第三章 リリト決意、友の証

 リリトは息切れしていたが、休む暇はなかった。

 明らかに本気になったレギンレイブが、距離を詰めて来る。

 それを避けるにはまだ体力が戻っていなかった。

 やられると、そう思った瞬間。

「おやめなさい」

 紅い着物を着た女が、刀をレギンレイブに向け言う。

「お前は……あぁそうか……分が悪い。命拾いしたな。鉄腕殺し」

 レギンレイブはそう言うと、背中を向けて、その場を去った。

「待て!」

 リリトはレギンレイブを追おうとするが、それを刀を持った女性が制止する。

「お待ちなさい。あの者と戦っても貴女では勝てない」

「邪魔を……貴女は」

 暗がりの中、よく見えなかったが、以前、ゼッハに棒状の飴をくれた人物であった。

「私はサヤカ、アーベル様に雇われた傭兵です。そして、貴女達からゼッハ様を取り返しにきた任も持っております」

「私たちは……」

 リリトは自分たちの事情を説明しようとした時、一人の人物が物陰から現れた。

「アーベル様……」

「リリトさん、君達が、殺人犯でも誘拐犯でもない事くらいは承知だよ。ただ、このまま君達を逃亡者にしておくわけにはいかない。いつ、ゼッハの身に危険が及ぶか分からない。君達がいくら強くても、ゼッハを守りながらだと、必ず穴が出来る。私の屋敷で身を隠す事を提案したい」

