第一章 メイドがもう一人

「いいよ。殺して」

 大の字になり、ブリジットはそう言った。

 リリトは頷き、最初にブリジットから払ったハンドガンを拾うと、それをブリジットの頭に静かに近づけた。

「だめ! 殺しちゃだめ!」

 涙目でリリトにゼッハがしがみついた。

「ゼッハ……」

「リリト勝ったでしょ? だからもうこれ以上はだめ!」

 ブリジットは身体を起こすと諭すように言った。

「お嬢ちゃん、私はお金で雇われて、この人を殺して、お嬢ちゃんを攫いに来た悪い人なんだよ? 次、いつ同じ事をするか分からない。だから、この人は私を殺さないといけないんだ」

 ブリジットを見つめると、ゼッハはブリジットに質問をした。

「いくら?」

「えっ?」

「いくらで雇われたの?」

 呆気にとられながら、ブリジットは答えた。

「アメリカドルで貰うハズだったけど、五万ユーロ……」

 少し考えると、ゼッハは言った。

「十万ユーロあげる。だから、もう悪い事しないで!」

 リリトはゼッハの発言に驚きながら、言葉が出ないでいた。

 我に返ったブリジットが子供相手だと言うのに慌てて答える。

「大きな金額を出されたからって、簡単に雇い主を変えるのはこの世界では風上にもおけない。だけど、気乗りしてなかったし、雇って頂けますか? メイド兼、用心棒として?」

「そんな事いいわけないで……」

 リリトが何かを言う前に、ゼッハは答えた。

「いいよ!」

「そんな、ゼッハ!」

 ゼッハは、何か言いたそうなリリトの前に立つと言った。いつもとは立場が逆転しているようにリリトは黙ってゼッハの言葉を聞く。

「困っている人を助けられない人になっちゃダメって、お父さん言ってた」

 ゼッハの言葉に渋々従い、リリトはブリジットを睨んで言った。

「鉄腕、次何かおかしな事をしたら、その時は殺します」

 両手を挙げてブリジットは返答した。

「はいはーい、私も二度とメイド長とは喧嘩しませんよー」

「メイド長?」

「だって私は後輩メイドで、アンタが先に仕えてるんだから、メイド長でしょ?」

 その時、ゼッハがリリトの裾を引っ張って言った。

「リリト、お腹すいた」

 リリトはバスケットを出すと、その場で広げる。

 ベーグルのサンドイッチが4つと、紅茶の入った水筒、そして果物が入っていた。

 リリトは、ゼッハにベーグルを渡すと紅茶を注いだ。

 そして、ブリジットにもベーグルを手渡す。

「私もいいの?」

「そうしないとゼッハが怒ります。あと、その義手の弾丸はあの一発だけですか?」

「隠し銃だからね。この通り」

 義手の弾倉を見せ、弾丸がない事を確認すると、リリトは少し拗ねた子供のようにそっぽを向いた。

「それはそれは、有り難く、神とお嬢様に祈って頂きます」

 ベーグルを食べると、ブリジットは木に刺さったナイフを引き抜いた。

「貴様!」

「メイド長、リンゴ取って貰えますか?」

 ナイフをくるくると回すと、ブリジットは笑った。

 リリトは、殺気だけは消さずにバスケットのリンゴをブリジットに手渡すと、ブリジットはリンゴを器用に兎の形に切った。

「はい、お嬢様どうぞ! リンゴの兎ですよ」

 それを見ると、ゼッハは感嘆の声を上げた。

「わぁ、可愛い! ブリジット凄いね?」

「凄いのはお嬢様ですよ。さっきまで貴女達に危害を加えに来た私に、普通に接するんだからさ」

 リンゴを食べながら、ゼッハはそれに答えた。

「だって、ブリジットは悪い人に見えなかったもん。お姫様みたい」

 ゼッハにとって、金髪に青い眼のブリジットは、本に出てくる、お姫様そのものであった。クスりと笑うと、ブリジットはくるりとまわって礼をした。

「こんな野蛮な姫ですけどね。あ、でも料理は得意ですよ」

 食事を終えると、リリトは、ブリジットに雇い主について質問した。

「名はハイルブロンの怪人と名乗っていた。支払いが随分良いね。失敗した者は消すみたいだよ。まぁ、私なら返り討ちにするけどね。私の素生にも随分詳しいみたい。三番街のバーによく出没する。そのくらいかな? なんなら今日私が見て来ようか?」

 リリトは冷たい表情で言った。

「私はお前を信用していない」

「そりゃあね。逆に信用された方が怖いよね」

 紅茶を啜りながら、ブリジットは淡々と答えた。

「何て軽い。それでも貴様、元軍人か?」

 少年のように笑うと、ブリジットは言った。

「私はアメリカ人だからね。好きなように生きて、死ぬ。メイド長こそ、堅物すぎじゃないか? スタイルも良いし、綺麗な顔してるんだから、もう少しお洒落しなよ?」

 顔をプイと向けるリリト。

「私はドイツ犬ですから、そんな思考は持ち合わせていません」

 ゼッハは二人の間に入って叫んだ。

「喧嘩はだめ!」

 ブリジットは両手を挙げて言った。

「はい、お嬢様。降参しまーす。そうだ。単車取ってきますね」

 青いスポーツタイプのバイクを持ってきたブリジットに、ゼッハは目を輝かせた。

「バイクだよね? かっこいいよ! ブリジット!」

「乗ってみますか?」

「いいの?」

 すかさずリリトが止めた。

「だめですよ。ゼッハ! 貴女を連れて、逃げるかもしれません」

「そんな事しないって、お嬢様乗りたがってるよ?」

 リリトは、単車に乗りたそうなゼッハを見て考えた。

「私も乗ります」

「え?」

 さすがにブリジットも、何を言っているのか分からなかった。

「三人乗りをするの?」

 無言で頷くリリト、それに賛成のゼッハ。

「うん、皆で乗る!」

「オーケー! 雇用主の望むがままに!」

 ブリジットが運転、真ん中にゼッハ、一番後ろにリリトが乗り、バイクはゆっくりと発進した。

「で? 捕まったらどうすんのさ?」

「んっ……私が罰金払います」

 リリトはそう言うと、ゼッハが落ちないように優しく、ゼッハの腰に手を回した。

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