Q初詣 A継続
毎年恒例の初詣はどうしても3日が良いというコウに引きずられて、不愉快な人込みの中を歩く羽目になった。
毎年毎年、鰻が食べたいと言い出すコウに加え、今年は近くもないのに亮まで増えて鰻コール。
合否はまだだが恐らく合格であろう俺と、模試でずっとA判定の亮は兎も角、コウは下手すると浪人だというのに呑気なものだ。
推薦枠で漏れていてもどの大学も判定Aの俺は危機感などないが、コウはもっと焦っても良いのではないか。
恒例の猿回しに亮が興味を示したが、無視してずんずん進むコウ。土産屋や屋台にいちいち足を止める二人に半ば呆れていると、ポケット伝いに振動を感じた。
新着メール:佐藤優子
じゃがバターを食べるか食べないかで二人が揉めているうちに素早く内容を確認した。気になって仕方が無いということが我ながら女々しい。
あけましておめでとう♪
今年もよろしくお願いします(・▽・)/
受験勉強がんばる!
深い溜め息が自然と零れた。あと僅かで高校生活は終了する。彼女の示す今年というのが残り少ない数か月のことなのか、それとも違うのか。
小動物のような瞳で訴えてくる「勉強を教えて欲しい。」という感情をかわし続ける事が出来るのかという不安。そしてどうしてこんなに頑なに彼女と接っする事を拒んでいるのか理解できないじれったさ。成長できないふがいなさ。
「一斉送信じゃないんだな。」
ぼそりと呟いてから慌てて周囲を確認したが、じゃがバターを取り合う二人は全く気が付いていないようで安心した。そんなに使わないだろうという亮のバターや明太子マヨネーズを皿に盛っている。
「おい、ケンも食べる?」
「ちょっと亮君、わざわざ減らす真似をするんじゃない。」
「お前、食いすぎだろ!ってか君って気持ち悪いな。」
「亮君っていえばデレデレするかと思って。」
「ふざけるな、おいっ、食べ過ぎだろう。」
一人一つ買うという最善策を捨てて醜い奪い合いをする二人に既視感を覚える。半年もしない間に同じもので同じやり取りをする友人の成長の無さが痛々しくて、笑える。携帯を折りたたみポケットに突っ込むと二人の横に移動した。
「携帯眺めてにやにやして、気持ち悪いぜケン。」
「にやにや?」
そんな表情をしていた自覚がなかったので焦った。コウが亮からじゃがバターを奪い取って最後の一口を放り込んだ。
「お前って結構分かりやすいよな。なあ亮。」
「ちょ、お前ずるくねえ。何、ケンの奴誰とメールしてるんだ?」
コウの頭を小突くと亮があーあと空になった紙皿をひらひらさせた。自称大人っぽくて冷静な男が聞いてあきれる。子供っぽい拗ねたような表情を浮かべている。
「別に。誰とも。」
「ふーん。」
二人が目を見合わせているのを無視して俺は歩き出した。下手な事を言うとからかわれるのが目に見えているので口を閉じる。ダッフルコートのポケットに両手を突っ込んで無言で歩き出した。
「おいケン。無視するなよ。」
「まあまあ、どうせ俺たち分かってるしな。」
断固として黙秘を続ける俺に二人が両側から小突いてくるがそれも無視した。
「それにしても、こんなに混んでるんだな。」
寺へ続く坂道にはいくつもの店が並び、特に名物の鰻の店には順番待ちの行列ができている。食欲をそそる煙と群がる人々。煩悩を掻き消したはずの除夜の鐘の効果はたった数日で効果がうすれる。
諸行無常。
こんなことばかり考えているから皮肉っぽいと言われるのかもしれない。
亮がきょろきょろと周りを見渡しもの珍しさに目を輝かせて、あの店にあとで寄ろう、あの店で食べたいなどと口にする。
既に見慣れた光景だったので亮の反応は俺には新鮮に映った。