 リリトは少し考えたが、ゼッハの身の安全を考えた場合、確かにアーベルの屋敷に行った方がいいと判断した。

「分かりました」

「では、迎えの車を出そう。場所は何処がいいかな?」

 リリトは考えると言った。

「シュトットガルト駅に、明後日の午前五時に」

「分かった。向かおう」

 リリトは送ると言うアーベルの言葉を断り、タクシーを拾い、宿に戻った。


                    ★

 『現在・日本』

 黄色いパーカーに、デニムのホットパンツを着た少女がベンチに座って、両手にクレープを持って食べていた。

 サングラスをかけていたが、その表情が緩んでいるのは誰の目から見ても明らかだった。

 苺の入ったクレープを食べ、手についたクリームを舐めると、次はバナナとチョコレートのクレープを、ほんの三口で食べる少女。

 ポニーテールにしてある髪を括る白いリボンがフワフワと揺れる。

「お前、まだ食べるのか?」

「食べる!」

 買い物を済ませたナナは、少し呆れた顔で、少女の頭を撫でた。

「へっへぇ、だってナナと外に出るの久しぶり。沢山遊びたいんだもん」

「まぁ、たまにはいいな。私は早く温泉に入りたいんだがな。次は何を食べに行く? おっ、この店なんかいいんじゃないか?」

 ナナが少女に見せたパンフレッドには、ハンバーグの有名な店の情報が載っていた。

「行く! 絶対行く!」

 タクシーを拾うと、ナナはパンフレットを運転手に見せた。

「この店に連れて行って欲しい」

「観光ですか?」

 タクシーの運転手は、丁寧な運転をしながら話しかけた。

「まぁそんな所だよ」

 店の前に車をつけると、運転手は笑顔で少女に手を振った。

 ナナの後ろに隠れるが、恥ずかしそうに少女は手を振りかえした。その愛らしさに運転手の表情も思わず緩んでいた。

「さて、お前の望みの店だが、何を食べるんだ?」

 メニューを見ながら、少女は指さした。

 ナナは店員にその商品を頼む。

「えっと、お二人でも相当な量がありますよ?」

「私は食べないよ。コイツ一人で食べるそうだ」

 店員は笑いながらナナに言った。

「4キロのハンバーグですよ。大丈夫ですか?」

「まぁとにかくこれを食べると聞かないんだ。作ってやってくれ」

 少女の持つページの端に、ナナの興味を誘うものがあった。

「これを一つ持ってきてくれないか?」

 店員は少し怪訝な顔をすると言った。

「これは十二才以下のお子様のメニューなのですが……」

「そうか、それは残念だ。日本で本物が見れると思ったのだがな」

 店員は何かを察し言った。

「そうですか、では特別にお出しします」

「すまない。助かるよ。一度見てみたかったんだ」

 店員は苦笑すると一礼し、厨房に消えた。

 少女は目を輝かせてメニューを見つめていた。二十分後に他の客の目も引くような巨大なハンバーグが、少女の目の前に配膳される。

 そして、ナナが注文したお子様ランチもまた同じく配膳された。

「これはまた……」

 ナナは少し呆れて、巨大なハンバーグと少女を見た。

 店員はストップウォッチを持って言った。

「それでは計ります。よーいどん!」

「何だいそれは?」

 ナナが店員に尋ねると、店員は店内のポスターを指さした。

「このスペシャルハンバーグを三十分以内に完食できたら、賞金五千円贈呈になります。ただ、お嬢さんでは少し難しいと思いますが……」

「ふぅん」

 ナナは頬に手をつくと、お子様ランチのピラフをスプーンですくい口に入れた。

「普通の味だな」

 少女は巨大なハンバーグを大きく切り分けると、大きく口を開けてそれを食べた。ハンバーグが美味しかったのか、きゃうと鳴き声を上げ、目を輝かせて巨大なハンバーグの塊を見る。

 まわりの客は愛らしい少女が、美味しそうに食べる様子に、最初は頑張れと声をかけていたが、段々少女の食べる一口が通常のハンバーグサイズである事に気がついた。

「もしかしてあの子、食べきれるんじゃないか? まだ十分くらいだろ?」

 客の見る目が、少女が完食出来るのでは? という期待に変わっていた。開始して十五分が経つ頃、ハンバーグはもう最初の大きさの五分の一程の大きさしかなかった。

 その時、少女のハンバーグを食べる手が止まった。

「やっぱりダメかぁ~」

 そんな声が上がる中、少女はナプキンで口を拭いた。そして再びナイフとフォークを手に持つと、最後の三切れを頬張った。

 時間は二十二分。ナナは少女のグラスに水を注いで渡した。

「ふぅ、美味しかった」

 周りでは歓声が巻き起こっていた。

 最初、唖然としていた店員だったが、封筒を持ってナナの元に近寄った。

「おっ、オメデトウございます。これ賞金です」

「ははっ、よく喰うだろコイツ? 私じゃなくてそこの英雄に渡してやってもらえるか?」

 ナナはコーヒーに口を付けると、恥ずかしそうに封筒を受け取っている少女を見た。

「ハンバーグか……」

 

                    ★

 

『二十一年前・ドイツ』

 リリトが宿に帰ったのは午前二時を回っていた。

 自分の部屋で身軽な服に着替えると、ゼッハ達が宿泊している部屋を訪れた。

 もしかしたら、ブリジットも眠っているかもしれないと思いながら、ノックをした。

 そして、ブリジットに言われた合言葉を思い出す。

「カクテルは?」

「ソルティドック」

 カチャリとドアが開く。

 そこには、銃の手入れをして、寝る準備をしているブリジットの姿があった。

 今日あった事をブリジットにリリトは伝えた。

「そうなんだ。まぁ、メイド長が決めた事ならいいんじゃない? 一応ここにいられなくなった時の為に、キャンピングカーを手に入れたんだけど、必要なさそうだね。公園の近くに止めてるから、明日何とかしないとね」

 くるくると車のキーをブリジットは回した。

「少し、疲れました」

「じゃあ今日は一杯やって寝ましょうか?」

 少年のような笑みを見せると、ブリジットはウォッカの瓶とグレープフルーツジュースを冷蔵庫から取り出し、それをカクテルした

「どうぞ!」

「お酒なんて初めて飲みます……」

 戸惑うリリトに、ブリジットは自分のグラスを近づけた。

「友達の証なのさ」

 コンと、グラスを合わせ、グラスに入ったそれをブリジットは一気に飲んだ。リリトは舐めるようにそれを飲むと目を瞑った。

「どうして、こんな身体に悪い物を人間は取りたがるのでしょうか?」

「まぁ、元々人間は火遊びが好きって事かな?」

 リリトのグラスを受け取ると、それもブリジットは一口で飲み干した。

「くぁー旨い。じゃあ明日も忙しいし、寝ましょうか?」

「そうですね」

 部屋を出ようとするリリトの手を、ブリジットが掴んだ。

「メイド長もここで寝ましょうよ。お嬢様も安心しますよ?」

「私の寝床が……」

「一緒に寝たらいいじゃんか」

 顔を真っ赤にしてリリトは言った。

「貴女は私をそんな嫌らしい目で……」

「違うから、お嬢様と一緒に寝てやんなって、あれで寂しいのを堪えてるのが分かるよ。私の妹もそうだった。ごめん、寝るは」

 毛布を被ると、それ以上ブリジットは話さなくなった。リリトはそっとゼッハのベットに入ると、ゼッハを優しく抱きしめた。

「私は何処に行っても貴女のリリトです」

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