第一章 番犬対猟犬

 ブリジットには年の離れた妹と生後間もない弟がいた。

 自分がハイスクールに通っていた頃、今回攫う少女と同じくらいの年の妹は死んだ。

 正確には生死不明である。

 幼少から重い心臓の病を患っていた妹は、数多の治療を受けたが、どれも改善には至らなかった。

 ある時、両親は医者から相談を受ける事になる。

「新しい治療法があります。どうでしょう? 娘さんを助ける為に、これに賭けてみては?」

 少し考え、両親はその治療法に、首を縦に振った。

 ブリジットは毎日のように教会に通い、十字架を握りしめた。

 しかし、待っていたのは強烈な絶望と、動かなくなった妹の死体だった。

「ジャンヌ! ジャンヌ! あぁああああ!」

 そんなブリジットは妹の亡骸を抱きしめた時、違和感を感じた。

 確かに妹の姿をしたそれ、死んでいるからだろうか? 香りが妹のそれとは違う。

 葬儀の時に、ブリジットはナイフで、遺体の髪の毛を一握り切った。

 葬儀中、これは妹ではない。そんな確信が、ブリジットの中で大きくなっていた。

 葬儀の後、知り合いの大学で調べさせ、返ってきた答えに震え、そして歓喜した。

「妹は生きているかもしれない」

 髪の毛から分かった事、それは紛れもなく男の髪の毛であるという事、それを両親に話すと直ぐに、手術を行った病院に連絡を取った。

 しかし、そんな医者はその病院にはいないと言われた。

 警察の捜査もむなしく、手術をした男の行方は掴めなかった。

 臓器売買の組織なのか?

