第二章 新しい朝

 第二章 ノルン

 『語り』

「おめでとうございます。女の子ですよ」

 嬉しい。

 でもちょっと生まれる前に性別言うのはどうかなって思います。

 あーあー、私の大事な人達はまだ生まれてもないのに号泣しちゃってる。生まれてから一度も喧嘩をしたことのない弟、本当にお互い一目ぼれで結婚してしまった私の旦那様。世界最高の頭脳とか言われてるのに空を見上げて子供みたいに大声で泣いているところが本当に可愛いな。

 本当に大好きで、大好きで、大好きで、大好きすぎてもうたまらない。

 お医者様が私と弟と旦那様を呼んで空気を壊すような事を言うんです。

「エリーさんの身体では出産、その術後に身体が耐えられるかどうか……」

 どうか、じゃなくて多分耐えられないんでしょうね。そういう事は正直に言ってくれないと、そういうのがお医者様の悪い所です。

 私の娘、願わくば元気に育って欲しいなって思います。それで優しい子になって欲しいな。人の気持ちを思いやれる子。もう一つだけ我儘を言うと旦那様のように賢い子になってくれればもう私は思い残す事はないかな……ってできれば生きて貴女を抱きしめて、貴女の成長を旦那様と見ていたい。

 旦那様は私を絶対に死なせないと言って研究に没頭をはじめちゃった。できれば一緒にいて欲しいなとか思っちゃいますけど、私の為に何かをしてくれる彼に嬉しくてドキドキしちゃう。本当にバカみたいに見えちゃうのかな?

  ふふっ、羨ましいかい?

 ゼッハ・ガブリエラ。

 私の大切な宝物。

 もし、もしもね? お母さんがダメだったら私が見れない明日を貴女が代わりに見てね? 貴女が笑うその一日があればお母さん嬉しいからね?

 お母さんね? なんだか死ぬかもしれないって事が怖くないんだ。

 なんでだろう? そう思ったらね? 簡単だった。

 あぁ、私の人生は幸せで一杯だったんだって思えたから。


                 ★


『現在・日本』

 病室で薬と睨めっこしていた陸緒に、ナナは言った。

「話はここまで、さぁ約束だ。ぐいっとやってくれ!」

 そう言われて覚悟を決めると目を瞑って薬を飲む陸緒。

「あれ? この薬、変な味がしない」

 陸緒の頭を撫でると、ナナは言った。

「魔女は薬を作るのも上手なんだよ。味のしない薬をお前の為に作ったんだ」

「ありがとう先生! そういえば、ゼッハって凄いよね!」

「凄い?」

「だって、ブリジットを自分の家で雇っちゃうんだもん。普通は出来ないよ」

「……そうだな」

 水を自分のコップに注ぐと、ナナはそれを口に含んだ。

「ねぇ、先生、続きは?」

「今日はここまでだ」

 陸緒の頭を撫でると、ナナはそう言って笑った。

「えー、もっと聞きたい」

 駄々をこねる陸緒に、ナナは思い出したように話を変えた。

「お前より少し年上の女の子が私の所にいるんだ」

「先生の子供?」

 頭をかくとナナは言った。

「うーん、娘じゃないんだけどな。まぁ娘みたいなもんかな。その内連れてくるから、仲良くしてやってくれよな」

「うん! 楽しみ」

 もう一度、ナナは陸緒の頭を撫でた。


                     ★

 