「あそこの鰻はさ、旨いんだ。」
「俺はあっちのが好きだけど。」
通り過ぎながら鰻を焼く煙につい鼻を利かせる。ふわりとした身よりもすこしカリッとした焼き加減が好きな俺とは合わないコウの味覚。毎年どの店に入るかで揉めて結局混んでいない方という事になるのだが最後になるかも知れないので折角ならば俺のおすすめの店に案内したい。
「来年、店変えればどっちも行けるな。」
「何当然みたいに独り身宣言してるんだ。自分は彼女といちゃいちゃ詣のくせに。」
当たり前のように口にした亮に少し驚いた。コウはぶつぶつ俺も来年は可愛い彼女が隣にいる予定なんだ、大学デビューするんだとぼやいている。
幼稚園から延々と腐れ縁のコウならいざ知らず、いつの間にやらつるむようになっていた亮から当然のように言われたのは少し嬉しかった。
傷つけられるのが悔しくて、腹立たしくて、だから人付き合いを遠ざけてきた3年間。そこで新たに友人が出来るとは思いもよらなかったというのが高校3年間の率直な感想だ。
「もう、祖父のところには行けないからな。そしたらお前らと来るしかないじゃん。」
「そういえばさ、中原とは初詣行かねえの?」
「親の実家で毎年水戸なんだってさ。」
気持ち悪い照れ笑いを浮かべて、亮が携帯の待ち受けを俺たちの顔面に突き付けた。中原雪菜が着物姿で写っている。両端に人の腕らしきものが写っていることから想像するに彼女だけになるようにトリミングしたようだ。
「水戸って偕楽園だっけ。梅で有名な日本三景。」
「俺が知ってる訳ないだろう。納豆とか水戸黄門だろ。普通。」
「ちょっと、無視するなよ。」
「だって彼女自慢とか嫌味か!なあ、ケン。」
「いや、興味ないだけ。」
ぶすくれるコウを尻目にほんの少し想像してみる。あと2年もすれば成人式で、鮮やかな振袖を彼女も纏うはずだ。
陶器のような乳白色の肌に和装はよく似合うだろう。一昨年の夏に見た、大人びてまだ似合っているとはいえない菖蒲柄の紺色の浴衣姿が瞼に浮かぶ。それでも十分過ぎるほど眩かった。
綺麗に纏め上げた艶やかな黒髪を際立たせるすらりとした白い項。彼女がすれ違うだけでなく、隣に居ることがあれば見とれてみっともない表情しかできないのではないだろうか。
「なあ、ケン。」
「え?」
「なんだよ、聞いてなかったのかよ。」
「悪い。」
もうほとんど関わることもないというのに、一歩をいつまで経っても踏み出せないから現実になることは全く有り得ないというのに、想像をしていた事が恥ずかしくて地面に視線を落とした。誰かが、おそらく子供だろう。が落としたスーパーボールを蹴飛ばして足を進める。
「だからさ、中原経由で卒業式のあとに女子とどっかに行こうぜ。」
「中原経由って、榎本はもういいのかよ。」
狭くなって更に人で溢れる坂道を下る。
「思い出させるなよ。榎本には玉砕したじゃないか。告白も出来ないうちに。」
愉快そうな亮をコウが睨みつけた。
「そうだっけ。」
「彼氏いるって言ってた。」
酷く不機嫌そうにコウが呟く。甘栗の試食に亮が足を止めそうになるのを腕をひっぱって連れて行く。いつまで経っても目的に辿りつきやしない。
「俺は行かないからな。」
「えー、4人とかあからさまで気まずいだろ。」
「誰だっけ、中原とつるんでるっていうと…。」
思い描いたのは勿論彼女で、酷く複雑な気分だった。他にも仲がいい女子は3人もいるのにすぐに彼女の顔が浮かんできてしまう。
「雪菜ならサユも誘ってって言えば何とかしてくれると思うけど。コウ、お前がいるとなあ。」
「どういう意味だよ。」
「チャライって倦厭されてるらしいぜ。」
「俺は一途だろ。」
