第三章 神を作る機械

 ゼッハの家の隠し部屋にある人造人間を製造する機械を、ブリュンヒルデとワーゲンは見つけ出していた

「見つけた。神になる為の装置」

 そして、それを輸送する為のトラックも手配していた。

 装置を見ながら、ワーゲンはブリュンヒルデに話した。

「私も科学者の端くれ、ブリュンヒルデよ。この装置だけでは神は作れない」

「どういう事? お父様?」

「肝心の第三帝国の遺産がなければ、人造人間は出来ない。この装置は生物と第三帝国の遺産を融合させる為の機械だ。そして、もうそれはこの世の何処にも存在しないだろうな」

 大国の連合と戦う為に、日独が開発していた死なない兵隊を作る研究、通称負の遺産。

 どうやって精製したのか、それを人間に注入すると怪我が一瞬で治ったという。

 ただ、投与された者は半日程で皆、息絶えた事から、研究が凍結されたとも言われている闇の研究。

「第三帝国の遺産、液体金属、オリハルコンが無ければ、この装置は使えない。どのようにして用意したのか、シンゲン・イマリは天才だな」

 下唇を噛みながら、ブリュンヒルデは思い出したかのようにワーゲンに言った。

「お父様の今の研究を代用すればいいではないですか?」

「ナノマシンか、あれは全く、未知の研究だ。どんな危険があるか分からない」

「私が実験体になるわけないじゃないですか? あの兄を失った可哀想な娘を使いましょう」

 ハイルブロンの怪人の持つ別荘に装置を運ぶと、ワーゲンは装置の仕様と第三帝国の遺産の代用になる物の実験を始めた。

「本当にこれを使えば、力を得れるの? 兄様を殺した、鉄腕を殺せる程の?」

 リーヅを後ろから抱きしめるようにブリュンヒルデは言った。

「成功すれば、貴女は私たちと同じ、あるいはそれを越えるワルキューレの力を授かる事になりますわ、そうなればもう人間等、敵ではありません」

「私は鉄腕を殺したい」

 リーヅはそう言うと、衣服を脱ぎ捨て、大きなカプセルの中に入った。

 恥ずかしそうに、前を隠し、目を瞑る。

「ではいくぞ」

 ワーゲンが起動スイッチを押すと、青い光にリーヅは包まれた。

 ブリジットに撃たれ、吹き飛ばされた指の再生が始まった。

「すごい、想像以上だわ……」

 ブリュンヒルデは、恍惚な表情でそれを見つめていたが、突然リーヅの様子が変わった。

「ううっ、あああああ」

 再生した手は、獣のように長い爪が生えていた。

「お父様、あれは?」

 ブリュンヒルデは汚らわしい物を見るように、肥大化した手を持つリーヅを見た。

「元々、死なない兵隊を造る為の機械だ。そして未知のナノマシンを使っている。どのような変異をもたらすかは分からないな」

「そうね。でも、私はこんな醜い姿になるのは嫌ね」

「だがナノマシンの働きを調節すれば、問題ないだろう」

 ワーゲンが機械の操作を行うと、リーヅの長く、飛び出ていた爪が、腕の中に収縮していく。

「あぁああああ」

 相当な激痛がリーヅを襲う。よだれに失禁、見るも哀れな姿になり、カプセルの中で倒れた。

「ブリュンヒルデ、この娘を綺麗にしてやれ、後程、起動実験を行う」

「……分かりました」

 意識を失ったリーヅを抱えると、シャワー室に連れて行った。カプセル内の洗浄をワーゲンは始めると、機械を見つめた。

「ふふふっ、死なない兵隊、真のワルキューレを私の手で作り出せる」

 シャワー室で気絶しているリーヅを、丁寧に洗うブリュンヒルデ、水の刺激で少しずつ意識を取り戻した。

「うぅ……ん」

 目を覚ましたリーヅを抱きしめると、ブリュンヒルデは言った。

「貴女は私達と同じワルキューレとして産まれ変わったのです。そう、名前は……」

 ブリュンヒルデの言葉を否定するように、リーヅは言った。

「私はランワン……狼王、兄様は私の中で生きている。そして、兄様は鉄腕を切り刻む」

 優しく触れるブリュンヒルデを振り切ると、バスタオルを取り、それを頭から被った。

「ふふっ……ワルキューレになる事を拒むなんて、シートン動物記でも狼王ロボは死ぬのよ。まぁ、上手く行けば猟犬くらいは殺せるでしょうけど」

 カプセルの部屋に戻ると、リーヅはボディスーツを身につけていた。ワーゲンは完全に傷を癒したリーヅを見て言った。

「リーヅ、お前に命令する」

「俺の事はランワンと呼べ」

 男口調でリーヅはそう言う。

「ふん、まぁいい。ランワン、お前の仇である、猟犬を最初のターゲットとする。場所はエーバシュタットの汚い宿にいるらしい。ハイルブロン卿に感謝する事だな」

 目を開き、リーヅは何度も頷いた。

「殺してやる。殺してやるぞ! 鉄腕」


                     ★

 

『現在・日本』

 ナナは伸びをしながら、湯船に浮いているお盆に乗った日本酒を一口飲んだ。

「くぁああ、やっぱ温泉に限るなぁ。このジャパニーズワインも、中々美味いしなぁ」

 タオルで水風船を作りながら、少女はナナに尋ねた。

「狼と犬、どっちが強いの?」

 おちょこについだ日本酒を一気に飲むと、ナナは少女に抱きついた。

「ん? お前は、ホントに可愛いなぁ」

「ナナ、お酒臭い!」

「酒か? まぁ私は苦手だからな。酒」

 少女はわけが分からずに叫んだ。

「じゃあ何で、お酒なんか飲むのさ!」

 ちょこを持つ手を止めて、ナナは聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。

「……一緒に飲めなかったからな」

「えっ? 何?」

 聞き返す少女に頬を緩めると、ナナは再度抱きしめた。

「そういえば、少しは育ったのか? 見せてみろ!」

「やだやだ、やめろー!」

 じたばたする少女の髪をくしゃくしゃにすると、ナナは急にまじめになった。

「明後日は陸緒の手術だ。私自身、少し怖がっているのかもな」

 少女は湯船から上がると、鏡のある洗い場に座った。

「ナナ、洗って」

 その言葉を聞くと、少し苦笑したナナが、湯船から上がった。

「全く何時になったら、一人で風呂入れるんだよ。お前さんは」

「目に入ると痛い」

「目瞑って洗えばいいだろ?」

「ナナが見えないと不安、陸緒もナナがいないと不安、でも私は我慢出来る。お姉さんだから!」

 少女がナナを励まそうとしている事に、ナナは笑った。

「全く段々似て来やがって、じゃあ続きな」

「うん」

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