第四章 剣の戦女神・シュベルトライテ

 暗い部屋に、サヤカと呼ばれた女性がいた。

 露出の激しい着物を着せられ、別室に連れられる。毎日、何度も何度も、違う男と交わらされる。

 毎日毎日、良く分からない言葉で罵声される時もあった。

「ダケドワタシワニンギョウ」

 いつからこんな生活になったのか覚えていない。自分が誰だったのか、何処で、何をしていたのか、気がつけば餌を与えられ、動物のような生活を送る。

 たまに、優しい人もいた。

「×××× ××××」

 壊れ物を扱うように接してくれるが、何を言っているのか全く分からない。ただ、せめて微笑む事しか出来なかった。

 気がつけば、自分が悲鳴を発する事も出来ない程に壊れていたようだった。

 それでも、毎日誰かに犯され続けていた。

「シニタイ……コロシテ」

 精一杯の言葉を伝えても通じない。

 いつしか、何も考えなくなり、何も言わなくなったサヤカ、どんな行為にも何も反応しなくなっていた。

 それが引き金となりサヤカが神になる時がくる。

「何も言わねぇ、ただの人形を犯してるようだぜ」

 どんな仕打ちにも反応しないサヤカにある時、一人の男が首元に注射をした。

「最高にハイになれる水だぜ! お前のイカれる様子を見せてくれ」

 その薬を打たれた時、甘い匂いが漂った。

 そして、脳が脈打つ。

 酷い頭痛のように、そして、それは首から胸、手、腹部、足へと続く。

 死にかけていた身体に、何かが宿ったように、身体の感覚が戻る。

 それは神経の一本一本に力が宿るような、意識がしっかりとする。

 目の前には汚らわしい男が一人。

「殺そう」

 完全に覚醒したサヤカには、怒りしかなかった。

 自分がここで行われてきた仕打ち。

 その全てに憎悪し、全てを壊したいという殺人衝動がこみ上げてきた。

 目の前の男の喉元を口ちぎる。まだ動くその男に、男が身につけているベルトのバックルで、何度も頭を叩きつけた。

 簡単に割れる頭蓋に嘲笑しながら、部屋を出た。

 何の為にあるのか、床に落ちているバールを拾うと一部屋、一部屋、殺害していった。女も男も銃を向ける者もいたが、サヤカには、それは止まって見えた。

 その建物にいる人間全てを殺して外に出た。

 外は綺麗な青空だった。

 もう二度と見る事はないと思った外の景色、サヤカは嬉しくて嬉しくて、出会う人間を全て殺した。

 周りにすごい沢山の人がいる。

 よく見ると、皆サヤカに拳銃を向けていた。

「アァ……ワタシ……ヤットシネルンダ」

 緊張の糸が解けたように、サヤカは血と良く分からない吐瀉物を吐いて、倒れた。

 目覚めると、サヤカはベットに横たわっていた。

「×××、○○○、△△△、☆☆☆、気がついたかい?」

 初めて分かる言葉が聞こえた。

 サヤカは首を縦に振った。

「私はワーゲンだ。死刑囚の君を買った科学者だよ」

 また動物のような生活を強いられるのかと、サヤカは思ったが、違った。

 豪華な病人食が配膳された。

 今までは硬いパンであったり、よく分からない流動食であったり、そんな物しか食べていなかったサヤカは、涙を流した。

 ワーゲンは優しくサヤカの手を握った。

「君は神に選ばれた逸材だ。ワルキューレを作る実験材料になって欲しい」

 サヤカに投与された薬物はバーサーカーポーション。

 バーサーカーポーションとは、戦争で作られた負の遺産であった。

 死にゆく兵士達に投与する事で、痛覚を遮断し死ぬまで戦い続ける狂戦士を生み出す禁忌の薬物、数多の自然界に存在しない精神作用を引き起こす物質が溶け込んでおり、薬が抜けた後は廃人になる代物であったが、サヤカは何もなかったかのように、目覚めた。

「君はバーサーカーポーションの力を何度でも使う事が出来るかもしれない。君は、ただ私の実験に付き合い、データーを取らせてくれればそれでいい。君には自由も与えよう」

「……あぁ……自由」

 何度も何度も、頭を下げた。

 実験はバーサーカーポーションの力を制御する所から始まった。

 拘束具を身につけ、薬を投与する。

 沸き立つ殺人衝動と、自我の喪失を抑えるという、熾烈を極める実験であった。

 よだれや失禁を繰り返し、口の端から血が出る程かみしめるが、薄れていく自我との戦い。

 しかし、あの狂った世界で生きてきたサヤカの精神は、薬物を凌駕した。

「……先生、世界が止まって見えます」

「裏返った。人工的に生み出した薬物に打ち勝つとは」

 そしてワーゲンは、サヤカを殺しの世界に導いた。

 賞金首や殺しの依頼を請負、サヤカに戦いを行わせ実践で学ばせる。

 重火器から鈍器、刃物、隠し武器など、色々な物を試した所、サヤカは刃物の使い方に長けている事が分かった。

 最強の殺傷能力を誇る日本の刀が、定位置にくるのに差ほど時間はかからなかった。

 サヤカも殺しを続けている内に、日本刀がどの角度から斬り込むのが一番なのか理解していった。

 使い続け、壊れ続けた日本刀、六本目にさしかかった時、ワーゲンはサヤカの為に特注の日本刀を用意した。

 重く黒い刀身。

「折れない事を意識した。切っ先にしか刃はないが、君の力についてこれるたった一つの刀だろう。これを作った刀匠は言っていたよ。鬼の角と、本日を持って、君を剣を持つワルキューレ、シュベルトライテと呼ぶ」

 

                   ★


「私を殺してみなさい!」

 サヤカは剣術など、全く覚えたわけではなかった。

 しかし、使っている内に、日本刀における最速の攻撃の一つである居合いを我流でマスターしていたのである。

 お互いの刃が交錯し、火花が散り、甲高い音がなる。

 ガードしたはずだったが、ブリジットのハンドガンに装着されたナイフの刃が一本短くなっていた。

「マジかよ。化け物め」

 距離を取ると、ブリジットはハンドガンを連射した。

 爆発したような音が木霊する。

 ブリジットのハンドガンの弾の軌道を読むように、サヤカは回避し、距離を近づける。

「終わりです。鉄腕」

 サヤカは刃が届く間合いに詰め、突きを放つ。

 刃が折れたハンドガンを犠牲にしながら、ブリジットは火花を散らし、刃に沿ってサヤカの目の前まで距離を詰め、刀を持つ側の腕を掴んだ。

「おりゃあぁあ!」

 関節を捻り地面に叩き付ける。

 追撃をかけようとした時、サヤカがもう片方の手から何かを取りだそうとした瞬間にブリジットは腕を放し、後ろに下がる。

「殺してやるよ。サムライビッチ! 地獄への片道切符、用意してやっからさ! とっととくたばれ!」

 壊れたハンドガンを捨てると、腰から鎖付のマシンガンを取り出した。

 よろよろと立ち上がるサヤカの日本刀に鎖を投げつける。

 そして、そのままマシンガンの引き金を引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る