第四章 親愛なる友 ブリジット・ブルー

 ピザの空箱がいくつか転がり、少し焦げたパンケーキを持って、レギンレイブとゼッハはゼッハが元いた部屋に戻っていた。

 色鉛筆でゼッハはレギンレイブの絵を描いていた。

「ゼッハ、上手だなぁ!」

 特徴を捉えた絵を描くゼッハに、レギンレイブは心から驚いていた。

「そんな事ないよ」

「こんなすぐに描けるもんなんだな」

 ゼッハはブリジットと、リリトの絵も描いて見せた。

「こいつ……」

 リリトの絵を見て、レギンレイブは黙った。

「知ってるの? 私の大好きなリリト」

 少し考えて、レギンレイブは言った。

「ゼッハはこいつがいなくなったら嫌かい?」

「リリトがいないなんて絶対嫌」

「そっか」

 激しく振動し、レギンレイブの持つ、通信機が鳴る。

「侵入者? うん、分かった、行くよ」

 面倒くさそうな顔をして、レギンレイブは通信を切った。

「ボクは、ゼッハとここで遊んでいたい。だけど、ダメなんだ。帰って来たらまた遊ぼう」

「うん……私も行きたい」

「ダメだよ。危ないから、ここから出ちゃダメだよ? そうだ! お昼寝だ。お昼寝して、少し寝たら、すぐボクが起こしてあげるから。ね!」

「絶対だよ?」

 レギンレイブはゼッハをハグすると頷いた。

 ゼッハをベットに誘導すると、レギンレイブは部屋の外から鍵をかけた。

 そして、段々表情が鋭くなっていく。

「ゼッハは渡さない」

 レギンレイブは、ゼッハのいた部屋から廊下を歩き、エントランスへと続く階段を下りた。そこには、大きなカプセルに入ったブリュンヒルデの姿が目に映った。

「何してるの?」

 ワーゲンに尋ねると、ワーゲンは笑った。

「お前達ワルキューレの長が、古の力を得る途中だよ。お前と、ブリュンヒルデがいれば、一中隊クラスの戦闘能力があるかもしれんな」

「ふぅん、じゃあボクは侵入者を殺しに、外に行くよ」

「気をつけてな」

「うん、ありがとう」

 レギンレイブは、エントランスの大きな扉を開け、別館の門の前に仁王立ちした。

「こいよ! 次は粉々にしてやる」

 レギンレイブの見た先には、青いバイクに跨がったリリトの姿があった。

「やはり、貴女もいましたか、出来れば戦いたくない。ですが、ゼッハに危害を加えるなら、殺します」

 リリトは上着を脱ぐと、バイクのシートに置いた。

 ぴったり肌に密着した黒いタンクトップ姿になり、レギンレイブに向かって構えた。

 レギンレイブはゆっくりとリリトに向かって歩いてくる。

 二人の攻撃の間合いが重なった時、リリトが先に動く、リリトの拳をレギンレイブは受け止める。

 すかさず、リリトはハイキックを放つ。

「持ち上がれ!」

 リリトの蹴りも掴むと、レギンレイブはそのままリリトを持ち上げ、地面に叩き付けた。地面に手をつきリリトは体制を整える。

 そこに、レギンレイブの大ぶりのパンチが襲いかかる。

「当たりませんよ!」

 地面についた手の反動で、身体を持ち上げ、レギンレイブの腕を足で挟む。

 しかし、再びそのまま持ち上げるレギンレイブ。

「はぁあああ! パンツァファウスト!」

 リリトは自身の必殺攻撃をレギンレイブの顔に放った。

「たあぁ!」

 リリトの必殺攻撃にレギンレイブは自分の拳を重ねた。

 二人に衝撃が走る。

「なっ……」

 さすがに面くらったリリト。

 八重歯を見せて、レギンレイブは笑った。

「ばーか! 同じ攻撃を何回も喰らうかよ。次はこっちの番だぞ!」

 コンクリートの地面に、ガード出来ない状態で叩き付けられるリリト、足の力が抜けた所に、レギンレイブにマウントポジションを取られた。

「しまった……」

「終わりだよ」

 全力で振り下ろされる拳、レギンレイブの重いパンチを何度も受け、気が飛びそうになる。

「……私はゼッハの所にいくんだぁ!」

 ゴン! と大きな音が鳴った。

「……痛っ」

 リリトはレギンレイブの頭に頭突きをした。

 頭を抱えているレギンレイブの腹部に、右のパンツァ・ファウスト、続いて左のケーニッヒ・ティガー、リリトの高速のパンチと掌底。

 浮かび上がったレギンレイブの身体にリリトは全力の蹴りを放った。

「これで終わりです! アルバトロス!」

 レギンレイブの身体が、3メートルは飛ばされる。

「ごはっ…… うっ、 おえっ…… てめぇ」

 腹部をさすりながら、憎悪の表情を見せるレギンレイブ。

 その身体からは湯気が立っていた。

「ブチ殺してやる!」

 今までとは比べものにならないスピードで間合いを詰めてくる。

 以前、サヤカが止めに入った時のレギンレイブであった。

 大振りのパンチを放つ、それにリリトはカウンターのパンチを撃つも、レギンレイブは殴られた顔の事など気にもせずにリリトに大砲のような一撃を加えた。

「あ……」

 リリトは10メートル以上吹き飛ばされると、壁にぶつかって止まった。

 ゆっくりと聞こえる足音、リリトは自分の死を覚悟した。

「ゼッハ……すみません、規格外です。私は、彼女には勝てません……」

 リリトの髪を掴むと、レギンレイブは再び、大ぶりのパンチを放つ。

「ゼッハ……」

 リリトの呟きで、レギンレイブは目を見開く。

「……なんで?」

 リリトの頭を潰さずに壁に大きな穴を開けた。

「服が汚れた。着替える。……エントランスに来い。ゼッハが待ってる。お前を殺すと、ゼッハが泣く」

 その言葉を聞き、リリトは気を失った。

 