「いや、7人に振られたって有名らしいぜ。」
「デタラメ言うなよ。」
「そもそも7じゃなくね。」
昔から可愛いと言ってはすぐに女子を好きになるコウの心境が俺には理解できない。
「あ、ちょっと待って。この店見てく。」
店先に陶器や茶道具を並べた店にコウが入っていった。店主らしきお婆さんがまったく似つかわしくない客と判断したのかやる気なさげに挨拶をしてきた。小さくお辞儀をしたがあまり気分は良くない。
「冷やかしなら気まずいんだけど。」
小さく、素早くコウに耳打ちした。大抵ニコニコとしているコウが珍しく真剣な目で売り物を眺める。
「ばあちゃんに梟買おうと思って。」
昨年から認知症が進んで施設で暮らし始めたコウの祖母、たみさんは大の梟好きで小さい頃から耳にタコが出来るくらい梟の話をされた。
不苦労だから賢輔君も苦労しない大人に成長するように、と小学生の時にコウとおそろいの手製のちりめん守りをくれたことがある。小さい梟のお守りは今でも財布に入っていて、すっかり汚れてしまっているが密かに宝物だったりする。
物心ついたときには両親側共に祖父母がおらず、コウと同居するたみさんは自分にとっても祖母のような存在だった。たみさんが作る和菓子は甘さ控えめで上品な味なのに、見た目は戦隊物だったりライオンや虎だったりと工夫に溢れていて大好きだった。
花札や麻雀を教えてくれたのもたみさんで、豪快に笑う姿や少し卑怯な仕草で相手を騙す戦法はコウに良く受け継がれている。
歳を重ねるごとに会話がなくなり、高校の入学式後に挨拶に行ったときに名前を忘れられてしまっていた時はこっそりと一人で泣いた。実の孫であるコウはもっと寂しく辛いだろう。
「コウ、あいつおばあちゃん子なんだ。」
「へえ、意外。」
「俺も良く遊んでもらった。コウの両親共働きでさ。」
「いつからの付き合いなんだっけ、お前ら。」
「覚えてるのは幼稚園。その頃はのびたとジャイアンだったけど。」
「俺、転勤族だったからそういうの憧れる。で、ジャイアンはまだ決まらないのかよ。腹減った。」
「いや、俺がジャイアン。」
「マジかよ。何、横取りとかしてたの。想像つかねえ。」
「記憶にないけど、写真残ってる。」
「はあ、幼稚園で出会ってたら子分の取り合いしてたな俺ら。」
「やっぱりお前はそっちなんだ。」
手持無沙汰で店の外をぼんやりと眺めながらどうでもよさそうな昔話をした。幼稚園や小学校時代の武勇伝や、コウのドジ話に花が咲く。目の前を通り過ぎていく家族連れやカップルに不意に見知った人物が紛れた。
ベージュのダウンコートに酷く沈んだ青白い顔の彼女に目を疑う。まるでそこにだけピントが合ったように彼女がけがはっきりとしていた。
連れはいないようで少し俯いて今にも泣きそうな表情を浮かべている彼女に思わず店を出た。
「どうした、ケン。」
「いや、別に。」
あっという間に人込みに埋もれて見失ってしまった彼女の姿を目で探してみたがみつけられなかった。
ほくほく顔で買い物を終えたコウを迎えて参拝へ向かう間、逆方向だと分かっていながらも人の群れの隙間に彼女がいないかと探してみたがもう二度と捕えることはなかった。
急な石段を上り、馴染みのある境内へ向かい合った時に手を合わせてついこう願った。彼女がどうか元気になりますように。
あの日、初詣を継続しなかったらどうなっていたのだろう。
墓石の前で両手を合わせて、俺は何度も何度もあの日の彼女の表情に問いかけた。
返事はなく、ただ煩い蝉の声だけが戻ってくるだけだった。
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