 しかし、心臓の病を持つ娘を攫う理由、足取りが掴めない以上憶測しか、分からなかった。両親は妹は死んだと言い聞かせ、妹の事に関して口を開かなくなった。

 周囲の目もあったのだろう。

 だが、ブリジットにはそんな両親の態度が許せなかった。

「お父様、お母様、今まで育ててくれてありがとうございます。私は軍に入ります」

 両親は目を開き、それを止めた。

 そんな両親と決別するようにブリジットは大学を辞めて家を出た。

「力が必要だ。私は無力だ」

 それからブリジットは、入隊後アメリカ最強の部隊に入る事を望み、その希望が叶うに至る。最強に相応しい力を手に入れるブリジット。

 しかし、中東で子供を使った自爆テロ相手に殺す事が出来ず、自身の腕を失い、隊を半壊に追いやった。

 その自責の念もあり、軍を後にする。

 それから賞金稼ぎとして、荒廃した生活を送っていた。

 色んな国で殺しを行った。

 日本と言う、お気楽な国では不思議な技と、手入れさえすれば、元の手のようによく動く義手を手に入れた。

 悪を憎むあまり、何を憎んでいるのかいつのまにかブリジットにも分からなくなっていた。 

 この屋敷の少女を見ていると、自分が行う行為を躊躇している事に気がついた。

 それに段々可笑しくなる。殺し過ぎる程殺した自分なのに……

「ふふっ、私にもまだ、人間の血が流れていたのか」

 何処かでコーヒーでも飲もうとした時、妹の面影を持った少女とすれ違った。

 急ブレーキをかけるが、バイクは止まらない。

 力まかせにバイクを止める。

 その少女は、もう既にその場にはいなかった。

 昔を思い出すあまりに見た白昼夢、そう思い聞かせ、胸の動機を抑えた。


                    ★


「気持ちいいですね? ゼッハ!」

「うん!」

 リリトと手を繋ぎながら、ゼッハは笑顔で頷いた。

 バスケットをゼッハに見せると、リリトは、ゼッハの視線に合わせるように屈んだ。

「お弁当も沢山作ってきましたよ」

「ねぇ、リリト……」

 恥ずかしそうに、もじもじとゼッハは口ごもっていた。

「何ですか? ゼッハ?」

「……リリト、お母さんみたい」

 その言葉にリリトは硬直した。

「どうしたの? リリト?」

「――私が、ゼッハのお母さん」

 端から見れば、少し年の離れた姉妹と言った所だが、驚く程に顔を緩め、リリトは舞い上がっていた。

 その光景を、遠くから観察していたブリジットは、呆れて煙草を咥えた。

「しかし、ボディガード無しでお気楽な奴だな。今ここで攫うか?」

 今なら確実かつ、安全に任務を遂行出来る。

 ブリジットは二人がラインガルデンの展望台に向かっている事を知り、人通りの少ない山道で行動に出る事にした。

 野鳥を指さしては、何やら説明しているメイドと、それを真剣に聞いて頷く少女、メイドを殺害し、少女を気絶させ、攫う。

 それで終了。

 目覚めは悪いが、子供が絡むものは、早急に終わらせたかった。

 そんな考えはあったが、油断はしていなかった。

 射程に入った瞬間、ブリジットは飛び出して銃を抜いた。

 だが、手に衝撃が走り、握っていたベレッタM8000は地面に転がる。

 メイドが凄まじい反射神経で、銃を払い落とし、笑顔だったその表情が鋭い目つきに変わりブリジットを睨みつける。

「アンタがその娘のボディガードか?」

 銃を落とされた事には驚愕したが、考えを切り替えた。

 目の前にいるメイドこそが、武装した連中を瞬殺した戦士であると、ブリジットは頭と体に認識させる。

「いいえ、私はゼッハの家族です」

「そうかい、私は金で雇われた傭兵だ。悪いがアンタの命を奪う」

 懐からナイフを取り出すと、それをリリトに投げつけた。

 リリトはそれをよけると、ゼッハに離れるように指示を出した。

「ゼッハ、少し下がっていなさい。私が見える所で頭を低くして」

 その隙をブリジットも見過ごさない。

 地面を蹴り、リリトに三段蹴りを放った。

 しかし、リリトは最後の蹴りの時に、ブリジットの足を掴み、地面に叩きつける。

「おっと、なんて馬鹿力。アンタ、綺麗な顔して戦い慣れてるな?」

 ブリジットは楽しそうに言うが、リリトは敵意むき出しで返答した。

「貴女程じゃないですよ。鉄腕」

「私は意外と有名なのな?」

 リリトの掴む腕を、身体を捻って外すと、リリトの前に対峙した。

 リリトより、頭一つ分小さいブリジットだったが、真っ向から向かって来る。

「鉄腕の猟犬、ブリジットブルー、参る!」

 ハイキックを放つブリジット、立て続けにロー、その両方を受け、動じないリリトは、そのまま反撃する。

 しかし、それこそがブリジットの狙いだった。

 リリトの放った腕を優しく掴み、リリトの力を利用して、頭から地面に落とした。

 リリトは一体何が起きたのか分からない。

「まだ終わりじゃない!」

 叩きつけた反動で、そのままさらに逆方向に叩きつけた。

 それを嫌という程繰り返した。

 リリトの額から血が流れ出す、

 ブリジットは、自分の猛攻に、リリトは既に意識がないと思っていた。

 しかし、リリトは好き勝手に地面に叩き付けられながら、ブリジットの頭を掴んだのである。

「コイツ……」

 そのあまりの力に、ブリジットはリリトの腕を放した。

「不思議な技を使いますね。鉄腕! ちょっと頭がくらくらしますよ」

 あまりにも頑丈なリリトに、ブリジットは身震いする。

 本能が危険と感じ、距離を取った。

「アンタも大概だろ? 何食ったらそんな身体になるんだよ?」

「生まれつきです……あぁ正確には一度死んでるので生き返ってからですね」

 服についた砂を落とすと、リリトはブリジットに向かった。

「面白いジョークだね。褒めてやんよ。タイマンで私にこれを出させたんだ」

 ブリジットは、腰から片手で扱える大きさのマシンガンを取り出した。

 一つおかしな点は、マシンガンのグリップの下に鎖が繋がっている事であった。

「自作ですか?」

「そうそう、特注品!」

 自慢の玩具を出したように、ブリジットは微笑み、マシンガンを躊躇無く発砲した。

 それをよけるリリトに向けて鎖を投げつけた。

 鎖の先には重りがついており、リリトの腕に絡みついた。

「アンタ、清々しい程強かったよ。じゃあね」

 ブリジットは、鎖分銅に捕らえられたリリトに向けて、マシンガンを放った。

 壊れたエンジンのような音が響く。

 至近距離からのマガジン全弾を放ったブリジット、さすがにこれで生きている人間はまずいない。

 視線の少し先には、腕で防御しているリリトの姿があった。

 腕は蜂の巣のようになって煙を上げている。

「そんな馬鹿な……」

 ブリジットはマシンガンのマガジンを落とすと、新しいマガジンを装填するために腰に手をやったその時、鎖がもの凄い力で引っ張られた。

「くっ」

 リリトは表情一つ変えずに、引っ張ったブリジットを拳で連打した。

「格闘技術は私より上ですね。でも、私を殺しきれなかった。そこが敗因です」

 マシンガンで撃たれ、蜂の巣のようになった腕の傷が治りかけている光景をブリジットは見た。

「何だよそれ……」

「私は元、犬の人造人間です」

 ブリジットは最後の力を振り絞り、リリトに向けて右手の義手を向けた。

 ブリジットの最終隠し武器、義手に仕込まれた44口径の弾丸。

 頭を吹き飛ばすには十分な火力、この頑丈すぎる戦士を倒すのには、これしかなかった。

 ブリジットはこれ以外にリリトを倒す手段がない事を悔やみ、弾丸を放った。

 タイヤが破裂するような音が鳴り、リリトが大きく後ろにのけ反る。

 ブリジットは、気を失いそうになりながら、自分が殺した戦士の姿を見ようと、リリトによろよろと近づいた。

「……薄々、想像はしていたよ」

 ブリジットは力が抜け、倒れた。

 リリトは、弾丸を歯で受け止めていたのである。

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