第三章 三番街のバー

 三ユーロを払うと、リリトはお辞儀をしてタクシーを見送った。『ロート・レーゲン』紅い雨と書かれた看板を見つめ、リリトは扉を開いた。

 まだ、八時頃なのに、酔い潰れた者、自分を売りに来た女、またそれを買う男、咽せるような煙草の匂いと、人間の欲望の雰囲気にリリトは吐き気を催した。

 カウンター席に座ると、マスターに注文をする。

「ホットのミルクティをお願いします」

 マスターは頷くと、紅茶を入れる準備を始めた。

「おいおい、酒場なんだから、酒飲もうぜ」

 一人の男がリリトに絡む、普段よりも数段色気の増したリリトに興味を持たない男がいないハズがなかった。

「ここに来たって事は、金目当てだろ? いくらだよ?」

 リリトは両サイドに座る男の話を無視し、回りを見渡していた。

「おい、無視するんじゃねぇよ」

「喋るな。息が臭い。私は鼻がいいんだ」

 リリトがそう一括すると、嫌らしい笑みを浮かべた男達がリリトのまわりに集まった。

 リリトが一人の男を掴もうとした時に、扉が景気よく開いた。

「マスター! ピザ!」

 小柄なショートヘアーの金髪少女、酒場には似つかわないその少女が、リリトの近くのカウンター席に座る。

「腹へった! ピザ沢山!」

 笑う店内の客達、リリトのみ瞳孔が開いた目で、その少女を見た。

「貴様はぁ!」

 リリトのパンチを少女は片手で受け止める。

 昨晩、リリトとブリュンヒルデの戦いに介入した少女、圧倒的な力を持ち、リリトに追撃を躊躇させた少女。

「五月蠅い、お腹すいてるから邪魔しないで」

 出されたピザをバクバクと平らげる少女、一人の酔った男が少女の首に手を回し、話し出した。

「可愛いじゃねぇか、いくつだよ?」

「ん? ボク? えっと……」

 ピザを食べる手を止めて、指を折り数えだした。

 男は少女の腰や肩を触りながら、ピザに手を伸ばしたその時、その手を少女は掴むと少女は男を睨んだ。

「ボクのピザだ。お前、殺すぞ!」

「いてて、離せ!」

 少女は男を突き飛ばす。

 男は大げさに転び、床に激突した。

 マスターはその様子を見ながら、何も無かったかのように、リリトに紅茶を差し出した。

「ありがとうございます」

 リリトは紅茶を一口飲むと言った。

「あら……最低な場所ですが、紅茶はとても美味しいですね」

 ピザを一心不乱に食べていた少女だが、美味しいという言葉に反応し、リリトの隣に座った。

「それ、美味しいの?」

 少女に警戒するリリトだったが、あまりにも興味深そうにリリトの紅茶を見る少女に、つい出た言葉は。

「貴女も飲みますか?」

「いいの?」

 目を輝かせる少女のカップに紅茶を注いだ。

 それに口をつける少女。

「うん、おいしいや! お礼にボクのピザをあげよう」

 リリトに皿を差し出す少女を突然、後ろから男が木の椅子で殴打した。

 少女は倒れ、椅子が粉々になり、ピザの乗った皿が落ち割れた。

 その様子を見た少女は立ち上がり、自分を殴打した相手を見た。

 二メートルはありそうな大男、そして、その取り巻きの男女数名。

「おいおい、椅子でぶん殴られて立ち上がったぞ! あのガキぃ!」

 少女の身体から湯気が立つ。

「絶対に許さない」

 少女は自分を殴った男の腹部を平手で打った。

 瞬間男が血反吐を吐く。

「次はどいつだ?」

 少女は近くにいた別の男の頭を掴むと、それを地面に叩きつける。

「くそ、化け物が! 死ね!」

 少女に銃を向け、それを発砲する。

 少女が撃たれるとカンと高い音が響き、何もなかったかのように、その男を蹴り飛ばす。

 一つしかない扉に走る女の前に、凄まじい動きで反応する少女。

「誰も逃がさない」

 取り巻きの中で笑っていた女の顔が恐怖に歪む。

 顔目がけて放った拳を、横から邪魔が入った。

「お前は……鉄腕を倒した傭兵だったか?」

「もういいでしょう? ピザなら私がご馳走します」

 一度ここで大暴れした鉄腕、それを倒したという言葉は、マスターを除く店内の客を引きつかせた。

 そして、拳銃で撃たれても何も無かったような顔をしている少女、またしても店内の客が一斉に退店する。

 少女の急激な体温の上昇が収まると、腹の音がなった。

「お腹すいたし、もういいか、マスター! ピザ追加!」

 再び、カウンター席に座る少女。

 その隣にリリトは座り、少女に尋ねた。

「貴女達は何ですか? 貴女もハイルブロンの怪人に雇われてるのですか?」

 差し出されたピザを食べながら、少女は答えた。

「ボクはレギンレイブ、ハイルブロンってオジサンは知ってる。お姉さんの所の、子供を連れて来れば記憶を戻してくれるんだって」

「記憶を?」

 モニュモニュとピザを平らげながら頷いた。

「ボクがこの身体になる前は、誰だったのか知りたいからね」

「そうですか……ですが、ゼッハを貴女達の手に落とすわけには行きません」

 ピザを一枚食べ終わると、それをオレンジジュースで流し込む。

「じゃあどうするの?」

「貴女を殺してでも、ゼッハの元には向かわせない。ハイルブロンの行方も吐いてもらいます」

 レギンレイブは笑顔を見せると言った。

「ボク、お姉さん、優しいし、結構好きだから殺すの辛いな」

「ここでは店に迷惑がかかります。場所を変えましょう」

 リリトは料金を多めに払うと、レギンレイブを連れて店を出た。

 人通りの少ない裏通りに向かい、そこで足を止めた。

「ここでいいでしょう」

「ハァ……嫌だなぁ」

「ハイルブロンという男や、貴女達について話してくれませんか?」

「それはダメ」

 あからさまに嫌そうな顔をして、レギンレイブは手でバツを作って答えた。

「ならば力づくです」

 リリトはレギンレイブに掌底を放つ。

 それが綺麗に決まるが、びくともしないレギンレイブ。

「くっ」

 続いてリリトはレギンレイブにラッシュをしかけた。

 そのどれもがヒットするが、ダメージを全く負わないレギンレイブ。

「えいっ!」

 レギンレイブの大ぶりなパンチをリリトは避ける。

 レギンレイブのパンチは壁に空振りし、コンクリートを砂のように粉々に変える。

「ねぇ、もうやめよ?」

 レギンレイブは懇願するように、リリトに言う。

「すみません。貴女を人間と思う事をやめます。ここからは本気で行きます」

 リリトはレギンレイブと距離を取ると、構えを取った。

 またしても、レギンレイブはノーガードでそれを待ち受ける。

「はぁああああ! パンツァ・ファウスト!」

 レギンレイブに高速の掌底突きを放った。

 掌がレギンレイブから離れる瞬間、レギンレイブに衝撃が走る。

「うっ……」

 二メートル程、衝撃で後ろに下がるレギンレイブ、ゆっくりと顔を上げる。

 その瞳は怒りに染まっていた。

 身体から薄ら湯気が立つ。

「……もういいや。殺すから」

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