『二十一年前・ドイツ』

 ゼッハの隣の部屋で、リリトとブリジットは並んで眠っていた。

 ブリジットの事を信用していないリリトは、自分の監視下に置きたいが為にそのような状態に至った。

 朝の六時に、ブリジットは動きを見せた。

「何処へ行く?」

 ブリジットは恐らく、一晩中自分を監視していたであろうリリトに、苦笑して言った。

「お手洗いですよ。何なら一緒に来ますか? 私と一緒に寝たいくらいですから、メイド長はレズの気でもあるんですか?」

 毛布を頭から被ったリリトは叫んだ。

「そんなわけないでしょう!」

 悪戯っぽい笑みを見せると、ブリジットは隣の部屋を指さした。

「お嬢様起きちゃいますよ?」

「くっ、貴様! 変な素振りを見せたら許さないですよ?」

「はいはい」

 両手を挙げてブリジットは部屋を出た。

 お手洗いにしては長すぎる事を感じたリリトは、まずゼッハの部屋に入り、無事を確認した。そして、すり足で気配の感じるキッチンを覗いた。

「ブリジット、何をしている!」

 キッチンで何やら、料理をしているブリジットに、リリトは叫んだ。

「やっぱり、私に気があるんですね。メイド長、朝食ですよ」

「違う! 勝手にキッチンを触るな!」

 見るとスクランブルエッグとマッシュポテトが旨そうな湯気を立てていた。

「なに騒いでるの?」

 目を擦りながら、まだ眠そうにゼッハは、二人が話しているキッチンに入って来た。

「あぁ、ゼッハ、すみません。起こしてしまいましたか?」

 戸惑うリリトと違い、ブリジットは、そんなゼッハに、冷たいミルクを差し出して言った。

「おはようございますお嬢様、朝食の準備が出来ましたよ。顔を洗いましょうね?」

 寝ぼけながら頷くゼッハを、ブリジットは洗面所に連れて行った。

「おい、貴様、ゼッハに……」

 ゼッハの洗面に優しく付き合うブリジットを見て、リリトはそれ以上は黙った。

 顔をタオルで拭きながら、ゼッハはリリトを見つけると抱きついた。

「おはようリリト」

「おはようございます。ゼッハ」

 ブリジットは手を叩くと言った。

「はい、では全員揃った所で、朝食にしましょう」

 コーヒーをマグカップに注ぐブリジット。

「お嬢様はたっぷりミルクを入れたカフェオレにしましょうね!」

 アメリカ式のボリュームのある朝食に、リリトはゼッハのカロリーを気にしたが、ゼッハが楽しそうに食べる様を見て、これまた小言を言うのをやめた。

「ゼッハ、サラダもちゃんと食べましょうね?」

 ゼッハにサラダを取り分け、ブリジットの用意した食事をリリトは口にした。

「ブリジット!」

「何? メイド長、口に合わなかった?」

「貸し一ですからね」

 さらにもう一口食事を運ぶリリトを見て、それなりに美味しいと言う、リリトなりの言葉だと理解しブリジットは笑った。

「はい、そういう事にしておきます。お嬢様の学校とかは?」

 事情を聞き、ブリジットは頷いた。

「そっか、昨日は私が予定潰しちゃったんで、今日は私が家の掃除とかしてますよ。メイド長と、お嬢様は買い物とかどうです?」

「私はまだお前を信用してない」

「一応、お嬢様は命の恩人だし。それに、もうメイド長と戦おうとは思いませんよ」

「じゃあ、何でここから出て行かない?」

「お嬢様はまた狙われる。それを守るのは恩返しさ。それと、ハイルブロンに私も用がある」

 昨日の戦士の目で、ブリジットは答えた。

「もう、喧嘩しちゃダメ! ブリジットは私が雇ったの! それに、こんな美味しいご飯作れるんだから悪い人じゃないよ」

 険悪なムードを、ゼッハが声を大にして壊した。

「ゼッハ、すみません」

 ゼッハの目線に腰を下ろし、リリトが深く頭を垂れた。

 ブリジットもそれに続き、腰を低くした。

 さながら姫に手をさしのべる王子のような姿勢でゼッハに謝罪した。

「お嬢様、見苦しい所をすみません。メイド長はお嬢様の事を考えての事です。そして、私を信用して頂き、ありがとうございます。命にかえてもここはお守りします」

「うん、お願い。でもその前に、仲直りの握手!」

 ゼッハは笑顔で二人を見た。

 ブリジットの差し出す手を、リリトは少し躊躇し、握った。

 ゼッハの着替えが済むと、服や整理品を買いに出かける事になった。

 その間は、ブリジットは留守番する事でリリトが渋々、納得した。

「何かしでかしたら許しませんよ」

 ブリジットは舌を出すと言った。

「マフィンでも焼こうかと思ってたんですけど?」

「そんな事しなくて……」

「マフィン食べたい!」

 リリトが拒否する前に、ゼッハが目を輝かせて叫んだ。

「マフィンだけですからね!」

 胸に手を当ててお辞儀すると、ブリジットはわざとらしく言った。

「かしこまりました」

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