第四章 狂狼と番犬

第四章 グングニル 

『語り』

 なんで戦場に行くかって? なんでだろうな。多分なんだけどさ、これは私への償いなんだ。あの子を想う日々が確実に薄れていっているって分かるから……私の手が赤く汚れればそれだけあの子が薄れていく。

 でも私は戦場にいなければならない。いつか私も二度と戻らぬ者にならなければならないだろうね。

 でもさ、私最近生きたいって思うんだよね。戦士として命を粗末にしてきたんだけど、なんでかなぁ……クソ真面目な友達と、守ってあげたくなるような妹みたいな子を前にしてると私は生きようとしてしまうようなんだよね。

 ジャンヌ、貴女は今何処にいるの?

 どんな形でもいい、生きてさえいてくれれば……お姉ちゃん、泣き虫だけど、その涙を今は止めて命をガソリンのように燃やして歩いてるからね? 貴女がいつ戻ってきてもお腹がパンパンになるくらい色んな料理を覚えたから、だけど、今は少しだけ待っていてくれるかな?

 お姉ちゃん、今ね。大切な人の娘を守ってるんだ。

 お姉ちゃんの初恋の人だ。

 貴女がいなくなってから、初めてこんな気持ちになったんだよ。血の通わない金属の腕がなんだか暖かく感じてるんだ。

 オカルトな事なんて信じてなかったんだけどね。今ってだいたいのオカルトな事が科学で立証できちゃうじゃん。だからさ、私も一つだけオカルトな事を考えてんだ。近い内にジャンヌにお姉ちゃんは会えるような気がするのさ。

 お姉ちゃんの自慢の友達と、可愛い女の子を紹介したいと思うよ。みんなでアフタヌーンティーでも飲みながらね。

 鉄腕の猟犬と言われた私の全ての力をジャンヌ以外の人に使いたいと思えた。お姉ちゃん年かな?

 心がさ、どんどん満たされていくんだ。

 覚悟しててよね? 全てが終わったらお姉ちゃん、ジャンヌから離れないからね!


