物。

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