                       ★

 

 壊れたエンジンのようなけたたましい音が響く。

 ブリジットの放つマシンガンを避ける為に、鎖の絡まった日本刀をサヤカは捨てた。

「鉄腕、貴女、私と同じ匂いがするわ」

 走りながら、サヤカはか細い声で呟いた。

 当然、ブリジットには聞こえない。

 一見、走りにくそうな着物のまま、サヤカは懐か50cm程の鞘を取り出す。

 その鞘には、一対の剣が収められていた。

 中国の剣舞などに使われる代物である。

「まだ武器を隠し持ってやがるか!」

 サヤカに銃を向けた瞬間、サヤカが消えた。

「なんだと!」

 後ろに気配を感じ、とっさに避ける。

「くっ……」

 肩が熱を持つ。

 そして、マシンガンから異音がした。背後に、両手に短い剣を持ったサヤカが立っていた。致命傷ではないが、肩を刺され、マシンガンを破壊された。

 腰のハンドガンと、それに装着されたコンバットナイフを外すと、それを持って、ブリジットは吠えた。

「お前がトゥハンドなら、私もトゥハンドだ!」

 サヤカが突進をかける。

 再び、ブリジットの身体の二カ所が熱を持つ。

「よく、私相手にここまで戦えました。貴女はヴァルハラに逝けるでしょう」

 致命傷ではないが、確実に蓄積するダメージ。ブリジットはハンドガンを乱射する。

 ブリジットが攻めると、少し距離を取るサヤカ、詰め将棋のようにブリジットを追い詰めていった。

「これだけは使いたくなかった。だけど、お前を倒すにはこれしかない」

 銃を腰に戻すと、懐に手を入れた。

 サヤカもその隙を見逃さない。

「さようなら、鉄腕!」

 ブリジットの腕から火花が散る。

 ブリジットは一本の剣をナイフで、もう一本を、自身の義手で受けた。

 そして、義手の先にある注射器を自分の首元に打つ。

「いくぜ……サムライビッチ! どのみち直に死ぬ身体だ。お前も連れて行く」

 ブリジットは、サヤカと同じく、バーサーカーポーションの力に頼った。注射器を地面に捨てると、ブリジットはサヤカのスピードと同等の早さで動いた。

 お互いに、致命傷になる攻撃以外は殆ど受け合っていた。

 サヤカの白い着物が段々赤く染まる。

 どちらかの身体が死ぬまで続けられる捨て身の戦い。

 しかし決着はあっけなくついた。

「うっ……ゲボ」

 ブリジットの胸の傷が開く、そして大量の吐血。

「何でだよ? まだ、待ってくれよ……」

 サヤカは両手の剣を捨てた。

 元々、剣舞用の双剣で、それ自体に殺傷能力が低く、ブリジットを殺しきれなかった。

「苦しまずに逝かせてあげましょう」

 離れた所にある日本刀を拾いに、よろよろとサヤカは向かった。

「まだ、十一歳だぞ……お嬢様が何したんだよ? クソがぁ!」

 逆手で日本刀を引きづりながら、サヤカがブリジットの目の前に立った。

「大丈夫、その子供も、すぐに同じ所に向かいます」

「ふざけるなぁ!……私や、お前だけでいいんだよ。お前も死ぬんだ!」

 振り下ろす日本刀を避けもせずに、ブリジットは義手に内臓された弾丸を放った。

 ブリジットは絶望した。

 弾丸はサヤカの肩を吹き飛ばしたが、サヤカを殺すには至らなかった。

「義手に弾丸が内臓されている事は事前に知っていましたから、改めて、さようなら鉄腕の猟犬」

 ブリジットの腹部に刀が刺さる。

 刀が何かに当たる異音がした後に、言葉に出来ない激痛がブリジットを襲う。

 そしてその時、カシャリとブリジットの胸元から一丁の拳銃が落ちた。

 リリトのモーゼル銃であった。

 お守りに身につけていた銃、刀が腹部から離れ、再びブリジットに目がけて下ろされた。

「……リリト」

 バン! 乾いた音、そんな音が響く、日本刀はブリジットの首を貫き、モーゼルの弾丸は、サヤカの頭を撃ち抜いた。

 ゆっくりと、ブリジットの隣に倒れるサヤカ、銃を上に向けたまま、ブリジットは目を瞑った。

 声を出す事も出来ず、薄れゆく意識の中でブリジットは想った。

『お嬢様、すみません。もう、お料理もお片付けも出来そうにありません。嗚呼、涙なんて何時以来でしょう? 貴女は、こんな私を見たら泣いてくれるでしょうか? また笑ってくれるでしょうか? 覚えていてくれるかな? ジャンヌ、お姉ちゃんここまでだ。ごめんね』

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