                  ★


『二十一年前ドイツ』

ブリジットは夢の中にいた、

 だが、それはあっさり現実に引き戻される。

「ブリジット! 起きてますか?」

「…………寝てる」

 枕を抱きしめながら、ブリジットは返事した。

「冗談を言ってる場合じゃないです。狙われてます。ゼッハをお願いします」

「何人?」

「恐らくは一人かと、ただ、この感じは異常です」

 ブリジットはベットから出ると、モーゼルを取り出した。

「一人ならこれで何とかなるかな? とりあえず車に向かうよ」

 木槌を打つような、階段を登る音がブリジットにも聞こえた。

「来ますよ!」

 ブリジットは眠るゼッハを毛布にくるみ、抱き上げた。

「では、メイド長、死なないように」

「あたりまえです」

 ドンと扉が破られ、そこには一人の少女が沈んだ目で入室してきた。ブリジットに兄を殺された少女リーヅ、周りを見渡し、ブリジットを見つけると、その目が見開いた。

「鉄腕、久しぶりだな。あぁ?」

 銃を構えながら、ブリジットは答えた。

「アンタは随分性格が変わったね。大丈夫?」

 ブリジットの言葉を無視し、リーヅは襲いかかる。

 しかし、リリトの蹴りによって止められた。

「貴女の相手は私です。ブリジットはここから早く逃げなさい」

 頷くと、ブリジットはゼッハを抱え、部屋から出た。

「待て猟犬! 待て! 離せ……お兄様、ここは私が……」

 リーヅの雰囲気が変わり、リリトは身構えた。

 リーヅの髪の色が一部、白く染まり、その左手が異形の形に変わる。

「貴女、どうやってその力を手に入れたのですか?」

 肥大化し、異形の手と、大きな爪を見てリーヅは言った。

「これはお兄様がランワンになり、私に宿ったもの、鉄腕を喰い殺すまで、それを邪魔するなら貴女も同罪。ここで殺す」

 肥大化した腕をリリトに向けると、それをふるった。シーツを切り裂き、ベットを粉々にする。

 小柄な身体からは想像も出来ない程の脅威、リリトは敵の能力に心当たりがあり、忠告した。

「その力、何をしたか分かりませんが、使いすぎると命を削りますよ?」

「そんな事はどうでもいい。私は只、鉄腕を消せればそれでいいんだ!」

 再び、肥大化した手をリリトに向けるが、リリトはそれを掴むと、投げ飛ばした。巨大な手で地面を掴み、逆立ちしたような姿勢で、独り言を呟きだした。

「お兄様、この方、かなり強いです。……なら、俺の出番だな」

 肥大化した腕を何度も、リリトに向け叩きつけた。その音を聞きつけ、隣の客が押しかける。

「何やってやがんださっ……」

 部屋の光景に驚愕した男は、もう二度と、続きの言葉を喋る事は出来ない姿に変わっていた。

「丁度いい。腹が減ってしかたがなかった」

 リーヅは、男の死体から流れる血を手ですくって飲んだ。ここにいると、さらなる犠牲が出る事が確実であった。

 リリトは部屋の外に出て、リーヅを誘った。リリトを追い、リーヅも直ぐに追いかけてきた。宿よりも高い建物の屋上につくと、リリトはリーヅを迎え撃った。

 レギンレイブにも、ブリュンヒルデにも相当なダメージを与えるに至った必殺の掌底。

「パンツァ・ファウスト!」

 とっさにリーヅは腕で受け止める。

 パンと音が鳴り、異常に成長していた血管が破裂した。

「うがぁ……大丈夫、痛みは私が全て受けます。貴女、お兄様を傷つけた事、許しません」

 リリトを睨み付けると、リーヅの腕の傷が完治していく。

「やはりそれは私と同じ……」

 リリトは納得するように頷くと、リーヅに向かって構えた。

「死しか、貴女達、兄妹を救う方法がなさそうです」

 リーヅの後ろにリリトは移動すると、がら空きの背中に蹴りを入れた。そのまま地面に激突するリーヅの頭をつかみ構えた。

 そして、躊躇無くリーヅの頭目がけて全力のパンチを放つ。

「ケーニッヒ・ティガー!」

「……あぁあああ!」

 血管の破裂した異形の腕で、リリトのパンチを受け止める。

 骨が折れる嫌な音が聞こえた。

「いやぁああああ!」

 巨大な肉片が四散したが、リーヅは直撃を免れた。リリトの掴む腕を振り払うと、そのまま屋上から飛び降りた。

「逃がしましたか、ゼッハ達の元に」

 宿から随分離れた所で地上に降りると、ブリジットが何処に行ったのか、見当もつかなかった。連絡を取る方法もない。

 ふと、ブリジットの言葉を思いだした。

「困りましたね。……車か」

 ブリジットが公園の辺りに車を停めていると言ってたの思い出し、リリトは疾走した。公園の前に、小型のキャンピングカーが停車してあった。

 近寄ると、背後に気配を感じた。

「カクテルは?」

 リリトは両手を挙げて答えた。

「ソルティドッグ」

 背後の殺気が消えると、リリトは振り返った。そこには笑顔を向けるブリジットの姿、無意識にリリトはブリジットを抱きしめていた。

「どうしたのさ? メイド長」

「少し、戦いが続いて疲れました」

「寝なよ。今日は私が寝ずの番するからさ」

 車内で、ブリジットが入れたミルクが多めのコーヒーを飲むと、リリトは頷いた。

「では二時間だけ、二時間したら交代しましょう」

 ゼッハが眠るベットの隣のベットに入ると、すぐに寝息が聞こえ始めた。

「ふふっ、可愛い」

 リリトの寝顔を見てブリジットは運転席側に戻った。

 

                    ★

 

 大量の血を流しながら、リーヅは朦朧する意識の中、路地裏の壁を背に座り込んだ。

 その時、見覚えのある男女がリーヅの前に現れた。

 ワーゲンとその娘、ブリュンヒルデであった。

「第三帝国の力を持ってしても、本物には勝てないようですね」

「まだ、実験段階だ。見たまえ、粉々にされた腕の蘇生が始まっている。だが、血が足りないようだな」

 血液の入った輸血パックを、リーヅの首元に刺すと、リーヅの身体がピクりと反応する。そして、一瞬で輸血パックの血液を取り込むと、腕の再生速度が上がった。

「驚くべきは、第三帝国の遺産だな。全身の殆どを機械化したレギンレイブに匹敵する破壊力を生物単体が持つとは」

 気を失ったリーヅをブリュンヒルデが抱え、ワーゲンに言った。

「お父様、早く私を完全なワルキューレにしてください」

「もちろんだ。私の手で最強のワルキューレ軍団を造る」

 ワーゲンは野心に心を滾らせていたが、ブリュンヒルデは無表情で、その様子を眺めていた。車に運ぶ頃に、リーヅは意識を取り戻した。

「あら、お目覚め?」

「私はあのメイドにやられて……」

「私達が貴女を回収にきたの、貴女は私達の大切な仲間ですから」

 ブリュンヒルデは、リーヅの頭を撫で、ややこをあやすように言った。

「……ありがとうございます。私はもっと力が欲しいです。鉄腕も、あのメイドも殺せる力が」

「だそうですよ。ワーゲン博士」

 運転するワーゲンにブリュンヒルデは話をふった。

「リーヅ君、いやランワン君だったね。君のその力は、まだ実験段階、どんな副作用があるか分からない。最悪君は死ぬかもしれない」

「構わない。力が手に入るなら、その程度の代償なんて怖くもない」

 ブリュンヒルデはリーヅを抱きしめると言った。

「そう、でも今は身体を休めなさい」

「はい」

 身体の治癒に相当な力を使った為、リーヅは再び意識を失った。

「そう、私が確実に安全に力を得る為に、貴女には色んな実験を受けてもらわないとダメだから、身体は大切にしなきゃだめよ」

 ワーゲンはブリュンヒルデに質問した。

「お前が初めて危険な力を欲するとはな」

 リーヅの髪の毛を撫でながら、ブリュンヒルデは笑った。

「レギンレイブのように全身を変えるなんてあれはワルキューレとは言わないわ、ただの兵器。例えそれがお父様の生み出した最強のワルキューレと言えども認めない。それに、シュベルトライテみたいなのも嫌ね。いつ死ぬか分かったものじゃない。それに比べて私は脳の一部を触っているだけ。そして、このモルモットも手に入った。だから、私は力を求めるの」

 振動を感じさせない運転を心がけながら、ワーゲンは言った。

「いなくなった妻もワルキューレが好きだったな」

「……どうでもいいわ、あんな女」

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